お誕生日おめでとう



(うーーーん…お誕生日、か。)

おばあさんは、困った顔をして、公園のベンチに座っていました。

(さてさて、どうしたものやら…)


梅雨の晴れ間の公園では、お散歩やジョギングをする人、ボールや追いかけっこをする子どもたち、犬を連れている人、写真を撮る人、誰もがみんな、楽しそうです。

それでも、おばあさんはやっぱり、腕組みをしてため息をつきました。おばあさんのうしろに立っている、欅の木は、ちょうどいい具合に、おばあさんに日陰を作ってくれています。本当に、いいお天気です。


女の子が3人、おばあさんの前にかけてきました。

「ティトゥリティルッ、トゥ ティトゥリティルッ、ラ」女の子たちは、歌いながらステップを踏んでいます。

(なんてウキウキする歌だろう)おばあさんは、女の子たちを見ました。

女の子たちのうちの2人は、そのままかけて行ってしまいましたが、ひとりのおんなのこが、おばあさんが見ているのに気づいて、足を止めました。

「もういちど、踊りを見せてくれる?」おばあさんは、腕組みを解いて、女の子に聞きました。

「いいよ。」

女の子はもう一度、「ティトゥリティルッ、トゥ ティトゥリティルッ、ラ」

歌いながら、おばあさんの前で踊って見せてくれました。


パチパチパチ…おばあさんが拍手をして喜ぶと、女の子は、ペコリ、とおじぎをして、友達の行った方へかけだそうとしました。

「あ、ちょっと、まって。」おばあさんは、呼び止めました。

「なあに?」女の子は、立ち止まって、おばあさんの顔をじっと見ました。

「ちょっと、聞いてもいいかしら、あのね、お誕生日の祝い方なんだけど、その、あなたみたいな可愛らしい女の子って、どんなのが喜ぶのかなって、教えてほしいの。」

「どんなお誕生日が好きってこと?」女の子は、おばあさんの隣に座りました。


「そうね、まず、可愛い服を着るわ、ママが『それはお出かけの時の服だからダメよ!』って止めたとしても、一番好きなのをね。」

「それから、プレゼント!パパやママたち、お友達からもらったものも全部飾るの。一緒に、お部屋も飾ったら、もっと楽しいよ、お花とか、風船とかね。」


おばあさんは、「うんうん」「なるほど」「へえ」とうなずきながら、女の子の話を真剣に聞いています。


「ごちそうは、その子がいちばん大好きな、大好物のものにして。もちろん、ケーキは大事よ、絶対よ、ローソクも立ててね。」

「誰かがサプライズで何かしてくれる時は、気が付いていても、知らんぷりして、大げさに驚くの、サプライズは最高よ!」


「ほーお。」おばあさんは、すっかり感心しました。

女の子は「じゃあね、頑張って!」と、おばあさんのひざにポンとタッチすると、走って行ってしまいました。

おばあさんはその後ろ姿に「ありがとう。」を言うと、「よーし、」と、立ち上がりました。お誕生日のやり方が決まりましたから、さっそく準備です。


おばあさんは、お家に帰ると、まず、プレゼントを棚の上に集めることにしました。この間買った本も、きれいに包んで、リボンをかけます。プレゼントはたくさんあった方が楽しいので、テーブルの上のバナナや、梅干しのビンなんかも、包んで飾りました。それから、庭のあじさいも、一緒に飾りました。

「これはいいね!」棚の上が、とても賑やかに楽しくなりました。


次は、ごちそうとケーキ作りです。

「さて困った、今からケーキを焼いている時間はないよ。」

おばあさんは、大好物のお好み焼きを作りました。そして、その上にソースで『ハッピーバースデー』と書き、マヨネーズの星を年の数だけ飾りました。それから、冷蔵庫の中にある、好きな食べ物を、テーブルに並べました。

「これでよし。あとは、服とサプライズを用意してあげないと…」


おばあさんは、寝室に行くと、押し入れの上の段にしまっている、若いころに着ていたワンピースを出してきました。そのなかでも、一番お気に入りの一枚を着て、首にはネックレスと、指輪もつけました。

「なかなか、いいじゃないの、似合ってるよ!」


おばあさんは、寝室を出て、リビングのドアの前に立つと、息を整えました。そして、勢いよくドアを開けて部屋の中に入りました。

「ティトゥリティルッ、トゥ ティトゥリティルッ、ラ」

部屋の真ん中で、おばあさんは踊りました。リビングに置かれた鏡に、おばあさんの姿が映っています。さっき、女の子に見せてもらった踊りとは違って、なんだかメチャクチャな振り付けになっています。それでも、おばあさんは構わずに踊りました。

もう我慢が出来なくなって、おばあさんは、笑いだしました。お腹を抱えて、床の上に転がって、息の続く限り、笑いました。


踊るのってなんてウキウキするのでしょう!

笑うのって、なんて気持ちがいいのでしょう!


「あー、驚いた、わたしが、わたしが、踊りを踊るなんて!はっはっはっはっ、これは、最高の、サプライズだわっはっはっはっ…」

それからもう一度、鏡を見ながら、クルリと廻ってスカートを膨らませると、しりもちをついて、また、おばあさんは大笑いしました。

そして、笑いすぎて涙が出たのをティッシュでふきながら、テーブルにつきました。


テーブルの上には、用意したごちそうとがならんでおり、それを囲むように、懐かしい、おばあさんの家族の写真が、飾ってありました。

「おたんじょうびおめでとう!わたし!」

古い写真には、今着ているのと同じワンピースを着たおばあさんと、家族が、笑って映っています。

もう天国に行ってしまった人もいます。

遠く離れて、会えなくなった人もいます。

ついこの間まで一緒に暮らしていた犬も、ペロリと舌を出して、笑っていました。


おばあさんは、写真に写った、ひとり、ひとりと、乾杯をして、ゆっくりと、美味しい食事を楽しみました。


「おばあさん、おたんじょうびおめでとう!」






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