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つかめ、You-CUE!!!! #AKBDC2024

 その日、アクヅメは冷静を装いつつ、会社のデスクで震えていた。彼が最も敬愛する女児アニメコンテンツのライブに、めでたく彼の席がご用意されたからである。

 喜びのあまり、発汗、失禁、ありとあらゆる体中の穴からの出血を経て、しかし平静を装い「で、例の見積書はどうなってるカナ?新人クゥン??」と社会人特有の後輩にのみ通用する威圧を醸し出して、この場を切り抜ける。彼はこれまで真面目なビジネスマンとして社内では通っており、そのイメージを崩すわけにはいかなかったからだ。

 昼休憩。一人会議室を貸し切り孤独となった彼は、次のステップを踏んでいた。ライブのためにJapan魔の国へ行く。彼にとっては一大事であり、一つの失敗も許されない、最優先課題となったのだ。

 まずはライブの日を起点に、日本へ渡航し、帰るまでの往復の飛行機と、道中の宿を確保する。どうせなら名所を回り、インターネット・フレンズにも会いたいので、余裕を持って4泊5日のスケジュールを構想する。次に、軍資金の調整。ライブのグッズはもちろん、フリー行動時にもいろいろとお買い物をするだろうし、食事やお土産代など、かなりの出費が予想される。それらを踏まえ、来日時までにこれだけ蓄えておくべきだろう金額を概算する。

 して、アクヅメには、最後の難関が待ち受けていた。暗黒企業Bの商魂たくましい商品展開に屈することなく、通称「OMA-KUNI」なる残虐非道な仕打ちに日頃耐えてきた彼にとって、最も苦しく、死をも覚悟すべき事案が残されていた。そう、You-CUEの取得申請である。

 You-CUE。社会人の権利にして、誰もがその平等な権利を有しながら、その権利を行使した途端に社内でのヒエラルキーが下がり、上司からの評価にも影響を及ぼすという、諸刃の剣。彼が今回の旅程を完璧なものにするためには、少なくとも3営業日のYou-CUEを取得せねばならない。1日ならまだしも、3日である!!親族の不幸や子どもに関する行事、その他諸々の「うンまァ仕方ないよね」みたいな空気を醸し出してようやく了解を得られるような日程を、ただニッポンに行ってペンラを振るためだけにもぎ取らねばならない。アクヅメは震えた。おぉ神よ、ライブに行くということの、なんとハードルの高き行いよ。

 しかしだ。男アクヅメ、ここで根負けして会社の畜生になるほど、落ちぶれちゃあいない。闘いはすでに始まっている。時間は昼休憩明け、昼食で腹も満たされ、幸運なことに仕事も閑散期。誰もがピリピリとした状況でYou-CUEを申請したとて、こちらの敗北は避けられない。そうなれば、今こそ絶好の申請日和だ。

 会議室を抜け出し、JOU-SHIの待つ部屋のドアをノックする。彼の頬に一筋の汗が道を作る。いや、焦るな。冷静であれ。部屋の奥で待つ主の「どうぞ」という声と共に、静かに、部屋へと侵入する。

「やぁアクヅメくん。調子はどうだい?」

 金髪でオールバックという、イケイケで陽の雰囲気を醸し出すチャラ男はしかし、この会社にてKA-CHOUの座に登りつめた才能の持ち主だ。その覇道にはいくつもの部下の死体が転がっているというが、その話はまた別の機会に。

 「えぇ、おかげさまでキャンペーンもお客様に好評。おおよその数字ではありますが、昨年対比で280%の売り上げを期待できるものかと」

まずは先制のジャブとして、喜ばしい話題を。アクヅメの会社は【自主規制】を【閲覧不可】して販売する暗黒【データの一部が破損しています】なのだが、その詳細はここではKATSU-AIする。ここで上司のご機嫌を取り、かつ自分の優秀さをアピールして、後の要求をスムーズに通すためだ。

 先制攻撃が思いのほか有効だったのか、KA-CHOUの顔は笑顔が綻び、そうかそうかと、なんか高いお菓子をくれた。お得意先から貰った超高級クッキーだ。旨い。でも珈琲が欲しくなる。緊張からの緩和、いくつかの業務報告と雑談を挟み、アクヅメは一気に勝負をかけることにした。空気が弛緩した瞬間を狙い、隙あり!と言わんばかりに、攻撃を放つ。「KA-CHOU、ついては、3日ほどYou-CUEを取得させていただきたいのですが」

 刹那。あれだけ穏やかだったKA-CHOU室に覇気が満ち、アクヅメは窒息感を覚えた。ここは、陸地だぞ!?脳がパニックを起こし現状の理解にリソースを割こうとしたその時、KA-CHOUの鈍い声が響く。「すまない、よく聞こえなかったので、もう一度言ってくれないか」

 殺られる―。アクヅメの生き物としての本能が、目の前の存在を畏怖し、生命維持の危険を心臓の動悸というアラームで警告する。おそらく、「失礼、今のは小粋なジョークで」と笑いに昇華すれば、ひとまず今日は家には帰れるだろう。だがそれは、アクヅメの肉体的・精神的な敗北を意味する。好きなコンテンツの催事に行くことも許されず、薄給のままこの会社に「飼われる」ことを、この瞬間に決定づけられるのだろう。それだけは、譲れなかった。俺は首輪をかけられる弱者ではないし、ニッポンへ行く。その想いだけが、アクヅメの足を支えていた。

 「ですからKA-CHOU、私はYou-CUEを取得したいと、そう言ったのです」

 身体中の筋肉を絞り、声が震えるのをどうにか抑え、己の意思を曲げないことを宣言する。すると、先ほどまでの覇気がよりいっそう強いものとなり、会社のビルが揺れ、あらゆる野生動物は身の危険を察しこの建物から出来るだけ距離を取り、株価がなんだか凄い折れ線グラフみたいになって、世界恐慌の前触れが始まった。アクヅメは、もう戻れないところに自分が立っていることに気づき、しかしその動揺を悟られまいと、戦闘態勢を取る。

 すると、KA-CHOUもまた、見たことのない構えを取った。なるほど、もう我々には、言葉は不要、ということか。瞬時に、光よりも早い速度で、二人の拳が繰り出され、衝突する。核爆発を思わせる爆風が巻き起こり、対衝突したエネルギーが何やかんやあって相殺され、KA-CHOU室のワイングラスが床に落ちて割れた程度の被害に収まった。

 「You-CUEを使いたいだと?そんな風に育てたつもりはないけどなァ?アクヅメくぅンンンンン!?!?!?」

 「うるさい!アンタが上司になってから、まだ三か月未満やろがい!!!!!!」

 連打の拳がぶつかり合い、空気を振動させる。今のところ二人の闘いは互角、お互い傷一つつかぬまま、闘いは膠着状態を見せていた。これは先に心が折れた方が不利となる持久戦か?と思われた刹那、先に仕掛けたのはアクヅメだった。

 「秘儀!労働基準法の型!」

 そう、アクヅメには【法】という名の力強い味方がいる。You-CUEの取得は、会社員に認められた権利であり、アクヅメは法で守られる立場にある。勝算としては悪くない。悪くないのだが、それは致命傷たり得ない。

 「法を遵守して、会社が守れるかよォォォッッッ!!!!!!!」

 KA-CHOUはあえてその攻撃を腹で受け、しかし身体全体を捻ってアクヅメの型を捻じ曲げる。そう、捻じ曲げたのだ。会社愛と利潤の追求という社会人の第一使命の下、法という絶対に守るべきそれを捻じ曲げる。これが出来てこそ、彼はKA-CHOUの椅子に座ることを許される存在となったのだ。

 ここまで13時間にも及ぶ二人の激闘で、ファーストブラッドしたのはアクヅメであった。KA-CHOUの拳を直に受けたアクヅメの顔は、辛うじて本人確認ができるレベルまでボコボコになり、立っているのがやっとの状態である。

 彼を奮い立たせているのは、ひとえに「愛」である。愛。コンテンツへの愛。巨額を投じ、長く続けと、子どもたちの夢を守り続けろと願った作品への、愛。それを「推し」などという広告代理店が安易にレッテル貼りしたワードで表現できようか。アクヅメの命をつないでいるのは、愛だけだった。

 その愛が、ついに枷を離れ、炸裂する。

 「おれは……おれは、何があっても、【任意のコンテンツを入れてください】のライブに行くんだっっっっ!!!!!!!!!

 拳よりも言葉が、届くことがあるなんて。あれだけ激しい連撃を繰り出していたKA-CHOUの動きが、静止した。それを察知し、拳が彼の顎を砕く直前、わずか数ミリを残してアクヅメの攻撃も止まる。一体、何が起きたというのだ。生まれて最も長いと感じた静寂の後、絞り出すような声がアクヅメに届いた。「お前も、行くというのか……」

 KA-CHOUは、拳ではなく、スマートフォンを差し出していた。そのディスプレイには、つい数時間前にアクヅメが見たのと同じ文言が並んでいた。「厳正な抽選の結果、チケットをご用意いたしました」

 なんということか!この厳しい競争社会において、同じコンテンツを愛する同士が、同じオフィスで働いていたなんて!!これは有史以来、いや、男と女が結ばれ、その愛の結晶がヒトとなるのに等しい奇跡と言って差し支えないはずだ。ブラボー!!いつぞやか戻ってきた社員たちがファイター二人を囲み、エヴァンゲリオンの最終回よろしく「おめでとう」を投げかけた。

 「では、KA-CHOU、今回の件は」

 「あぁ、アクヅメくん。悔いのない旅をしようじゃないか、お互いにな」





 ……数か月後。満員の観客が賑わうさいたまスーパーアリーナにて、みなみの国からやってきた二人の男が、ステージに花咲くアイドルに熱狂的な応援を捧げていた姿を、誰かが見たという。





エンディングNo.1,364,432
『つかめ、You-CUE!!!!』 HAPPY ENDING
「女児アニメ愛に階級とか関係ないんやなって」

 おめでとうございます。身体に気をつけてね。

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