くつした
青い靴下が、ベランダの物干し竿の下で揺れています。小さな、こども用の靴下。毎日のように干されているのは、このうちの坊ちゃんのお気に入りに違いありません。そして、何を隠そうこの靴下も、坊ちゃんのことが大好きなのでした。
「クスクス」片方の靴下が笑います。「今日の公園、おもしろかったなあ。坊ちゃん、砂場で靴も靴下も脱いじゃってさ。」
「ありゃあ、えらい目にあったよ。」と、もう片方の靴下。「ぼくを砂山の下にうめちゃうんだもんなあ。『お母さん、早く気づいてくださいよー』って、何度も言ったけど、お母さんもおしゃべりに夢中だろ?」
「帰る時になって、『あら?靴下が片方ないわ?』ってさ。しかし、おとなりの女の子は良い子だな、『ここよ』って、砂山掘ってみつけてくれたもの。」
「あのこはもう年長さんだからな、坊ちゃんのいたずらもよく気が付いてくれる、本当にお姉ちゃんになったなあ。」
ベランダ越しのカーテンが、風に揺れました。部屋の中では遊び疲れた坊ちゃんが、お昼寝をしているようです。
この青い靴下は、坊ちゃんが生まれてすぐに、田舎に住んでいるおばあちゃんが贈ってくれたものでした。おばあちゃんの畑でとれた野菜たちと一緒に、贈り物の包みに入っていた白い靴と青い靴下を、お母さんはたいそう気に入って、坊ちゃんが歩けるようになるまで玄関の靴箱の上に飾っていたほどです。
その白い靴はいつのまにか坊ちゃんの足には小さくなり、先日、お母さんは新しい赤い靴を買ってきたのでした。
「ぼくたちも、いよいよだなあ。」片方の靴下が言いました。
きれいな青だった靴下は、ところどころ茶色いしみができていました。そして最近、かかとのところがピッタリしなくなってきた、それを一番わかっているのは、この靴下なのでした。
「坊ちゃんは赤ちゃんの頃から、靴下がイヤですぐ脱いじゃうのにさ、ぼくたちのことは脱がずにはいてくれたね。」
「そう、ぼくらは坊ちゃんのお気に入り靴下だからね。」
「坊ちゃんがまだよちよち歩きの頃、覚えてるかい?」
「”靴下のせいで転んだ”なんてことが絶対にないようにさ、足の裏のゴムに気持ちを集中させて、一生懸命、坊ちゃんを支えたよな。」
「そうだった、そうだった。」
「なつかしいなあ。」
「本当に、坊ちゃん、大きくなったなあ。」
ボロボロになった靴下がどうなるか、靴下たちはよく知っていました。お母さんが古い靴下を雑巾にして、部屋の隅のおそうじに使っているのを見ていたからです。
靴下は、そろそろ雑巾になるのなら、坊ちゃんが昼寝をするあの窓辺の、窓の掃除をしてやろうか、それとも坊ちゃんがよく足をかけて転んでいた、玄関がいいんじゃないか、そんな話をしていると、部屋の中から坊ちゃんの声が聞こえてきました。
お母さんとお買い物に行く坊ちゃんが、青い靴下を探して泣いているようです。
「今日からこのタータをはこうね。かっこいいよ、ほら、新しくて気持ちいいね。」
お母さんはひょいっと、靴下をはかせてしまいました。坊ちゃんは少しぐずりながらも、新しい靴下をはいて、お母さんと出かけていきました。
「この間、タンスに新しく入ってきた、あれはなかなかいい靴下だったな。」
「色がいい、紺色は汚れが目立たないだろう。くるぶしの車の刺繡がまたいい、坊ちゃんが好きそうだ。」
そう言って、靴下は静かに風に揺れながら、眠ってしまいました。
気が付くと、青い靴下は、白い靴と一緒に、懐かしい玄関の靴箱の上にいました。白い靴はきれいに洗ってもらってあり、ちょうどその靴をはいているような形に、靴下は飾られてありました。
お隣に飾ってある、あじさいの切り花が、靴と靴下を見てちいさく微笑みました。