シャベルのはなし
畑のすみのシャベルが、おおきくためいきをつきました。
キラリ。
その光に最初に気付いたのは、カタツムリのおじいさん。
「シャベルの、どうした?」
「ああ。このうちのおチビさんがね、お母さんにないしょでオレを連れ出して、ほれ、畑のすみでさんざ穴掘りして楽しんだはいいんだが。」
シャベルはキラリと畑に光を送ります。モグラのパーティーか運動会でもあったのかと思うような、穴だらけの畑。
「で、置いていかれた、の、か。」
「そ、向こうで声がするだろ?『わんわん!』って、オレを放って犬と遊びに行っちまった。あーあーあー、この泥んこを落としてはやく片づけてもらわなくっちゃあ、このままじゃ錆びちまうよ。」
シャベルはまたご自慢の体をピカピカと光らせました。先日、お母さんが雑貨屋さんで一目ぼれした、おしゃれな銀色のシャベル。取っ手は緑色で、黄色とオレンジ色の小花模様がついています。取っ手の先には穴が開いていて、薄茶色の革紐が結んでありました。
「あーあーあー。」シャベルはもう一度大きなため息をつきました。空には大きな雨雲が広がってきています。「なんてこった、今度は雨かよ、ついてないぜ。」
そのとき、畑の裏のアジサイの木の方から、小さな声がしました。
「兄ちゃん、兄ちゃん、いこいこ、行ってみよ。」
「いや、ダメだ、まだあのニンゲンの声がするだろ。あいつは危険だ。」
「もう行っちゃったよ、ほら、犬と遊んでる声がするもん。もうすぐ雨も降ってくるよ!ねえねえ、遊ぼうってば!」
アジサイの葉っぱの影から、小さな緑色のカエルが2匹、ちょこん、と姿をあらわしました。
小さいほうのカエルが、ピカピカのシャベルを見ながら、ぴょん、と近づいてきました。
「すごい、すごい、ピッカピカ!あれ?わたしが映ってる!ケケケケケケ、兄ちゃん見て見て、おもしろいよ!」
チビカエルはシャベルの先っちょに乗っかると、ぴょこんとはねました。シャベルがゆらりと揺れて、大笑い。
兄さんカエルはしばらく周りを見回していましたが、人間の男の子が来ないとわかると、用心深くシャベルの近くに寄ってきました。
「おい、そんなにはねると危ないぞ、落ちちゃうぞ。」そう言いながらも、ぴょこん、自分も小さく跳ねてみます。
「ケロッ、こりゃ面白いな!」
「兄ちゃん、ほらっ、ビューン!」
「やったなー、これでどうだー!」
カエルの兄妹は、ぴょんぴょんはねたり、すべったり、ケロケロ鳴きながら楽しく遊びました。
シャベルは「やれやれ、オレは誇り高きシャベルなんだぜ。」と、文句を言いつつも、小さなカエルの兄妹がシャベルの角でケガをしないように、シャベルから落ちて痛い思いをしないようにと、体を丸めたり、反らしたりして、ふたりの様子を見守りました。
やがて雨が降ってきて、ひとしきり遊んだカエルたちは、満足そうにアジサイのお家へと帰っていきました。
「おまえ、なかなか、やる、じゃないか。」
カタツムリのおじいさんに声をかけられたシャベルは、聞こえないふりをして、雨粒が自分の銀色の体を流れてゆくのを、うっとりと見つめていました。
雨が激しくふりだしたころ、畑のすみにお気に入りのシャベルが転がっているのを見つけたお母さんは、
「たいへん!」
あわてて傘をさして外に出ると、シャベルを取り上げ、水道の水でシャベルの体についた泥を流してやり、丁寧に拭いて、物置のフックにかけてくれました。
キラリ
うす暗い物置の柱にかけられたシャベルが、雨音を聞きながら小さく光っていました。