男女間賃金差異の公表義務への対応
2023年度のノーベル経済学賞は、ハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授が受賞しました。受賞理由は「労働市場における男女格差の主な要因を明らかにしたこと」であり、このニュースを受けて、日本でも女性の働き方について取り上げられる機会が増えています。
女性の働き方については、男女間の賃金差異がどの程度あるのかという点が特に注目されています。日本では、女性活躍推進法が2022年に改正されて、常時雇用する労働者が301人以上の事業主に対して、男女間の賃金格差を公表することが義務化されました。
この公表義務に対して、企業はどのような対応を考えるべきでしょうか。今回は男女間の賃金差異について解説します。
男女間賃金差異の公表義務
まず現状では、常時雇用する労働者数が 301人以上の企業に対してのみ公表義務が課されています。皆さんの働く職場は、その対象となっているでしょうか?仮に、対象とはなっていなかったとしても、まず重要なのは「うちの会社は関係ない」と思わないことです。
なぜでしょうか?
働き方に関する様々な規制やルールは、これまでも大企業から適用されて、次第に規模が小さい企業も対象とされてきました。そのため今後はより小規模の企業に対しても、同様の情報開示が求められると考えておいた方が良いでしょう。
また法律が求めていなくても、採用難に直面している企業の視点からは、積極的に情報公開をしていくことで、新卒学生や求職者が安心して応募してくれることにも繋がります。
さて男女の平均賃金を公表するだけであれば、特に大きな問題はなさそうに思えます。しかしこれまでに実際に公表されたのは、男性を100とした時の女性の賃金が75や62.5といった衝撃的な数字です。このような差を見て驚いた方も多いかもしれません。
しかしこのような賃金差異の存在をみて、女性が差別されていると決めつける訳にはいきません。例えば、年収と労働時間から時給を計算したとき、女性の平均賃金が男性の7割であったとします。しかし、これだけでは不合理な格差とは判断できません。賃金に影響を与える要因として、経験年数や勤続年数、また学歴や職種、所属部署や役職等の違いを考慮する必要があるからです。
すでに多くの会社では、平均賃金の違いを公表するだけでなく、そのような違いが発生している理由を丁寧に説明しています。しかし「当社では、女性と男性では平均的な勤続年数に違いがあり・・・」という理由や「役職者に男性が多く・・・」といった説明だけでは、多くの人は納得がいかないと思われます。
どのように公表すれば良いのか?
そこで必要になるのは定量的かつ客観的な検証を行うことです。先述のとおり、労働者間で賃金の違いが発生する理由には様々なものがあり、その中で経験年数や勤続年数、また学歴や職種などによる違いは説明可能な差異であると考えることができます。しかしそのような説明可能なものをすべて取り除いて、それでも残される男女間の賃金の違いがあったとすれば、それは説明できない格差と考えることになります。
このようなアプローチは世界的には普通のものであり、例えば、スイスでは、2006年からLogib(ロギブ)という分析ツールを提供することで積極的な取り組みを行なっています。
なお説明できない格差として、有意水準を5%として、5%以上の賃金差異があれば対応が必要だと考えることが一般的です。ここで有意水準とは、簡単にいうなら、本当は男女間の賃金差異がないのに偶然このような賃金の違いが発生するとしたらそれは5%以下でしか発生しない非常に珍しいことである場合に、実際にはそのような偶然が起こったのではなく、男女間で賃金格差があると判定する考え方です。
分析結果の評価と対応
実際に分析を行うと、日本企業の場合、年功賃金を採用しているケースが多く、経験年数や勤続年数により賃金が決まってくる割合が高いと思われます。また学歴や資格、役職なども、意味のある賃金の違いをもたらします。このような説明可能な差異で賃金が決まる部分が大きく、男女間では有意な格差がないと判断されるケースであれば、従業員や社会に対して納得感のある説明をすることが可能でしょう。
それでは、もし分析した上で、男女間の賃金格差が有意に存在していた場合はどうしたらいいのでしょうか。企業はまずはその事実を従業員に伝えた上で、賃金を調整するなどの対応策を取ることが必要となります。その際には、男女間の賃金差異がどのような理由で発生しているのかをより丁寧に分析することも必要でしょう。
なぜなら、賃金が低い労働者の賃金を引き上げることで、賃金差異を縮小したとしても、それが他の従業員にとっても納得感のある対応でなければ不満が出るなど、予想していなかったトラブルを引き起こす可能性もあるからです。
賃金格差の評価と分析の際には客観性が重要
そして、以上のような分析を行う際には、客観性を高めるためにも、外部専門家のサポートを受けつつ検討することが望ましいと思われます。社内で分析を行おうとすると、どうしてもよく見せようという思いが働く可能性があるからです。また、分析結果を専門家の立場から考察してもらい、必要に応じて改善策を検討していくことも有益でしょう。
Tune株式会社では、男女間の賃金格差に関する調査・分析を直接お引き受けするだけでなく、社会保険労務士など専門職の方を対象として、分析や評価の手法をお伝えする研修なども実施しています。人事、労務関係でお困りの際には、お気軽にご相談ください。