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思いつき短編1 「誘蛾灯」①

※不快と感じる文章・内容があります。お読みになる際はご注意ください。

1
僕は黙っていた。
黙って我慢することが一番よい選択肢だと言い聞かせた。ジュー。焼ける音、それと同時に腕を払ってしまいたいほどの痛覚が、信号として脳に伝えられる。
声を上げれば、この人たちは喜ぶのだろうか。それとも目障りだとさらにこんなことを行うのだろうか。わからない。こみ上げる泣き声を、必死で抑えこみ、歯を食いしばる。
どうやら今日はこれで満足したようだ。日本語なのに、同じ言語には聞こえない言葉で、彼らは笑い合いながらどこかに行った。
よかった、今日はこれで終わりだ。そう安堵する気持ちを抱えながら、頭の中で彼らを多種多様な方法で追い詰め、殺す妄想をする。そうでもしなきゃ、耐えられない心を、どこか3人称な自分が哀れんでいた。
捨てられたへにゃへにゃなタバコをみて、僕みたいだと、1人で悲しくなった。
砂のついた制服を帰り道で落とし、できるだけ目立たないようにした。いつもと同じ。
玄関をあけて家に入る。
「ただいま」
この時間に親はいない。親が帰ってくる前に着替えておく。見えるところに傷はないか。今の自分でいじめられていると気づかれないか、チェックする。いつもと同じ。
「ただいまー」
「おかえりー」
母が帰ってきた。母は近くの病院の事務をしている。帰ってくる時間が遅くなることはほとんどない。テキパキした母のことだ、少ししたら夕飯の準備にとりかかるのだろう。
それから少しして、
「ただいま」
「おかえり」
父が帰ってきた。父はどこにでもいるサラリーマン。家族想いのいい父親だと思う。
そうこうしているうちに夕飯ができた。家族全員でご飯を食べる。我が家のルールだった。そのルールが煩わしいと思ったことはない。いつもと同じ。家族団欒の時間。なんら変わりない夕食だった。
僕の家庭は恵まれていると思う。父、母と仲が悪いなんてことはない。良好だ。良好すぎる。
そんな、僕は、家族に自分のことを打ち明けられなかった。良好な仲。これが僕を雁字搦めにした。育ててくれた恩を仇では返せない。父と母に迷惑はかけたくなかった。だから言い出せない。これもいつもと同じだった。
いつもと同じ。いつもと同じ。いつもと同じ。
だから、僕はまだこの世界で生きていける。
そう言い聞かせて、僕はまた、明日を迎える。

2
私は笑っていた。
クラスの男子たちがバカなことをやっていて、なにが面白かったのかわからなかったけど、とにかく笑った。周りの友達も笑っていた。多分、みんななにが面白いのかわかっていないと思う。
そのうち笑いもおさまって、そのタイミングで先生がやってきてホームルームが始まり、知らないうちに終わった。
「今日、カラオケ行かない?」
「いいじゃん!!行こ行こ」
「それは俺らも行っていいやつ?」
「男子は来ないでくださーい」
「じゃあ、俺らは俺らで行くか」
「○○は?」
友達の一人が、私にも聞いてくれた。
「ごめん!今日バイト」
「え、また~。最近多くない?なんか買いたいものでもあるの?」
「最近、服いっぱい買っちゃってさ。ピンチ!って感じ」
「ほんと、散財するよね」
「この世に魅力的なものが多いのが悪い」
嘘だ。別に服なんか買ってない。だけど、私の財布にも、貯金箱にも、銀行にも、私のお金はいつも、ほとんど枯渇状態だ。
「次は行こね!」
「うん、また誘って」
友達に嘘をつくのは、いつも少しうしろめたさがあった。やましいことをしているだけではない。ただ、本当の理由を言えないだけだ。
本当の理由。私は実の父親と母親に金銭を巻き上げられています。断ると怒鳴る、脅す、殴る、ぶつ、蹴る、エトセトラエトセトラがふりかかります。
なんてこと、言えない。言ってしまえば、家だけでなくこの学校にも、私の居場所はなくなる。気さくな友人と接する皆の態度は、憐憫の目で、過剰な優しさで接するものに変わってしまう。それだけは嫌だった。この学校を過ごす時間だけが、唯一、私にとってのオアシスだった。
「お疲れさまです!」
「お疲れさま~」
店長に挨拶をして、帰路につく。駅前の花屋。そこが私のバイト先だった。バイトは嫌いじゃなかった。嫌なことから目をそらせる。何かに没頭しているときは不思議とどこかにいってくれる。そのまま帰ってこなければいいのに。
帰り道はいつも憂鬱だった。これからあのねじの外れた両親の顔を見なければならない。体裁だけはいつもよくて、その実、実の子どもから金をむしりとるようなやつら。嫌いだ。あわよくばどこかで事故にあっていてくれないだろうか、とか考えてしまう。
なにより嫌なことは、私があいつらと血がつながっているということ。「蛙の子は蛙」。そんな言葉を作ったやつは、ほんとうにどうかしている。
家についてしまった。最悪だ。
ワンテンポおいて覚悟を決める。
「よしっ」
ガチャン。ガチャン。ガチャ。バタン。
まだ、帰ってきていない。よかった。いや、よくないか。家事だけ済まして、早いこと寝てしまおう。それが一番安全だ。幸い明日も平日だ。今日の夜と明日の朝だけ耐えれば、それですむ。
全てを終わらせ床につく。どうせ嫌な時間はやってくる。それなら平和な時に少しでも寝てしまえばいい。そういや、なにか宿題出てたっけ。それが今日最後の思考だった。

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