n回目の生誕前夜

──────忙しい。
それが今の面本の状況だった。
仕事に、怪異に、解呪に、工房での作業に、分析に、博打に……いや博打は自業自得だが。

それはそれとして面本賽は忙しかった。時間さえあればインターネットの海に流れている面本がそんなに浮上してないということはそういう事である。
なんというか、忙しすぎたのだ。この数年間。

死の輪廻から逃れるために日に日に人から遠ざかっていく体と精神。
わかっている。自分は人間だと。この魂がそう叫んでいる。
────本当に?
そこまで思い至りハッとする。何を考えているんだ俺はと。
そのような数年間、そんな毎日。そこまで思い詰めているはずなのに摩耗しない精神。ついぞ一度しか破られることのなかった精神耐性を持った異常者であると、人間でなくなってきていると、事実が、体が物語る。

魂を理解できるようになったのはいつからだった?
手に入れた自分の部屋に違和感を抱かなくなったのは?
世界の半分が自分より弱く見えるようになったのはいつから?
怪異を、身近なものではなく、こちら側に線引きしてしまったのは、いつ?

一体、何時から、『人間』に本心を打ち明けることができなくなった?

「あ~だめだ。少し仮眠とろう。え~と、【10分仮眠します。19:00に起きてなかったら面白いね。】、ポストっと...…」

世界が混濁する。
人間には感じえないものが感じられる。
記憶が混濁する。
知らない自分が思い浮かぶ。
自己が混濁する。
ああ、この感覚が、なんだったっけ。

渦巻く、渦巻く。何かが渦巻く。

ああ、そういえば、昔死ぬときはこんな感じだった。そう思いながら意識を手放す。
世界は彼を、1莠コ縺ァ縺ッ辟。縺と定義した。

声が、聞こえる。

『……なぁんだ。忘れられてなかったんですね。私たち。』
『流石に忘れるには重たいんだよな俺らの存在。俺らは世界線のはざまに投げ出されてはい終わり~、デスループの被害者は消えました~で終わらせるわけないじゃんね。』
『それもそうですね。二年前から起きた数も多い。私たちみたいに。』

世界の隙間から

『だがよ、これどうするよ。』
『何がでしょう?』
『呼ばれてんだろこれ。こっち側に。』
『あ~そうですねぇ。』

多元宇宙の狭間から

『あいつがこっちに来ちゃったらよ、世界線破壊しそうな奴いない?』
『まあ、十中八九あの魔女はこっち側に来るでしょうし、世界線の破壊はある程度免れないかと。』
『ってなっちまったらよ、もしかして俺らなんかもっとすげえ神から目を付けられるんじゃねえの?』
『ええ、間違いなく。神に成った彼ならまだしも人間部分の多い私たちならもう存在ごとジュッ!!!!でしょうねえ。』
『やばくね?』
『ええ、とても。』

無である場所から、声がする。

『どうするよ。02ちゃんも今は休んでるしなぁ。俺らしかいねえぞ。』
『いっそ、人間やめます?』
『……おうおうついにおかしくなっちまったかおめえ。え~っとなんだっけ123だっけ?』
『そうです。生前はカウンセラーをやっていた世界線の面本賽です。あなたは111、でしたよね?』
『生前はギャンブラーだ。おかげで56ちゃんとは大盛り上がりだぜ。』
『彼はカジノディーラーでしたもんね。と、話がそれました。』
『え、まだその話続けるのか?益なくね?俺利益がミリでもないと嫌なんだよね。』
『ありますよ。ギャンブル狂いのあなたにピッタリな面白い話が。』

くつくつと、123と呼ばれる男が笑う。それはさも面白そうに。
怪訝な顔をした111は呆れた顔をして、結局問うたのだ。
『で、何があるってんだ。面白いことって』
『あの神の部分と怪異の部分、私らで引き受けてしまいません?』
『は?』
素っ頓狂な声が響く。だが123は話すのをやめなかった。
『彼、多分一人じゃ足りなかったんですよ。半分怪異で、半分神で、半分人。ほら、1.5人分だったんです。』
『お、おう、それで?』
『だから一人じゃないこちら側に引き寄せられてるのだと思います。』
『なるほど、...…あ、おまえまさか。』
『ですから、彼を押し戻すついでに私たちも向こう側の世界にいってしまいましょう。半人前でも十分。彼の眷属あたりのノリで!』
『おまえ...…』
これにはさすがのギャンブラーもドン引き────
『最高だな!!!!!!』
────してないようだ。どこまで行っても面本賽であるということだろう。
『どこまで行っても半人前なら、一部の力をこちらで引き受けて三人になってしまえばいい。』
『いいじゃねえか。早速押し戻そうぜ!』
『心得ました。向こうでの体ができるまでが楽しみですね。』


「……うっわ!寝すぎた!やっべ!明日の作業しなきゃ」

面本賽の背後に、何かが蠢くまで、あと。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?