第163回 無縁仏が語る歴史のはなし
1、職場にご恵送シリーズ 23
『元興寺文化財研究所 研究報告2017』
研究所創立50周年記念論集としての位置付けられているものです。
元興寺(がんごうじ)は日本最古の仏教寺院飛鳥寺(あすかでら)の流れを汲み、国宝・重要文化財をはじめ十万点にも及ぶ文化財を所有しています。
これらの文化財について調査研究・保存処理を行うための研究所を自ら設置し、その先端技術は幅広く活用が図られています。
2、無縁仏から見える真実
論集の中で、個人的な関心で一つ取り上げるとすれば
角南聡一郎・安楽加奈子「京終地蔵院の石造物- 無縁化した資料を中心に-」
でしょう。
元興寺文化財研究所地域連携プロジェクトの一環として実施した奈良市京終地蔵院の墓地にある石造物973点についての調査報告です。
無縁化(むえんか)といって祀る人がいなくなった墓石が集積されている姿は全国の寺院でみられるかと思いますが、これの形態・彫られた 文字などを記録していきます。
その結果、年代的な変遷として1670年代から増加するものの、1730年代に減少、また1780年代に増加するという傾向が読み取れたとのことです。
これが何を表しているかは様々な見方ができますので深入りはしません。
また「童子・童女」と刻まれた墓石は大人のものより小さいことが指摘され、
子供の墓標は建立せず、代わりに地蔵像を建てる
という伝承とのかかわりが課題として挙げられています。
考古学的なデータが言い伝えを覆してしまうのか。興味深い結果であると言えます。
山と積まれた無縁仏が地域の歴史の資料となることは意外かもしれませんが、このような調査成果を積み上げていくことが古文書に記されない歴史の事実を明らかにする上で重要になってくるのです。
3、無縁仏はどこにでも
このような事例は地域のどこにでも眠っています。
先日も町歩きの下見で地域を巡った際に、古い墓石が台座として使われているところを見つけました。
これは転用されていても、まだ近在に残っているからいいですが、移動されたり、廃棄処分されて仕舞えば永久に失われてしまします。
少子化で墓を受け継ぐことが難しくなると予想される昨今は、無縁化が加速化していくことでしょう。
江戸時代から平成くらいまでは、火葬した骨を壺に納めて、石で作ったお墓の下に埋めていたんだよ。
と歴史の授業で語られる日も遠くないのかもれないですね。
調査して記録しておかなくてはいけない文化財はまだまだあります。
お盆もお彼岸も過ぎてしまいましたが、お墓詣りの際にでも古い墓石が再利用されてないか見渡してみてはいかがでしょう。
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