詩のもつテンポ、まず一歩
捉えるのが難しい感覚は、言葉で表現できるか?
どう表現しても零れ落ちる感覚というのがある。詩はこの難題に答えを出そうとする試み、なのかもしれないと思っている。
ある日、図書館で詩のコーナーをうろついていたら、1冊の本に惹かれた。それが、加島祥造の『求めない』という書籍だ。背表紙にうつるタイトル・フォント・背景色が、その日の気分に合っていたのかもしれない。
僕の読書は、考えるためにすることが多い。仕事に必要な知識や考え方を取り入れたり、たくさんの問いかけに触れて自己対話したりするためだ。
そのため新書・技術書・哲学書などは読むが、小説や詩はあまり手に取らない。その日は新鮮な驚きに満ちていた。
家に帰って読んでみたら、するすると入ってくる。非常にテンポが良く心地よかった。(これまで読んだ本が、どんだけスローテンポだったことか笑)
わかる。
妙に印象に残った一節だ。
僕なりの解釈はこうだ。
本来僕ら人間は欲求を満たそうとする生物だと認識したうえで、
求めないと心に決めることで、
やっぱり僕らは欲求を満たしたいのだと理解できる、
ダメだ。
自分の説明ではなにかが零れ落ちてしまう。
自分の説明では不十分な感覚を、詩は象徴的に包みこんでいるように感じる。言葉で説明しきれない領域は確かにある。詩がそれを表現できるというのなら、僕は詩をもっと知りたい。
詩を知るために、まずはこの一節を何度も口にして繰り返してみようじゃないか。