パジャマパーティー・トゥナイト Part1
キネとミノ#7
あらすじ
さまざまなことがありながらも楽しい夏休みを終えようとしているキネとミノ。二人は夏休みの締めくくりにそれぞれの家へ泊まりに行き、パジャマパーティーをしながら夏の思い出を語り合う。そこでミノはキネに、キネはミノにそれぞれの秘密を打ち明けるのだが……?
プロローグ 振り返りの夏休み
キネとミノが海にシーグラスを拾いに行ったあの日から、夏休みはあっという間に過ぎて行った。それはあまりにも充実した日々だったので、「夏休みもいつかは終わる」という当たり前のことすら、ふたりにはなんだか信じられないことのように思えた。
けれど、それがもうじき終わるのは確かだった。8月は残すところあと一週間ほど。それが過ぎたら9月に入って、新学期が始まる。もう夏の盛りは過ぎて、太陽の光にはどこか懐かしい飴色の成分が含まれるようになっていた。日が暮れるのが早くなって、吹き渡る風は心なしか涼しく感じられるようになり、道端にはセミの死骸が目立つようになった。そんなロングバケーションの締めくくりに、キネとミノが立てた計画も仕上げの段階へと入っていた。
それは、お泊まり会だ。今日は、キネがミノの住むマンションに泊まりに来ていたのだった。
「おじゃましまーす!」
「まあ、あんまり大したことはできないけどゆっくりしていって。今日はみんな出かけてるから」
キネは一泊分の荷物の入ったリュックサックのほかに、白い紙袋を持って来ていた。その中には、白い紙で包まれたものが入っていた。ミノは訊いた。
「その大きな包みはなに? 食べ物なら冷蔵庫入れとくよ」
「これ? うーん、まだ秘密! 夜になったら開けようと思って」
「ふうん?」
一旦ミノの部屋で落ち着いてから、ふたりはTVゲームをしたり、動画を観たりして過ごした。それから一緒に近所のスーパーへ買い出しに行った。
食材を見ながら検討した結果、その日の夕食は夏野菜を使ったラタトゥイユと、揚げなすに刻みミョウガを添えたそうめんになった。夏の終わりを惜しむメニューだ。
キネはミノが料理するのを手伝おうと、一緒にキッチンに立った。そしてミノの切った野菜を炒めたり、そうめんを茹でたりした。出来上がった夕食を食べてから洗い物をして、それからお風呂に入ってパジャマ姿になったキネとミノは、すっかりリラックスしていた。
ふたりはリビングにあるソファに身を沈め、スマホを手にこれまで撮った写真を見て夏休みの思い出をひとつずつ振り返っているところだ。
写真を見ているうちに、それぞれで好きな写真を選んで、うちのプリンターで印刷しようか、とミノは言った。キネはもちろん、この提案にすぐ賛成した。
ふたりはしばらくスマホを見ながら画像を吟味して、プリンターにデータを送り込んだ。プリンターは黙々とセットされた印画紙を飲み込んで、せっせと写真を仕上げていく。きれいに仕上がった写真を見てミノは言った。
「やっぱり、画面じゃなくてプリントして見るとまた違って見えるよね。ふしぎと安心感があるっていうか」
「うん。なんかこう、思い出が定着していく感じがあるよ。手に取って見れるって、案外大事だよね」
プリント作業が終わると、今度はそれぞれどんな写真を選んで印刷したのか披露することになった。キネはミノがプリントした一枚の写真に目を留めた。そこには川面に映る花火と、花火を河原から見上げる人たちの顔が写っていた。キネは言った。
「この写真、すごくいいね」
「それ、記念に撮っておいたの。すごくいい景色だったから」
キネが写真をめくると、今度は浴衣姿のキネとミノが並んでいる写真が出てきた。ミノは手にりんご飴を、キネはみかん飴を持っている。キネは言った。
「このお祭りに行った日のわたし、いきなり泣いちゃって最低だったな」
ミノはそのときのことを思い出して、くすりと笑った。
「まあ、あたしもキネが泣いているところは初めて見たかも」
「高校生になってからだと、人前で泣いたのは多分あのときだけだよ」
ふたりは、お祭りに行った日のことを思い出していた。
Part 1 金魚とあやめ
浴衣を着て行った夏祭りでは、ふたりは昼過ぎごろになってから出かけた。そして、ゆっくり屋台を見たりパレードを見物したりして過ごすことにした。そうやって体力を温存しておいて、夜になったら河川敷から打ち上がる花火を見るつもりだったのだ。
歩行者天国となった町の大通り沿いには、お好み焼きにたこ焼き、焼きそばに焼き鳥、唐揚げにベビーカステラ、タピオカミルクティーなどの美味しそうな食べ物を出す屋台がたくさん並んでいた。
屋台に目移りしながらミノは言った。
「どうする、なにか食べてこっか?」
「うん! なににしようかな?」
「そうだね。あたしはりんご飴が好きだから、その屋台を探したいな。さいきん減ってるような気がするけど、探せばかならず一軒はあるんだよね」
「りんご飴もいいなあ。わたしはどうしよう。こういう屋台って、定番ものと流行ものとがあるよね。ちょっと前まではクロワッサンたい焼きが多かったけど、今はタピオカになってるし」
「食べ物の流行って移り変わりが早いからね。タピオカも来年には減ってると思うな」
「タピオカミルクティー、電球ソーダに点滴ドリンク。ああいうキラキラしたいかがわしいものって、どうしてこんなに魅力的なんだろう。買ってから口にしちゃうとよくわかんない気分になるのに……」
「まあ、そういうのをキッチュな魅力って言うんだろうね」
「キッチュもいいけど、いまは素直に美味しいものが食べたいな……あ、クレープだ! あれなら小腹が空いてるお腹にちょうどいいかも」
「クレープならあたしも買おうっと」
二人はキッチンカーの前のメニュー看板を見ながら、どれにしようか頭を悩ませた。キネは言った。
「わたし、アイスも乗っけちゃおうかな。お祭りだし、それくらいしてもいいよね?」
「好きにすればいいんじゃない。あたしは和風のやつにしようかな」
ふたりは好きなトッピングを選ぶと、焼きたての生地に包まれたできたてのクレープを受け取った。キネはクッキークリームミントチョコバナナのバニラアイスクリームトッピング、ミノはきなこ白玉あずき生クリームだ。
しかし、ここで思いがけないことが起こった。受け取ったクレープにキネが大きく口を開けてかぶりつこうとした瞬間、薄紙の持ち手からボリュームのあるクレープがするりと脱落し、ぺしゃんと地面に叩きつけられたのだ。キネは思わず悲鳴をあげた。
「ああっ!」
「あらら……さすがにこれは諦めるしかないね」
「はあ……そう、わたしっていつもこうなんだよ。アイスクリームなんて、これまで何度地面に食べられたことか! わたしは食べられもしないアイスを買うために生まれてきたんだ、きっと」
「そのセリフ、ちょっとチャーリー・ブラウンみたい」
ミノが少し笑いながらそう言うとキネは落ちたクレープをしゃがんで拾って、それをじっと見つめながら言った。
「それ、なんの慰めにもなってないよ。ひどすぎる、まだ一口も食べてなかったのに……あ、なんか涙出てきた」
「ほんとに泣いてる!? キネ、そんなに悲しかったの?」
「うん。悲しいっていうか、ショックすぎてさ。なんだか、今日はもういいことなさそうな気がしてきたよ……」
「まあ、最初にここまで盛り下がることがあれば、あとはもう上がるだけっていう見方もあるけどね」
キネは泣きながら拾ったクレープをゴミ箱まで持って行き、そこに捨てた。そして潤んだ声で言った。
「そう言うのは簡単だけど、落としてない人にこの気持ちはわからないよ。こういうときって自分を責めるしかないんだもん。バカ、ドジ、まぬけって」
「まあ、クレープ落としただけでそこまで自分を追い込まなくても……」
「でも、泣いたらちょっとすっきりしてきた。よし、新しいの買ってこよう」
キネは目を拭って、再びクレープ屋のほうに行こうとした。その背中にどこか悲壮なものを感じたミノは、まだ口にしていないクレープを手にキネに声をかけた。
「待って。あたしの半分食べればいいよ。あとでりんご飴も食べなきゃいけないから、これはちょっと大きすぎるなと思ってたんだ。食べてくれたら助かるな」
「ええ、いいの? こりゃ捨てるクレープあれば拾うミノありだね」
「べつに捨てようと思って落としたわけじゃないでしょ。ほら、おいしいよ。きなこ白玉あずき生クリーム」
ミノは自分で一口クレープを食べて、それをキネに手渡した。キネはクレープを食べると、赤い目でにっこりと笑って言った。
「うん、おいしい!」
☆☆☆
クレープを食べてからミノはりんご飴を、キネはみかん飴を買って、それを舐めながら的屋を見て歩いた。射的、金魚すくい、スーパーボールすくい、お面やさん、どの的屋も盛況だ。キネは言った。
「金魚すくいか。昔はかならずやってたけど、今じゃ金魚がかわいそうでできないなあ」
「やっぱり、生き物はちょっと引っかかるよね」
「うん。金魚ってきれいだけど、すぐ死んじゃうし。そういえば、わたしのこの浴衣って金魚柄なんだよ」
「ほんとだ。これ、すごく可愛くてキネに似合ってる」
「えへへ。ミノの浴衣はお花? なんていう花なの?」
「これはあやめって言うんだよ。菖蒲とも言うね」
「そうなんだ。ミノはこういう、大和撫子って感じのが似合うからいいよね。正統派美人っていうかさ」
「いやいや、地味なだけだよ。逆にあたしはそういう元気で可愛いのって似合わないから」
「まあ、わたしは子どもっぽいから。童顔だし、すぐ泣くし」
「まだ引きずってる!? もうクレープのことは忘れたほうがいいね」
「まあね。ミノはクレープ落としても淡々としてそうだよね。あんまり泣いてるイメージないもの」
「いや、あたしだって泣くときはあるよ。鉄で出来てるんじゃないんだから」
「ミノはどういうときに泣きたくなるの?」
「うーん。そう言われるとむずかしいけど。そういえば最近泣いてないかな」
「ほら。わたしは小説やら映画なんかですぐ泣いちゃうんだ」
「キネは感情移入が激しいからな。あたしが泣くときって、そういうはっきりとした理由はないかもしれない」
「ほう。それは興味深いかも。もっと漠然とした感じってこと?」
「うん。だからどういうときに泣くっていうよりも、ふと涙が出るような感じだね」
「ふうん。わたしもさっきみたいに突然泣くときはあるけど、それとはまた違うのかな」
「あれはクレープ落としたショックで、でしょ。原因がはっきりしてるじゃない。あたしは道端歩いていて気づいたら泣いてた、みたいな感じだね。そういうことならときどきあるかな」
「ミノは詩人だねえ。そういう感性なんだよ」
「べつに詩人じゃないと思うけど。そういえば、金魚が主人公の小説ってしってる? 詩人の室生犀星って人が書いた小説なんだけど、あたし、あの話が大好きなんだ」
「へえ、そんな話あるんだ?」
「うん。蜜のあわれっていう話で、金魚の女の子が出てくるの。それはおじさまが飼ってる金魚なんだけど、その女の子がコケティッシュでいいんだよね」
「ふうん、面白そう。今度読んでみようっと」
「まあけっこうあれな小説だから、キネが読んでどう思うかはわからないけど……。あれ、なんの話してたっけ?」
「どういうときに泣くかっていう話だったような」
「ああ。世の中には悲しいときだけじゃなくって、嬉しいときに出る嬉し涙っていうものもあるよね。今のところ見たことも経験したこともないけど」
「嬉し涙かあ。わたしもたぶんまだ未経験だな。だけど、映画とかの感動的なシーンで泣くのってその感覚に近いんじゃないかなあ」
「なるほど。じゃあじっさいに映画並みに感動的なことが起きたら、出るかもね」
そんなことをとめどなく話して歩いていると、いつの間にか日が暮れて夕焼けになっていた。ミノはあたりを見渡しながら言った。
「そういえば、花火どこから見る? 近くまで行ってもいいけど、人混みがすごくて大変そうかも」
「わたしはいつも行けるとこまで近くまで行くんだけどさ、やっぱり花火って近くで見た方がいいと思う。近くのほうがライブ感があって盛り上がるし、音も迫力あるからね」
「そうなんだ。あたしはいつもうちのマンションの屋上とかで見てたから、近くで見たことないんだよね」
「あの屋上からは花火が見えるの!? だったら、それも悪くないな。すぐ帰れるし」
「うーん。ただ、離れてるから大きくは見えないし、今年は近くで見てみたいかな」
「そっか。だったら、近くまで連れて行ってあげる」
「じゃあ付いてくから、道案内よろしくね」
☆☆☆
人混みをかき分けてキネが向かった先は、橋の上だった。そこからなら花火は真正面に見えるはずだ。ただ橋の上は人でごった返していて、まるで橋が揺れているような気がするほどだった。キネは言った。
「ここから見るのがベストだと思うんだ。これより先に行くとほんとに渋滞して帰れなくなっちゃうから」
「なるほど……」
どこか不安そうにあたりを見渡すミノを見て、キネは心配そうに訊いた。
「ミノ、ここでも大丈夫?」
「平気だけど、思ったより身動き取れないね。座れなさそうだし」
「そうだった、近くで見ようと思うと立ち見になっちゃうんだ。早めに来れば河原にシート敷いたりもできるんだけどね」
「まあ、ちょっとくらい大丈夫だよ。もうすぐ始まる時間だし」
しばらく橋の上で待っていると、開始のアナウンスが聞こえてきて、協賛企業を紹介する長いアナウンスのあとにいよいよ花火大会が始まった。
最初の大玉があがって夜空を彩ると、あたりから一斉に歓声が上がった。ミノは言った。
「うわあ、すっごいキレイ」
「うん! ここまで来た甲斐があるよね」
続いて三尺玉の花火がひゅんひゅんといくつも夜空に飛んで行き、連続してどんどんと火花が散った。その光景に、ミノは思わず身をすくめた。
「うう。だけど、思ったより音が大きいね」
「まあ、花火なんて爆弾みたいなものだし。このお腹に響く感じがいいんじゃない?」
「ちょっと怖いけどね。屋上で見ると、光が先に見えて音は遅れて届くからあんまりびっくりしないんだよ」
「そうか。そう考えると、遠くで見るのもしみじみとして良さそうだね。うん、来年は屋上から見たいな。椅子にも座れるし」
ふたりはそうやってしばらく花火を見ていたが、大きな花火の音と人混みに慣れていないミノは疲れてきたようだった。近くで花火を見ると、常に見上げる姿勢を保つことになるので、首のあたりが疲労してくるのだ。映画館で前のほうに座って、スクリーンを見上げるのと同じだ。最初は盛り上がっていたミノは、次第に疲れて無口になっていった。
そのことに気がついたキネは、とつぜん後ろと振り向くとミノの手を取って歩き出した。キネが向かったのは、橋の反対側だ。キネに連れられて人ごみから抜け出し、余裕のある空間に出たミノは訊いた。
「急にどうしたの、キネ? まだ花火あがってるけど」
「花火ってさ、あがった瞬間の明るさで人の顔が見えるでしょ。じつはわたし、花火を見るのよりそれを見るのが好きなんだ。じつはこれも、近くでないと見れないものなんだよね」
「ふうん、そんな楽しみ方があるんだ?」
キネとミノは橋の反対側に行き着くと、その下にある河川敷を見下ろした。
そこには、花火を見ようと顔をあげた大勢の人たちがいた。みんながこちらのほうを向いている。そしてキネが言ったように、花火が打ち上がる度にそんな人々の顔がぱっと明るく浮かび上がった。
「わあ、たしかにこれも面白いね。みんなが同じ方を見て、おんなじ表情になってる」
「でしょ。うっとりしてる人もいれば、笑ってる人もいるし」
「家族連れとかカップルとか友だち同士とか、そういう関係性を考える楽しみもあるね」
「そうそう。これが意外と、見ていて飽きないんだ」
「あ、キネ見て。川にも花火が映ってるよ。これも風情があるね」
「ほんとだ! これは今まで気がつかなかったかも。すごいすごい!」
「透明感があるし、揺れてるのがいい感じ。大きな金魚がたくさん泳いでるみたい。水中花火のようでもあるね」
「水中花火? 水中花火って見たことないけど、こんな感じなの?」
「うん。海上で花火に火を点けるやつでしょ。半円状に花火が広がって、水面に映ったのと合わせて円になるんだよね」
「そうなの!? わたしはてっきり、水の中で花火を爆発させるんだと思ってたよ。どうやって火を点けるのかが長年の疑問だったんだ」
「そんな花火はない……魚雷じゃないんだから」
そうしてふたりは花火に背を向けて、川面に映る花火とそれを見上げる人たちの顔を見て過ごしたのだった。
(つづく)