ボール
公園のグランドの隅っこに、ボールがひとつ、転がっていました。
ボールは、男の子が迎えに来るのを待っていました。
ボールは、今日のお昼間、いつもの自転車のかごに乗せられて、男の子と一緒に公園にきました。
そして、子どもたちと一緒に、キャッチボールをしたり、当てオニをしたりして、楽しく遊びました。
ところが、そのオニごっこの最中に、男の子がひどく転んで、泣きながら自転車を押して、先にお家に帰ってしまったのでした。
こどもたちは、その後もドッジボールをしたり、夕暮れまで遊ぶと、ボールをそのままグランドにおいて、みんな帰ってしまいました。
ボールは、そのうち誰かがくるだろう、と、待っていました。
制服を着た、お兄さんとお姉さんが、やってきました。
ふたりは、ベンチに座っておしゃべりをしましたが、ボールには見向きもせずに、また、行ってしまいました。
犬と、飼い主が、散歩にやってきました。
犬は、ボールのにおいをくんくんと嗅ぎましたので、ボールはくすぐったくて笑いました。
飼い主が「いくよ。」というと、犬と飼い主は、またどこかへ行ってしまいました。
あたりは真っ暗です。
街灯が、ポツリ、ポツリと、灯りました。
やがて、空には、まん丸いお月さまがのぼってきました。
お月さまとボールは、同じ形をしているけれど、お月さまはあんなに輝いて美しく、自分はなんてみじめなんだろう、そう、ボールは、思いました。
お日さまがのぼり、朝が来ました。
小さな女の子と、お母さんが、やってきました。
女の子はボールを両手で抱えると、落としては拾い、落としては拾いながら、よちよちと歩いて、お砂場に行きました。
そして、お砂場に座り込んで、ボールにお砂をかけて遊びました。砂がさらさらとボールを伝って落ちるのがおもしろくて、女の子は何度もくりかえし、お砂をかけました。
ボールは気持ちがよくて、うとうとと、いねむりをしました。
やがて、小さな女の子は、ベビーカーに乗せられて、お母さんと一緒に帰っていきました。
午後になって、学校帰りの子どもたちがやってきました。
いつものように、ドッジボールや、当てオニをしましたが、ボールの待っている、あの男の子はいませんでした。
子どもたちは、また、グランドにボールを置いて、帰ってしまいました。
ボールは、このまま、だれのものでもない、帰るところのないボールになってしまうのかな、と思いました。
それはそれで、楽しいけれど、やっぱり、あの男の子と、お家に帰りたい、
ボールは公園の入り口を見ました。
制服を着た、大きなお兄さんたちが4、5人やってきて、ボールを見つけると、サッカーを始めました。
こんなに強くけられるのは初めてで、さすがのボールも目が回りそうでした。
ひとりのお兄さんが、ボーン!と、大きくボールをけり上げたとき、ボールは高く高く空に打ちあがり、そのまま遠くに飛ばされてしまいました。
気がついたとき、ボールは、トウモロコシ畑に転がっていました。
とうとう、公園からもはなれてしまいました。これでは、あの男の子に見つけてもらえることはないでしょう。
その時、畑のおじさんがやってきました。
おじさんは、いったいどこからボールがやってきたのかと、不思議に思いましたが、拾い上げると、トウモロコシの入ったかごにいれて、どこかに運んでいきました。
そして、おじさんの畑の横にある、トウモロコシのお店の、小さな看板の隣に、ボールを置きました。
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男の子は、転んで、ひざ小僧をひどくケガしましたので、しばらく公園に遊びに行かれませんでした。
今日は、お母さんと一緒にお買い物にきて、大好きなトウモロコシを買って帰ろうと、直売所の前で、車を降りました。
すると、『とうもろこし』と書かれた看板の横に、見なれたボールが置いてあるではありませんか。
「お母さん、これ、ぼくのボール!」
男の子は、ひょいとボールを拾い上げると、畑のおじさんにお礼を言って、車に戻りました。
男の子のひざの上にしっかり抱かれて、ボールはお家に帰りました。