6月のいいところ



「6月は、どう考えても残念なんだよな。ほんっとに、つまらないよな。」

ジャングルジムに登っていた、たかひろ君が言いました。

「なんで?」一緒に遊んでいる、ゆうき君が聞きました。


給食が終わって、昼休みの校庭には、次々と子どもたちが出てきます。雨上がりの校庭の遊具は、ところどころ濡れていましたが、久しぶりの青空はとてもまぶしくて、だれもが空を見上げて、お日様の光を浴びているようでした。


ジャングルジムの上にいた、まいちゃんとゆかりちゃんも、たかひろくんの声を聞いていました。6月生まれの、もうすぐお誕生日のゆかりちゃんは、自分のことを言われたようで、心臓がドキッとしました。


「昨日、考えたんだけど、」たかひろくんは続けます。『考えたんだけど、』なんて、ずいぶん大人みたいでかっこいい言い方だと、ゆかりちゃんは思いました。


まいちゃんとゆかりちゃんも、自分の話を聞いているのを見て、たかひろ君は少し声を大きくして言いました。


「4月と5月は、ゴールデンウィークのお休みがあって、入学式とか、遠足とか、あるだろ? 7月と8月は、夏休み、9月10月11月は、お休みの日がたくさんあるし、運動会とか発表会もある。12月と1月は、冬休みがあって、クリスマスやお正月もある。2月3月もお休みがあって、バレンタインデーでチョコがもらえて、お別れ会や卒業式があって、春休みが、くる。」

『うん、うん、うん。』ゆうきくんとまいちゃんとゆかりちゃんは真剣に聞いていました。ジャングルジムの上には、気持ちの良い風が吹いています。


「な?6月だけ、なーーーーんにも、ないんだよ!お休みとか、お楽しみとか、何にもない!つまらないよなあ、6月は。しかも、梅雨で雨ばっかで、喜んでるのはカエルとカタツムリだけだろ?」

「本当だ!6月って、つまんないな!」ゆうきくんはすっかり感心したようです。


「ふーん、そうだね。」言いながらも、ゆかりちゃんは心の中でしょんぼりしていました。


すると、「そんなことないよ、6月に結婚すると、幸せになれるって、うちのママが言ってたもん。だから、このあいだ、ママとパパの結婚記念日に、ケーキ食べたもん。6月もいいところあるんだよ!」

まいちゃんは、そう言って、ゆかりちゃんの手をギュッとにぎりました。ゆかりちゃんがもうすぐお誕生日だということも、6月はつまらないと言われて、悲しい気持ちになっていることも、知っているようでした。

お昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴って、たかひろ君とゆうき君は、「行こうぜ!」と、走って昇降口にかけて行きました。


ゆかりちゃんは、まいちゃんに手を引かれ、ゆっくりと歩いて教室に戻りました。


午後の授業はあまり耳に入らず、なんども6月のよいところを考えましたが、やっぱりたかひろ君の言う通り、『6月は、つまらない、ざんねん』ゆかりちゃんは、そうノートに落書きをして、また悲しくなりました。


その日の午後は、大好きな学童のおやつの時間も、ぼんやりとしていて、本当はブドウゼリーが食べたかったのに、手をあげるのが間に合わず、じゃんけんにも負けて、残ったミカンゼリーのふたを開けたら、中の汁がこぼれて、手も服もベタベタになって、ゆかりちゃんは「はぁ。」ため息をつきながら、手を洗っていました。


いつもは6時にお迎えに来てくれるお母さんも、こんな日に限って、6時を過ぎてもまだお迎えに来ません。まいちゃんは、お気に入りの本の大好きなページの挿し絵を見て、なんとかお母さんを待っていました。


「すみませーん、おそくなりましたー!」

お母さんの声がして、ゆかりちゃんはランドセルと手さげを持つと、「さようなら」も言わずに飛び出して、くつを手に取りました。

「はい、あいさつ。」

お母さんに言われて、「さようなら。」と言いながら靴をはき終え、外に飛び出しました。

「なんか、今日はゆかりちゃん元気がなくて、おやつのおかわりも手をあげなかったんですよ。」学童の先生とお母さんが話しています。

「あら、めずらし。」お母さんは笑顔で、「ありがとうございました。さようなら。」と言うと、ゆかりちゃんの顔をのぞきこみました。


「つかれた、乗る。」

ゆかりちゃんが大きくなったので、最近は自転車の荷台に乗らずに、お母さんが自転車を押して、歩いて帰っていたのですが、今日のゆかりちゃんは、お母さんの自転車に乗りたがりました。

「よし、まかせとけ。」お母さんは、ゆかりちゃんが乗るあいだ、自転車が倒れないようにしっかりと支えると、ゆっくりとバランスをとって、走り始めました。


「お母さん、あのねー、」ゆかりちゃんは、今日ジャングルジムの上でのことを、話しました。

「うんうん、なるほどー、」お母さんは、しっかり聞いてくれました。


ゆかりちゃんの家の自転車置き場につくと、お母さんは、ゆっくりと降りて、ゆかりちゃんが転ばないように、またしっかりと自転車を支えました。そして、言いました。

「お母さんは、6月が大好きだよ。ほら、このあいだ、『夏至』って、あったでしょう?」

「昼間が一番長いんでしょう? そんなの、つまんないよ。」と、ゆかりちゃん。

「そうかなあ。お母さんは、仕事が終わってもまだ昼間みたいに明るくて、ゆかりちゃんのお迎えに行ってもまだこんなに明るくて、ほっとするよ。昼間が長くて、すごく得した気分。ねえ、これから公園通って、コロッケ買いに行こうよ!今日の夕飯は、コロッケでーす!」


ゆかりちゃんは嬉しくなって、自転車の荷台からお母さんに抱きつきました。

「おいおい、ちょっと、ちょっと、」お母さんは、しっかりとゆかりちゃんを受け止めましたが、自転車がぐらりとゆれて、前のかごに入っていたランドセルが、どさりと落ちました。


空は、夕焼け前の光が一面に広がって、金色に輝いていました。




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