カエルの雨ごい
1匹のカエルが、アジサイの葉陰で昼寝をしていた。
その年は梅雨になっても雨が一滴も降らなかった。
カエルの年寄りが集まって
「おかしい、何か悪いことがおこるのでは。」
「このままではカエル一族始まって以来の危機だ。」
などど顔を寄せてひそひそと話し合っていた。
その向こうでは子どものカエルたちがのんきなもので、干上がった田んぼの割れ目にかくれて「もういいかーい?」「まーだだよー」と遊んでいた。
昼寝をしているカエルのそばで、
「お天道様は何を考えているんだか」ニンゲンの声がした。
チラリとのぞいて見て見ると、ニンゲンは若い男で、腰に手を当てて、田んぼを見渡していた。
「おい、カエル。」急にニンゲンが自分に話しかけてきたものだから、カエルはドキッとして、葉の影に体をすっかり隠した。
「なあ、雨となかよしのおまえさんなら、何とか雨を降らしてくれるだろ?頼むよ、このままじゃあみんな干上がっちまう。」
ニンゲンに話しかけられたのも、頼まれごとをするのも初めてのことだったが、カエルにとってもニンゲンにとっても、これは何とかしてやらないといけない、カエルは思った。
カエルは神社の裏の三本松まで行くと、そのうちの一番高い木の根元から「よし」と天を目指して登っていった。お天道様がどんなものだか分からないが、とにかくお願いしてみよう。
しばらく登っていくと、二匹のカブトムシがいた。
「クヌギ林の元気がない」「コナラの森は最近どうだい?」
そんな話をしていたが、カエルは気にせず登っていった。
しばらく行くと、リスが木のうろを出入りしていた。
「あらこんなところに、めずらしいしいカエルさん。」「こんなお天気で木の実は育つのかしらね?」
カエルは返事をせずに、上へ上へと登って行った。
樹の肌はごつごつとして登りにくく、カエルの体は疲れてきた。
少し行くと、ちょうど枝が分かれて外の景色が見渡せるところに来た。
「うわーっ。」
カエルは空と地面のちょうど半分くらいのところに来てしまった、と思った。地面は遠く、田んぼの脇のアジサイがとても小さく見えた。空は、空は登っても登ってもただただ広かった。お天道様はどこにいるのだろう?
その時、バサッと羽音が聞こえた。
まずい、カラスだ!
カエルはあわてて身を隠した。どうやら近くに巣があるらしい。
カエルはそろりそろりと登っていく、が、やはりカラスに見つかってしまった。カラスはカエルの天敵だ。こんな小さなカエル、くちばしでつまんで、ヒョイッとひとのみだ。
「なんだって?こんなことあるか?」「どうした?」「ほら見てみろカエルだよ!」「カエルが木に登るか?」「いや、聞いたことねえ。」「どうしたカエル?雨が降らないからって、頭がおかしくなったのか?」「俺に食べられにわざわざ来てくれたのか?」
カラスたちがギャアギャアと騒いでいると天のもっと上の方から、ドロドロドロドロ…低い音が近づいてきた。
「まずい、こりゃ、来るぞ!」「急いで巣にもどれ!」
カラスたちはバサリと羽音を響かせて、飛んで行ってしまった。
カエルはカラスに食べられるもんだと覚悟して、目をつぶって体を固くしていたが、静かになったので、そっと目を開けた。松の枝葉の隙間から天を見た時、空は真っ黒い雲で覆われていて、ほそながく、ひかりかがやくものが、バリバリという音をたてて、空を飛んでいた。
「初めてみたけど、カミナリさまって、いきものだったんだな。これはどんなものでもかなうわけがない。」
小さなカエルはそんなことを思いながら力つきて地面へと落ちていった。
しばらくして、カエルは気が付くと、松の木の根元に転がっていた。天からは雨が降りそそぎ、カエルのまわりには小さな水たまりができていた。
あの光り輝くいきものは、もう行ってしまったようだった。
カエルはアジサイの寝床に帰っていった。
「どこにいってたの?」
「ねえねえ、お天道様に会いに行ったって、ほんと?」
「お空の上はどうだった?」
まわりのカエルたちは口々に聞いたけど、カエルはただ笑って言った。
「地面は広かった、空はもっと広かった、そんで、俺たちの知らない生き物がたくさんいた。カエルなんてちっちぇえもんさ。でもな、オレは思ったよ、『カエルで良かった』『カエルが一番幸せだ』ってね。」
カエルたちは満足して大きくうなずくと、田んぼで大合唱している仲間のところへ跳んでいって、一晩中鳴き明かした。