聖闘士星矢とわたし外伝 『海皇再起』の成り立ちまとめ
時は流れて2020年の7月(流しすぎたので、たぶんあとでまた戻ります)。
社会人生活ももうすぐ20年目になろうというツナ缶ちゃん、なんかこう人生に一度くらいは星矢の漫画が描きたいな…と、いきなり思い立ちました。とはいえ当時は前職でのお勤めが普通に忙しく、商業漫画の連載はちょっと無理な状況でしたので、誰に見せるでもなく構想メモやイラストを書いていました。内容的には「色々あったけどあれから時は流れて現代…」という、聖闘士星矢Ω的な新世代路線。この時点ではあくまで趣味の範囲でしたね。
それからちょうど1年経って21年7月。やっぱり一度星矢を描いてみたい、これはちゃんとやってみようということになり、以前に取引のあった秋田書店さんにご相談をしました。
星矢周辺の現況、今後の展開予定、どういう企画なら投入可能か…などを話しまして、結論としては、急な持ち込みだしあまり大規模な企画は小回りが利かない。ここはシンプルにバトル主体で、往年の東映まんがまつりみたいな短期決着のやつを作ってみましょう、ということになりました。
この打ち合わせを受けて提出した企画が『聖闘士星矢 神罰遊星(ネメシス・アドラステア)』というもので、敵が女神ネメシスという『海皇再起』の設定はここで生まれたものです。
アテナと聖闘士たちは、有史以前から神々が人間に下そうとした罰を幾度にもわたり阻止してきた。未遂に終わったそれらのエネルギーから生まれた神罰の化身がネメシスで、反宇宙から反地球を召喚して地球にぶつけようとする。反地球からはペガサス星華をリーダーとする悪の鏡像聖闘士5人が侵攻してきて、星矢たちと戦う…という話でした。
しかしこのマルチバース的な世界観は少し前にエピソードGアサシンで出てきたことだし、ちょっと再考しましょう…という話し合いからわずか数日後、担当編集者さんからあらためて連絡が。
じつは別件で車田プロに行き、車田正美先生と話していたところ、「ポセイドンと海闘士の外伝はこれまで無かったなァ…」という発案があったとのこと。そういうことなら、それはもうぜひ受けて立ちましょうというわけで、企画内容は急遽方向転換することになりました。
じつは当初、海闘士は原作と同じく「悪役」になる予定でした。
理由は単純で、ツナ缶ちゃんが好きなのはあくまで「聖域内乱を経て成長した星矢たちに攻略される敵」としての彼らだったからです(それしか見たことないのだから当たり前ですが)。カノンとアイザック以外は背景もほとんど描かれない。ソレントは学校で音楽をやってたらしいと最後やっと分かるぐらい。言動から各人の性格や思想の片鱗が伝わってはきますが、海将軍たちの描写はとにかく駆け足で薄味です。
しかし、そういうドライでシステマチックなキャラクター描写が生むスピード感こそ『星矢』のキモだったのではないでしょうか。ビジュアル的には十二分に個性的な連中が、純粋な敵役として使い捨てられる贅沢さ。過去の回想とか互いの絆とかのウェットな内面描写は星矢たちに任せて、敵については本当に必要最低限しか見せない。読んだ後に残るのは、とにかくカッコいいデザインと、語感が気持ちいい必殺技と、大仰なセリフ回しだけ――それこそが連載当時、幼いツナ缶ちゃんの想像力を刺激してやまない最大の魅力でした。
ところが彼らを主人公サイドに持ってきた途端、どうしたって内面に踏み込まざるを得なくなる。「謎多き敵」たちが持っていた巨大な想像の余地を自分の手で殺して、「理解可能な、感情移入の対象」として描き替える――これは残酷で、できれば避けたい作業です。
そういったわけで最初に書いた『海皇再起』のプロット案は、ポセイドンと時間差で目覚めた海皇妃アンフィトリテが地上侵攻のためアトランティスを浮上させ、三叉の鉾とアテナの壺を奪うべく聖域を攻めるというものでした。
肝心の戦力となる海将軍たちは、ハーデス(死んでる)をうまいこと騙して復活させてもらう…これは少し形を変えて現在まで残ったアイデアです。
立ち向かう主役サイドはティーンに成長した貴鬼と同世代の仲間たち。紫龍の弟子で廬山天狼抜刀牙(仮)を使う猟犬座とか、デモンローズの世話係をしている南のうお座とかがいました。ソレント&蘇ったカノンは、海皇軍に身を置きながらひそかにジュリアンを守ったり、貴鬼たちを助ける役回りです。
同時にこの頃、やっぱり星矢なのだからバンダイで玩具化できる要素をバリバリ盛り込みたい!という考えのもと、海将軍の鱗衣をパワーアップさせることになりました。原作に出てきた海底神殿の鱗衣は拠点防衛用、すなわち高湿度・高気圧下での機動性を重視した軽量タイプだった! アトランティスには地上侵攻用のパワータイプ、重鱗衣(ヘヴィースケイル)が隠されていたのだ! …というわけで、のちに真鱗衣(アークスケイル)と名を変えるパワーアップ版のラフデザインも描いています。
そんなこんなで貴鬼を主役にした第1話のネームを形にしてみましたが、これがツナ缶ちゃんの力量不足でいまいちパッとしない。さてどうしたものか。
残された手段は一つ(かどうか分かりませんが)…ここは肚を括って、やはりポセイドンと海将軍を新たに善玉として売り出そう!
気持ちを切り替えるとあとは早いもので、現在連載中の『海皇再起』のプロットは消去法であっという間に出来上がりました。
ポセイドンと7人が、星矢たちに代わって敵と戦い平和を守る! おしまい! …本企画の初期コンセプトである、東映まんがまつり的なシンプルさに立ち返ったわけです。
とはいえ彼らはあくまで海と自然の守護者であって、邪悪な人間はむしろ洪水で徹底的に懲らしめてやれという考えの持ち主。どういう危機に対して、どういう動機で立ち上がれば、善玉として描けるのか…? そこだけ少し悩みましたが、結局のところ細けえことはいいんだよ精神で、今描いているとおりです。
こうして21年の秋に第1話、22年の年明けにはソレントとクリシュナがパワーアップする第4話までのネームが完成しました。
真鱗衣のデザインも重鱗衣からリファインして現在に近いものになり、この段階でバンダイスピリッツさんと共有して立体化に関する打ち合わせを行っています。
私事ですが前職でも玩具関連のアニメ企画やデザインに携わっていたことがあり、久々にオモチャ屋さんのお仕事だ!とたいへんワクワクしました。
その後はじわじわと原稿や各種デザインを描き貯めながら、22年9月にとうとう第1話が雑誌掲載され、現在に至ります。
不定期連載という形式につきましては、一体こいつはどんだけマイペースに仕事をしているんだ、一日20時間寝る貴族のような暮らしをしているんじゃないか、と思われても仕方ありませんが、実際のところ原稿作業はかなり先行しておりますので、ご安心ください。具体的には3巻収録分まで下描きが終わっています。
というわけで、今後とも気を抜かずに描いてまいりますので、何卒ご愛読のほど、よろしくお願い申し上げます。