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温暖化対策で「青空を捨てる」未来が来るかもしれない(植田かもめ)

植田かもめの「いま世界にいる本たち」第36回
"Under a White Sky: The Nature of the Future"(白い空の下で:未来の自然)
by Elizabeth Kolbert(エリザベス・コルバート)2021年3月発売

「ジオエンジニアリング」という言葉をご存知だろうか。地球の気候や環境を人為的にコントロールしようとする工学技術の総称である。

クレイジーなアイデアに聞こえるかもしれないが、前回紹介したビル・ゲイツの気候変動本の中でも「緊急時にガラスを割って脱出する」(Break Glass in Case of Emergency)ようなタイプの技術として、検討をすべきだと紹介されている。

本書"Under a White Sky"(白い空の下で)は、ジャーナリストのエリザベス・コルバートがジオエンジニアリングの研究者たちを取材したノンフィクションだ。人間の活動によって生物種の大量絶滅が起こっていると述べた前作『6度目の大絶滅』(ピュリッツァー賞も受賞した名著である)の続編とも言える。

人工の雲で「地球を冷やす」?

本書のタイトルの由来にもなっている「ソーラー・ジオエンジニアリング」という研究の例を紹介しよう。

1815年、インドネシアのタンボラ火山が大規模に噴火し、大量の火山灰の粒子やガスが大気に排出された。世界中の広範な地域で空は灰色になり、翌1816年の平均気温は急激に低下した。この年は歴史家から「夏のない年」と呼ばれており、ヨーロッパや北米の農作物の収穫は壊滅的な打撃を受けた。

けれども、この現象を逆手に取れば、人間が地球を「冷やす」こともできるかもしれない。ソーラー・ジオエンジニアリングとは、太陽の光を反射する物質を成層圏に運んで、地球に降り注ぐ太陽エネルギーの量を抑制して、地表や海面を強制的に「冷やす」研究なのだ。もちろん、火山灰と異なり農作物への影響などの副作用が出ないようにコントロールする必要がある。本書では、炭酸カルシウムを含むエアロゾル(大気中の微粒子)を運ぶ研究が紹介されている。

もしこの技術を地球全体の気温に影響が出るスケールまで実行した場合、空の見た目は変わるだろう。手付かずの青い空が都市の空のようになり、「白い空が新しい『青空』になる」(White would become the new blue)と、コルバートは語る。

「人新世」の気候変動対策

人間が気候を変えられるのか。そもそも「自然に逆らって」環境を操作するべきなのか。こうした研究を聞くと直感的にはそう感じるかもしれない。

しかし、コルバートや本書に登場する科学者たちが共有しているのは、人間は既に地球環境を変えてしまった("It already is changed")という認識であり、また、単に「自然」に戻ろうとしても、気候変動がもたらす悪影響を解決できないだろうという予測だ。

コルバートの前作『6度目の大絶滅』は、「人新世」(Anthropocene)という概念を紹介した本でもある。人間は既に、地表の半分に直接手を加えて、主要な河川の大半にダムを建設するか流れを切り回し、陸上生態系が保つ均衡を崩す量の窒素を肥料工場で生産している。そして、発電所や自動車や飛行機が、火山活動を大幅に超える二酸化炭素を排出し続けている。生態系に与えた影響は、地質学上のひとつの年代として、数百万年後でも解読可能な痕跡を残すだろう。

既にコントロールしてしまった自然が問題を起こしているならば、解決策は、さらなるコントロールなのかもしれない。「未来の自然は、もはや完全な『自然』ではないだろう」(a future is coming where nature is no longer fully natural)と、本書に登場する科学者のひとりは語る。

銀の鯉は電気が流れる川の夢を見るか

本書は他にも、岩の中に二酸化炭素を閉じ込める技術を研究する企業や、Silver Carpと呼ばれるアジア原産の淡水魚が増えすぎたシカゴ川で、川に電気を流して魚の通る方向をコントロールしようとする事例などを紹介する。

ただし、コルバートは、こうした研究は決して「科学は何でもできる」という楽観的でユートピア的な万能主義の現れではないと語る。

ジオエンジニアリングは、ばかげて見えるような技術だ。けれども、もしそれが地球温暖化の進行速度を緩めたり、悪影響を和らげたりする可能性があるならば、考慮せざるを得ないのではないか。本書はそう語り、映画『ブレードランナー』のセリフを引用する。本物の動植物を一部の人しか所有できず、代用品だと分かっていながら大半の人は人工の動植物で満足するしかない、ディストピア世界が舞台の映画である。

エリザベス・コルバート著"Under a White Sky"は2021年3月に発売された一冊。

執筆者プロフィール:植田かもめ
ブログ「未翻訳ブックレビュー」管理人。ジャンル問わず原書の書評を展開。他に、雑誌サイゾー取材協力など。ツイッターはこちら

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