『牡丹〜二輪の美しき花の宿命〜』EP.2
「お母様、死にたくなったらどうすればいいか教えてください。」
それは突然の告白だった。
「どうしたの、ルシウス。貴方らしくないわ。」
「…。」
我が息子であり今は亡き王の第一子であるルシウス。
そんな高貴な生まれでありながら今この子は死に急いでいる。
「申し訳ありません、忘れてください。」
ルシウスはそう言って少し悲しげな笑みを浮かべて見せた。
「はっきりおっしゃい。母が貴方の最後の砦になります。」
この子にはもう、自分をさらけ出す力が残っていないかもしれない。
でも、ルシウスを1人にはできない。
母親として。
そして静かにルシウスは語り始めた。
「先王が私やお母様でなく弟とクリスティーネ妃に傾いていったのは
私の責任です。そのせいでお母様まで苦しい立場に追いやってしまいました。
私を支えてくれていた重臣たちも宰相様の判断によっては
危うくなってしまうかもしれません。
全ては第一王子でありながら皆を集めるだけの才がなかった私の責任です。
本当に申し訳ありません。」
そうか、この子は17ながら責任を一手に追うつもりなのか。
私を労り、慈しんでくれるほど優しい子をここまで追い詰めたのは
母である私や大人たちだ。
「ルシウス、貴方はまだ若くあり自分の生死を決めれるほど
天寿を全うしていません。
母は一度たりとも今回のことを貴方のせいだと思ったことはありません。
それは誰もが同じことです。」
そう、この子をまだ死なせたりはしない。
この子がこの家に生まれたことを後悔させたまま死なせたりはしない。
父を恨んで死なせたりはしない。
国中で皇太子ファラメの戴冠式準備が始まっていた。
活気だった市や城内のお手伝いを見ると
少し胸がチクリとする。
本来ならば僕が皆に祝われるはずだった。
だが、今更それを言っても仕方がない。
今日を生き抜いたら明日、明日を生き抜いたら明後日。
僕の一週間はどんどん暗いものになりつつあった。
国王の第一王子ルシウス。
気高く誇りを持った王妃エリザベートと民の救世主、王の間に生まれた王子。
美しき白い王子。
第一王子でありながら皇太子になれなかった王子。
弟に飛び越えられた王子。
オッドアイの奇妙な王子。
得体の知れない王子。
僕の名前はいっぱいある。
誰もが失望した存在。
苦しい。
吐きたい。
この思いを誰かに吐き出したい。
そう思いながらぼーっと天井を見上げる。
大きな窓から差し込む夕陽がもっと胸を締め付ける。
お母様、
ごめんなさい。
お父様の愛しい息子になれなかった僕を許してください。
「ゴホッ!ゴホッ!」
苦々しい鉄の味が口いっぱいに広がる。
どっか切っちゃったかな。
いや、そうじゃない。
「王妃様!!ルシウス様が吐血あそばされましたっ!!」
目に涙をいっぱい溜めたメイドがノックもせずに部屋に駆け込んできた。
そんな、
嘘よ。
ルシウス!!!
お願い、母より先に行かないで。
お願い!
「やめて…誰も呼ばないで…。」
咳き込んだ音を聞きつけてメイドが医者に連絡してしまった。
すぐに医者と看護師が僕の部屋に入ってくる。
もう、懲り懲りだ。
せっかく血を吐いたんだから
人生に一度くらいの歯向かうということをしてみようじゃないか。
「近寄るな!僕は、大丈夫だから!」
息をするのがしんどい。
何かが詰まったように苦しい。
綺麗に伸びていたベッドのシーツは今はグシャグシャで
真っ赤な液体がドッペリとついてしまっている。
その血のシーツに沈んでいくように僕の手のひらが埋まっている。
幸いまだ立てている。
そんなことを考えていたらいつの間にか医者が間近に迫っていた。
後ろにはお母様もいる。
「来るなっ!」
「ルシウス!落ち着いてっ!」
「もうやめてくださいね、お母様。
僕のことはもう放っておいてください。
大丈夫だから。何も、もう何も望まないから…。」
部屋の空気が一瞬にして重くなった。
「ルシウス、母は絶対に貴方の人生を諦めません。
中途半端にはさせない。
お願いです。
もう一度だけ母と前を見てくれませんか?」
僕とお母様以外、誰も口を開かない。
親しいお手伝いたちは嗚咽を押し殺しているのに、
こんな時もお母様は涙一つ流さない。
僕のために泣いて欲しいわけじゃないけど、
どうしてそう、一瞬たりとも感情的にならないのか
不思議でならなかった。
時にはそうしないといけないこともあるのに。
そうしないといけなかったこともあったのに。
「もう、持たないんです。
それはお母様も同じじゃないんですか?」
「ルシウス、私たちは王の傍にいます。
そんな私たちが泣いてどうするんですか。
強くあらねばなりません。」
そうか、お母様の方がよっぽど僕より
王子に向いているな。
「それができたらよかったです。
僕にはそれに耐え切れるだけの心臓が残っていません。
あとは弟の治世を信じます。
どうか、どうか
王子ではなく人である僕を殺さないで…。」
「はっ…!」
私は絶句した。
息子を私は殺そうとした…?
王子としてではなく人として…?
選ばれたこの命運をこの子にかけた。
でもそれがこの子を封じ込め、
苦しませ、今や血まで吐かせたというの?
あんなに震えている我が子をみたことがない。
ベッドに手をついて立っているけど
今にも崩れ落ちそうな脆さが目に見えてわかる。
本当は強さを演出していたの?
ルシウス…。
誰よりも悔しかったのは貴方だったのね。
私は……。
「もう出ていって。
しばらく1人にして。これは大丈夫だから。」
「しかし、治療がっ!ルシウス!」
「うるさいっ!!!!!!」
バーンッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!
驚いた、僕の胸から光が迸っていた。
みんなすぐに部屋から出ていく。
お母様付きのメイドがお母様を引っ張っていくのが
遠くに見えた。
「ルシウースっ!!!!!!!!!!!!!
早く戻ってらっしゃいっ!!!」
いつの間にか部屋は炎に包まれていた。
すぐに消火器を持った使用人が駆け込んでくる。
「ルシウス様!!!お返事を!!!」
怒りをエネルギーに疲労困憊した心臓では声を出せそうになかった。
「うん。」
掠れて炎には負けてしまう。
助け出してもらう気はないけどね。
「坊っちゃま!!」
この声は上級大臣…
僕を支えてくれた重臣の1人…
だったね…
「お兄様っ!!」
クソっ…
ファラメか。
あいつの声で途切れかけていた意識が戻った。
覚醒したと言っていいだろう。
「ウワーっ!!!」
体をもう一度起こして真っ赤な頭を探した。
「お兄様っ!」
「いらっしゃったのですか!?皇太子殿下!」
「うん、ここにいらっしゃるっ!お兄様っ、早くこちらへ!」
上手くやる。
「お兄…様?」
「ファラメ!お前はお前の治世を全うしろ!
私は私の治世を全うする!また、
会えるといいなっ!」
「どういうことですか!?早くこちらへ!お兄様ってば!!」
「じゃあね。」
「ダメ…ダメーーーーっ!!!」
ありがとう、お母様。
ルシウスの体を炎が包み込んだ。