大雨とカエル
『明日は大雨が降りそうだ』
カエル達の間じゃあ、昨日の夜からその話でもちきりさ。まだ降ってもいないのに、はしゃいで道路に飛び出して、車に轢かれたカエルもいたそうだ。まるでお祭り前の大騒ぎさ。
「あーあ、みんなうかれちまって!やってらんないよ。」
みんなの輪に入らずに、ブロック塀の隙間のねぐらで、ため息をついたカエルがいる。
このカエルは、雨が好きじゃないし、仲間で集まってカエルの合唱なんて、大嫌い!の、変わったやつさ。カエル仲間からは、”へそまがりのうそがえる”って呼ばれてる。もちろん、カエルにはヘソなんてついてないぜ、つまり、あのへんてこりんな嘘つき野郎には、曲がったヘソでもついているにちがいない、ってことさ。
あいつは仲間から何を言われても、全く気にしちゃいないし、もしも自分だけ曲がったへそがついていたりしたら、かえって大喜びしそうだけれどね。
日が暮れると、”へそまがりのうそがえる”は、カエルたちのお祭り騒ぎには目もくれずに、いつものお気に入りの場所にやってきた。
ねぐらにしているブロック塀の少し先に、小さな小屋があって、中には、ピアノ、ギター、ドラム、ベース、他にも何やら音の出るものがならんでいる。夜になると、人間がやってきて、楽器を鳴らし始めるんだ。
”へそまがりのうそがえる”は、その小屋の窓にはりついた。そのガラス窓を通して、人間の奏でる楽器の音、振動を味わうのが、このカエルのいちばんの楽しみなのさ。
がちゃり。ドアが開いて、人間がやってきた。
(おお!)カエルの目が輝いた。
その人間は、ベースを肩にかけると、椅子に座って、音を鳴らし始めた。
カエルは、このベースの音が大好きだった。雨みたいに、上から降ってくる音じゃなくて、地面の底から突き上げてくるような、かっこいい響き!!
カエルは、体全体でベースの音を聞こうとして、夢中でガラス窓にお腹までピッタリはりつけた。
その時だ。
ベースの音がやんで、窓が開いた。
「おい、またおまえか?」人間が窓を開けて、自分に話しかけている。「おまえ、ひょっとして、これを聴きにきてんのか?」
人間は、ひょい、とカエルをつかまえると、窓ガラスの内側の窓枠の隅に、カエルを置いた。そうして、窓を閉めると、また、演奏を続けた。
カエルの心臓のバクバクといったら!ベースの音もはじけ飛んじゃうくらいの、大興奮だったぜ!夢のような時間だった。カエルは瞬きひとつせず、体中で、その爆音を浴び続けた。その人間の奏でるベースも、いつもより、ずっと、熱を帯びているようだった。
それはさ、どんな大雨でも感じたことのない、このカエルにとっては最高の瞬間だったのさ。
「おまえ、変なカエルだな。本当に俺のベース、聴いてたのか?ほれ、お仲間が外で盛り上がってんぞ、行ってこい。ここが良ければ、また遊びに来いよ。」
そう言って、ベース人間は、カエルを外に出した。
カエルはまだ、体がグワングワンと揺れているようで、あじさいの葉にピョンと跳び移るつもりが、バランスを崩して地面の水たまりに落っこちた。
「ケケケケケケ!かっこ悪いぜ!!クックックックッ!最高だぜ!」
カエルはものすごいテンションで、今季一番のお祭り騒ぎの中に入っていき、一晩中おどり、歌いくるった。
仲間のカエルは「やっぱりお前がいなきゃ、祭りにならないよ!」大喜びで歓迎したってさ。