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舞台『刀剣乱舞』維伝 朧の志士たち 12/29ソワレ感想 “物が語るがゆえ物語”シリーズ中の一作かつ、維新志士たちの織りなす上質な青春譚

 まず初めに断りますが、この感想を投稿するのは三度目です。
 最初は12/29ソワレ公演あとの1/11、二度目はツイッター上の有志による同時上映会後の5/5、そして今回です。

 何故三度も投稿する羽目になったかかというと、最初は途中まで書いて力尽き、中途半端だったから。二度目に細くして最後まで書き、ふせったーしたのだが、肝心のツイッターアカウントを手違いで凍結させてしまい、消えてしまったからである。
 DMMの刀ステ無料一挙配信を受け、維伝を見ようという流れになっている本日、記録として残しておきたい気持ちが湧いたので、この機会に再度投稿した次第です。

 感想の前半は、観劇直後に書いたもの、後半は円盤視聴後の追記を含んでいます。

 見てきました、刀ステ新作。
 しかし早くも内容がどうだったか曖昧だし、観劇した現実まで忘れてしまいそうになっているので、せめてどう感じたかだけでも記しておこうと思います。

 当方、既存作は全て履修済です。
 前半はネタバレなし感想のつもりですが、維伝の内容に触れますし、既存作のネタバレや考察まがいの発言も入るかもしれません。
 未観劇で事前情報を入れたくない場合は、ここで引き返すことを推奨します。

 まず、改めて思うのは私は刀ステの空気が好きだなぁということです。
 慈伝も確かに楽しかったし、あれはあれで何度も見たいけど、2.5舞台どころか演劇沼そのものに片足取られたきっかけがジョ伝だった私にとっては、維伝に流れる、少しばかり冷たいような、張り詰めた空気をまた吸えたことに感動してしまった。

 刀ステの体感八割殺陣、っていうのは義伝辺りからの印象だけど、維伝は舞台自体がくるくる入れ替わる特殊な設定なので、板の上の人々の運動量が半端なさそうだった。
 今のところ、怪我等で欠けた人はいないようだが、こんな内容で長期公演で、誰一人欠けてない時点で最早奇跡なのではなかろうか。
 当たり前のことを当たり前にこなせて良かった、と刀ステの座長はよく言うけど、維伝もまたこの言葉を実感する舞台だった。

 今回、陸奥守役の蒼木氏が初座長。三年あまり続くビッグコンテンツで、新しく座組を率いる重責はいかほどのものか。
 しかし、作中の氏を見ている限りでは不安は一切感じない。
 慈伝では太陽のような存在であれと脚本の末満氏からディレクションがあったようだが、維伝でも彼の存在は太陽のようだった。
 維伝の締め方には正直なところ不穏さしか感じなかったのだが、不思議と重苦しさがない。これは陸奥守のからりとした明るさが一助となっていたのかもしれない。

 ストーリーは時の政府からの入電に端を発する。
 改変された文久土佐藩を調査し、改変の原因を探れ、というミステリー仕立ての筋書き。
 文久三年の土佐藩では、暗殺されたはずの吉田東洋率いる土佐勤皇党による恐怖政治が敷かれていた。
 もとより、土佐藩には厳格な身分制度があり、大きく上士と下士に分かれている。下士の中でも上下関係が存在し、酷いものは犬畜生と同じ扱いだ。
 陸奥守を始めとする第二部隊は、吉田東洋が改変の鍵となっていると踏み、行動を開始する。その最中に、土佐に戻ってきた坂本龍馬との邂逅を果たし、武市半平太、岡田以蔵といった面々と対立する。
 郷士に生まれついてしまったことの悲哀と理不尽な抑圧――この強烈な背景を持つが故に、日本人たろうと強い志を燃やし、奔走する者たちの姿が描かれる。

 恥ずかしながら、私は今まで坂本龍馬のことをよく知らなかった。
 もちろん、歴史上で何をなしたかの知識は持っているが、あくまで知識であり、特別ひとりの人間として認識しているわけではなかった。
 有名人すぎる彼は、ありとあらゆるところで取り上げられており、なんとなく知っていた気がしていただけに過ぎない。

 坂本龍馬の偉大さは良く語られても、土佐藩の身分制度にはこれまで無知であったし、維伝を観ていなければ、今後も見過ごしていたに違いない。
 吉田東洋、武市半平太、岡田以蔵にしてもそうだ。ぼんやり名前は知ってる、あるいは存在すらもあまり認識していなかった人々が、維伝では実感を伴って舞台上に存在していた。

 刀ステの好きなところのひとつは、人間側のキャストがとても良いことだ。
 私は歴史物への造詣が深くない上、テンプレとしての人物像にも疎い。後者に関しては、先入観がなくてかえって良かったかもしれない(そのかわり、従来のイメージとの違いについて論じることはできない)。

 維伝を見るにあたって、事前情報は入れていない状態で臨んでいる。それでもストーリーはもちろん当時の土佐藩の現状や人間関係がわざとらしくなく、スムーズに理解できるようになっている。
 これは台詞回しや構成の妙もあるが、それだけでなせる業ではないだろう。演者の仕草、表情、声の調子などで、相手をどう思っているか、自分がどうするべきかなど、心情の機微を伝えてくる。
 実力のある役者とはこういうものなのか、と観劇歴の浅い私が理解するに十分な配役だったと思う。

 特に岡田以蔵は印象に残っている。人間離れした、獣じみた低い体勢での殺陣。
 男士側も大概人外みたいな(実際人外の役なのだけど)殺陣だが、名刀に恥じない品格を漂わせるのが大半だ。
 では岡田以蔵の殺陣は、といえばどこまでも野卑で、粗野。人を殺すことだけに特化した刀の扱い方をする。
 基本的に男士は人間を殺さないから、違いが歴然としていて、目を引いた。殺陣に伴う身体の動かし方もヤバい。どんだけ身体能力高えんだ。

 身体的な面だけでなく、演技面でも人斬りになってしまった以蔵の心情がびしばし伝わってくる。名前しか知らなかった以蔵像は、私の中では一色氏の演じた以蔵になってしまいました。
 この一色以蔵と肥前の絡みも大変良くて……大変良かった……(急になくなる語彙)。

 舞台刀剣乱舞と銘打つ以上、主役は刀剣男士だろうし、実際、シリーズとして俯瞰した時の話は「初期刀山姥切国広の成長物語」であると同時に、「本丸の危機回避のために結の目になった三日月宗近の救出劇」である。
 今回もその流れの中の一作であり、それらしき伏線もバリバリ仕込んでいる。
 だが、メイン以外の登場人物にも手を抜くことがなく、歴史SF群像劇と言ってもいいのではないだろうか。
 そも維伝自体の完成度が恐ろしく高く、これだけでも充分な観劇体験だった。

 あ〜〜とにかくめっちゃ面白かったです!!
 この舞台を作り上げることに尽力して下さった全員に感謝したいと思います。
 円盤は絶対買うし、この本丸の物語が結びを迎えるまで追い続けたいと思います。
 ネタバレなしの感想は以上。以下は細切れの記憶の羅列。


 日替わり染鶴さんの時間遡行軍のアテレコ部分。
 肥前くんに「二つ質問がある」。

 鶴丸「この状態から入れる保険はありますか?」
 肥前「ねえよ!!」

 二つめは「あだ名をつけて!」。

 肥前「名はなんだ」
 鶴丸「右手首ばらばら丸」
 この間、肥前と南海先生はずっと壁に顔向けてた。
 肥前「……ばら丸」
 鶴丸「だっせーな!」
 あだ名つけろっつってそれはねーだろ!!笑

 肥前くんは南海先生の世話もしなくちゃいけないし、最初の態度とは裏腹に振り回されてばかりでとても可愛い。
 染鶴さんは他に勤皇党の人の顔触った手を兼さんの羽織で拭いたり(気づいた兼さんが鶴さん追い払ってた)、ちょっと刀剣男士〜!歴史守ろ〜?と仲裁したり、南海先生の罠をめっちゃ楽しそうに発動させたりしてて自由人すぎた。
 殺陣も軽やかさの中に太刀らしい重さがあってとてもカッコいい。重鎮感がありましたね。
 健鶴さんはいたずらするけど頼りがいのあるお兄さんという感じですけど、染鶴さんはふざけてていても時折見せるマジドーンが千年存在してる古刀感溢れてますね。

 同じことが小烏丸にも言える。鶴丸と違ってふざけたりしないし、穏やかに見守ってる感じはまさに父なんだけど、声を低めたときのピリッとした空気には恐ろしささえある。
 殺陣はしなやかで艶やかでどこか女性的ながら、一太刀の重さは間違いなく男士。動きの軽さは鶴丸と似通っているのに実に対照的な二振り。

 この二振り、一緒にいることが多いので殊更違いが際立ちますよね〜。
 どこか忘れたけど、この二振りで決めポーズ取ったところ、内心で「待ってましたァ!!」って叫んでた。
 男士側の殺陣の型で好きなのは誰? って聞かれたら鳥太刀二振りで迷うと思う。

 この二振りは主の密命を帯びていることもあって、他の面子とは一歩引いている。その密命が陸奥守と龍馬を対決させること。
 正確な言い回しを忘れてしまったけど、陸奥守が龍馬にどう向き合うか、つまり陸奥守が自身の物語をどう受け入れるかを試しているかのような物言いだった。

 第一部は山姥切国広が写しであることに対する解を求めて足掻く話で、それはひとまず慈伝でひと段落ついた、ということなんだろう。でも、三日月を助け出すにはそれだけでは足りないらしい。

 維伝では正史を守るその過程で発生した別の世界線が、放棄された後も正史に影響を与えているのではないかという可能性が提示されている。
 また、改変された文久土佐は放棄された世界線のひとつではないか、とも。しかもこの世界線では刀剣男士側が敗北し、折れている。折れたのは左から日本号、骨喰、山姥切国広、陸奥守吉行、大倶利伽羅、宗三左文字。
 この刃選には意味があるのか? あるんだろうなあ……。

 更には、吉田東洋の台詞『刀の先に人がいる』、南海先生の『歴史を守るのは刀の本能』、陸奥守の『歴史を守らなくなったら刀ではない』などなど、今までは何故刀を振るうのか、歴史を守るのは何故か、というところに焦点が当たっていたけど、維伝ではもう少し踏み込んで、刀剣男士とは何か、ということが語られていたように思う。

 歴史を守ることは刀剣男士の本能で、それを放棄した刀剣男士は、魑魅魍魎のようなもの。
 朧の志士たちにしても、時間遡行軍というより刀剣男士の顕現技術に似ているという話だったが、これは坂本龍馬の壊れた銃の物語が顕現したのではないか説を見かけて、なるほどーと思った。一票入れたい。

 審神者の間ではすでに、時間遡行軍は闇落ちした刀剣男士説がかなり流布しているけど、舞台でそれを想起させる演出をやってくるとは思わなかった。遡行軍の格好した山姥切国広が現れたことに正直興奮した。
 だけど、朧の志士たちとは違ってはっきりしっかり元の顔だったので、これを単純に文久で折れた山姥切国広だと断じていいのか分からないが。ジョ伝の例もあるし……(疑心暗鬼)。

 今回の朧山姥切くん、妖怪物語おいてけと化してましたけど、この行動によって得られるものって何なんでしょうね。
 三日月の救出……だとして、いまの本丸が歩んでいる世界線は本当に正史なのか、ちょっとあんまり確信が持てない。
 し、放棄された世界線で朧切くんが正史に影響を与えること=三日月救出、と確定しているわけでもない。
 あくまでそうあって欲しいという願望だったり、当然そうであろうという思い込みかもしれない。

 男士たちに必要なものは物語。本体があるか否かを問わず、物語があれば彼らは顕現する。
 山姥切国広が写しの己を己と受け入れたように、あるいは、陸奥守吉行が龍馬と対決し、彼の物語を己のものとしたように、彼らを救い、強くするのは物語。
 ならば、彼らを滅ぼすものもまた物語じゃないのかと考えたりもする。

 妖怪物語おいてけ切がラスボスという線も大いにあり得るのではないか?
 序の初期切は山伏が折れたとき、「こんなことがあってはいけないんだ」って叫ぶんですよ?? 何それ? 兄弟折れて真っ先に出てくる台詞がそれか!? ってびっくりした記憶が未だに残ってるんですよね……。
 だから、助伝が入る前の、山伏を失った山姥切がおかしくなってる可能性はいつでも頭の隅にある。

 “物が語るゆえ物語”って台詞。今までまあ刀が主役だしなあ程度に捉えてたけど、これは軽々しく扱うべきではなかったのかもしれない。
 シリーズ通してのテーマなのだということが維伝ではっきりしたように思う。
 物語の強さ弱さがそのまま、男士たちを繋ぎとめられるか否かに直結している。
 それで考えると三日月は物語を失っている状態。悲伝の白い三日月は幽鬼の表現だったわけだから。
 ……じゃあやっぱり朧切くんは三日月のために物語おいてけ業やってんじゃねーか!?(最初に戻る)

 原作ゲームでは極めると人間じみてくるっていうのも示唆的だよねえ。刀の先に人がいる、の裏付けみたいで。
 物語を栄養としつつも、物語と切り離しても存在できるようにしているのだろうか……。刀剣男士とは…………。

 余談だけど、この土佐文久、三日月が結の目になった特殊な本丸に、例外的に与えられた任務という体裁になっているので、ゲーム(原作)とは違うよ、とさりげなく語っているところは、なんというか、上手い。
 ところで刀ミュ本丸とサーバー同じなんだって???
 刀ミュでも三日月は特殊っぽいし、サーバー自体がおかしいのかもな。
 変なサーバーなら活撃やろうがグラブル行こうが数多の二次創作が生まれようが問題ない。多分。

 あ~~もう~~あれこれいったけど考察は頭のいい人に任せるわ~~~ぼくはもうむり! ってなってる。
 そんな中、堀川国広くんが清涼剤……。リアル十代の堀川国広くんとか尊いがすぎるのでは……??
 肥前くんみたいに主要キャストとの絡みがあったわけではないんですけど、ちょいちょい可愛いところを見せつけてくる。重く緊張の続く中で、良いオアシスになっていました。
 ステの堀川くんは弟っぽくて、兼さんの相棒たろうと背伸びしているように感じました。
 ステ本丸、顕現順が和泉守→堀川国広なのでそのせいかもしれない。レベルが兼さんのが上なんだろうな。
 そんな兼さんに相棒と言われて嬉しそうな堀川国広に可愛いポイント1万点あげたい。

 南海先生の罠ミュージカル(厳密にはミュージカルではない)が大変かわいいな……あれ何? 慈伝で味占めちゃったの……? 許す。
 最終的に面倒になったのかトンカチとスパナで殴り始めたところが最高に好きですね。
 ここのシーンの南海先生めっちゃ楽しそうだし、他の面子も可愛いので何度でも見れるわ。特にエアギター(エア三味線)の鶴丸と跳ねてる堀川の動画は延々見たい。
 南海先生レベル1って感じで殺陣の印象がちょっとぼんやりしてるんですけど(一回で覚えられない)、その代わり知識で勝負ということでとても博識……なんだけど、維伝では刀剣博士としてより、時間軸考察で物語のヒントをくれる人でした。
 武市半平太との対決でどのような心理作用を得たかについて、先生は明言してくれなかったから、推測するしかないけど、やはり元主と対峙し、切り結ぶというのはあまりに酷ではないか……? てか維伝面子の半分が元主を斬っててどうしよ……。
 ああ、殺陣の話でしたね………………円盤は何回も見てるけど、トンカチとスパナで殴ってる場面しか思い出せない……。

 ところで、その刀剣男士にとって大きな影響力のあるものを斬るっていうのは何かの儀式なんですか、様式美なんですか。
 山姥切は三日月、陸奥守は元主。歌仙は一体何を斬るんでしょうかね……?
 どうでもいいけど歌仙さんは人見知りなのにお小夜いなくて大丈夫なんですかね。がんばれ歌仙さん。

 で、あとこれは絶対書いとかないと! と思いつつ、上手く言葉にできなかった櫻井肥前くんについて。
 いやー……いいよね……いいね……顔が……。
 顔かよ!!!!! って感じだけどほんとに顔がいいね君は……それは才能だから大事にしてくれよな……。
 まあ刀剣男士に対する「顔がいいね」は「今日は天気がいいですね」くらいの内容でしかないのでもうちょっと詳しくしようと思う。

 とはいえこれから書くことの八割くらい妄想だから話半分に読んでほしいんですけど、肥前の元主の岡田以蔵は維伝において重要なキャラだったじゃないですか。土佐における格差の被害者という意味で。

 龍馬とか武市さんはその鷹揚さや理性でもって格差を表に出さず、未来のことを口にすることで奮起する。
 龍馬はこれからの世には武市さんが必要だというし、未来を語れる同志として強い紐帯を感じる。
 けど、その紐帯の所以たる『土佐の強烈な身分格差』からは若干外れてるんですよね、この二人は(龍馬はわかんないけど、武市さんは白札郷士で郷士の中ではちょっと上、しかも叔父が吉田東洋ということで底辺ではなさそう)。

 対して、以蔵は「頭が悪」く、「剣の腕しかない」。剣の腕があったから、武市の剣として生き、天誅こそが矜持となったわけだけど、それでも以蔵は幸せなほうだったのかもしれない。
 以蔵の背後には、未来を夢見られず剣を振るうこともないまま死んでいった無数の郷士、あるいは庶民たちの亡霊がいる。以蔵のまだ新しい世を見ていない、という叫びはこの無数の亡霊たちの慟哭でもあるかもしれない。

 龍馬や武市が日本を均しの世にするという希望を語り、維新志士像の陽を担うならば、以蔵は彼らの裏にある深く濃い闇を担う人物だったと思う。
 以蔵の感情表現はストレートである。龍馬に会えてうれしいといい、死にたくないと叫びながら剣をふるい、斬りたくないと言いながら人斬りを名乗る。感情の発露がストレートであるが故に矛盾が多く、だが彼がその矛盾を解消する手段は剣しかない。
 “人は斬りとうない”。それが、以蔵の本心だが、同じくらい人を斬ることに意義を見出してしまっている。
 取るに足らない存在である己が、後ろ暗い汚れ仕事を請け負えば、龍馬と武市の語る美しい夢の一端に触れられると信じている。
 この以蔵の生き様に、最も感化されたのは肥前だろう。

 顕現セリフの人斬りの刀だよ、の言い方、最初は投げやりというか自嘲ぽかったし、朧以蔵と切り結んだ後の肥前の台詞「斬りたいわけじゃねえ、誰も信じてくれねえが、あんたがそう言ってくれるなら、俺は人斬りだ」のあと以蔵が「わしとあんたは似てる」とかぶせてきて涙流すところめっちゃいいんですけど、肥前は人斬りの刀であることに負い目があったのかも。

 維伝は陸奥守/龍馬の物語だが、陸奥守は龍馬が歴史をねじ曲げてまで生き残ることは望まず、龍馬の矜持や夢を守ることを決意して朧龍馬を斬る強さを、既に備えている。
 一方、肥前は……人斬りの刀であることに負い目を持つ肥前は以蔵を「人を斬りたくないのに斬らざるを得なかった悲劇の人」として記憶したかったのではないか?
 そうでなければ、あそこで以蔵に「似てる」といわれて驚きや衝撃を受けるはずがない。
 以蔵の「天誅は生き甲斐」「刀の先に未来がある」といった人斬りとしての矜持を、肥前は切り捨てようとしていたのかもしれず、だとすれば、物語を失いかけていたのは肥前のほうだ。

 元主に裏切られた形になった肥前だけど、それ以降の肥前は逸話でない以蔵を改めて考え、受け入れた。それはとりも直さず、肥前が己自身を受け入れることだ。
 これは陸奥守の物語だ、と鶴丸がいうが、同時に物語を失いかけた肥前が刀に立ち返るまでの話とも言えるのではないだろうか……と思いました。

 刀ステ新作、綺伝の発表がありましたね!
 科白劇という新しい形態で上演されるのが楽しみですが、改変ってのが既に不穏……。
 本公演も予定されてるようですので、どちらも見に行きたいなあー。

 感想終わりです。

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