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【詩の森】775 古稀の歌
古稀の歌
今年七〇歳になった
古来には稀なことだったから
古稀と呼んだらしい
しかし昨今はみな長生きだ
僕は単なる高齢者
未だ後期高齢者ですらない
七〇年を振り返ってみても
過ぎ去った時間が長かった
と感じることはない
人は時間を計測できても
時間そのものを体感することは
恐らくできないのだろう
生きるという言葉を
別の言葉に置き換えることも
恐らく無理だろう
時間のことも分からないのだから
ただ生きてきたとしか
言いようがないではないか
それでも人はいう
生きることは苦役だいや愛だと―――
人の一生は
重荷を負うて遠き道を行くが如し
というのは徳川家康の遺訓らしい
典拠は論語だという
重荷という言葉が
家康にとっての人生だったのだろう
人はそれぞれの人生の終わりに
一つの言葉に出会うのかもしれない
僕にはどんな言葉が
待っているのだろう
卒寿の句友に言わせれば
古稀はまだひよこなんだという
僕は死ぬまでひよこでいこうと思う
何かが分かったと思った瞬間に
新たな問いが生まれてくる
いつもその繰り返しなのだ
生きるという言葉だけなら
小学生でも知っている
生きてみれば生きることが
分かるかもしれないと思って
実は辛抱しながらこれまで生きてきた
しかし未だに分からない
それでいて始めから
知っていたような気もするから不思議だ
僕は今年古稀になった
未だに何も知らない愚かな古稀である
それでもこうして生きている
何も怖れることはないのだ
2024.12.17