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漫画『かげきしょうじょ!!』でおれの夏はもうめちゃくちゃ。

夏。
人気のないバス停に、男が一人。
背を曲げ、項垂れ、手元のスマートフォンをじっと見つめる。
煌びやかで、眩しくて、儚い光を放つ、舞台少女たち。
彼女たちが台詞を発し、躍動し、スポットライトが汗を照らす。
そして、主演の彼女が大一番の台詞を放つため、舞台の中心【ポジション・ゼロ】へと足を踏み出した。
一歩、二歩、三歩……。観客の意識を集中させるための絶妙な間と、己の悲運を嘆くかのような憂いを帯びた瞳が、二階席のさらに奥を見据える。
彼女は今、どんな景色を見ているのか。観客なのか、それとも、愛する者を理不尽に奪われた王が救いを求める悪魔の目なのか。
何度も、何度も繰り返された舞台。展開もオチも知っている。
なのに今、若き演者たちによって新しい血を注ぎ込まれたこの演目は、まったく違う表情で、雰囲気で、格調で、こちらの目と耳を刺激する。
クライマックス。男役が女役の生気を失った身体を抱く、ピエタの構え。
「美しい」「そなたは、命失くしてもなお、美しい」
誰もいないはずなのに付けているイヤホンを通じて、生きた台詞が、キャラクターの感情が、直接胸を刺すような痛みに変換される。
さぁ、いよいよ、最後のセリフ……というその瞬間に、バスが到着した。
こんな辺境の地において、交通機関は貴重だ。これを逃せばバイトは遅刻確定、ただでさえ少ない給与を減らすのは、死活問題だった。
おそらく、今舞台は幕を下ろし、絶賛の拍手に包まれている頃だろう。その音は、バスのエンジン音と運転手のアナウンスにかき消された。
家に帰ったら、もう一度クライマックスを観るだろうか。いや、きっと観ないだろうなと、スマートフォンをバッグに押し込んだ。
バッテリーの寿命が心もとないそれを酷使したら、帰りの待ち時間を支えてくれるものは何もない。今はただ、この虚無の時間を耐えるしかないのだ。
これからバスに揺られて、市街地まで20分。そうすれば、晴れやかな舞台の世界とは程遠い、肉体労働のお時間が待っている。
これでいいのだろうか。何度繰り返した問いは、
セミの声にかき消され鬱陶しいほどに快晴な空に混ざって溶けてゆく。
私の人生は、輝いているだろうか。
労働で流す汗は、彼女たちのものと同じだけの価値があるだろうか。
見慣れた車窓の景色になんの感慨を抱くこともないまま、
一日が過ぎていく。
彼女たちはもう、舞台の上。では、私は?

 こんにちは。クソ暑い夏、いかがお過ごしだろうか。ツナ缶さんだよ。

 賞与と過労死ラインすれすれの残業で得た割増賃金を電子書籍へと変換する、最高のセールが始まって、散財した。ずっと欲しかった本、紙で持ってる本を持ち歩くために電子で買い直した本。それらをカートにぶち込んで得られたポイントは、もう1シリーズ買いそろえるには十分だった。その使い道を決めるために有志に集ったアンケートの結果、選ばれたのは「かげきしょうじょ!!」でした。いい加減にしろよ。

 かげきしょうじょ!!、フォロワーに薦められ、最初の物語であるシーズンゼロと3巻までの物理の単行本を買っておきながら、2巻以降はシュリンクのまま我が家の本屋に鎮座しており、ちょうど一年寝かせた形になっていた。なぜだろう。1巻でハマらなかったわけではなく、むしろずっと気になり続けていて、早く読み進めたいとずっと思っていた。それを一年放置した道理は、未だにわからない。うっかりアイカツ!とレヴュースタァライトに正面衝突してしまったのが原因だろうけど……この二作がハマる人ならこれも食える、そんな目論見がフォロワーにあったんでしょうね。キレそう。

 というわけで今回は、斉木久美子先生の漫画『かげきしょうじょ!!』の話をします。まだ読んでない奴は即刻買った方がいいし、おれの文章を読んでわかった気にならない方がいいから今すぐ読め。おまえのタイムラインになんの前触れもなく「野島聖」という三文字をツイートする奴はいるか?いるのならソイツはもうスポットライトの光に目を焼かれており、おまえも必ずそうなる。いいか?忠告はしたぞ。

漫画『かげきしょうじょ!!』で
おれの夏はもうめちゃくちゃ。

 『かげきしょうじょ!!』のあらすじを述べるのは簡単だ。宝塚歌劇団をモチーフとしたであろう、伝統ある紅華歌劇団(こうかかげきだん)に入団するために「紅華歌劇音楽学校」への狭き門をくぐった若き少女たちが、葛藤や苦悩を乗り越えながら明日のスターを目指し切磋琢磨する……。古き良きスポコンものと徹底的なリサーチによって裏付けられた「舞台を創る側」のメソッドが展開されるお仕事ものの風格を兼ね備えた本作は、未知の世界を知るという意味で興味深く、ジッサイ面白い。

 ただ、『かげきしょうじょ!!』の神髄は、脚本上の台詞のもっと奥深くにある、若き少女たちのの感情の揺らぎと、自他との闘いから生じる圧倒的なエネルギー、そして時に襲い掛かる数多の理不尽によって狭められた将来の選択肢を、それこそ血反吐を吐きながらももがき、掴み取っていく、その荒々しさにある。なにも昼ドラめいた妬みやイジメがあるわけではない。彼女たちを徹底的に痛めつけるのは、彼女たちが女性であることだったり、人間であるという事実そのものなのである

 お客様は、現実離れした世界観や、そこで舞い歌うスタァを見たくて、劇場に訪れる。舞台少女たちは、そんな観客に「夢」をお届けしなくてはならない。そんな夢を実現させるためには、様々なルールがある。立ち位置を守って綺麗な整列をすること、最後尾まで届く美しい声を持ち合わせること、誰かの真似事ではないスタァならではの個性を持つこと、男役と女役には適正な身長差があること……。そう、彼女たちにとっては老いも成長も、時には呪いになる。生まれ持った条件によって、なりたい自分への道が閉ざされてしまうかもしれない。残酷な仕打ちだが、ここは“そういう”世界なのだと、彼女たちは受け入れ、選択していく。舞台に立つか、降りるかを。

 かくも厳しい芸能の世界の中で、しかし我らが100期生は伸び伸びと成長し、瑞々しい毎日を送っていく。先輩との衝突や演技プランに悩んだり、果てはもっとプライベートな問題に直面したりして、それでも一歩ずつ歩んでいく。同級生たちが進路に悩むまさにその時、プロとして、仕事人として舞台の道を選んだ彼女たちは、立ち止まってなどいられない。舞台少女は日々進化中。そのことをただひたすらに描いた本作は、私たちの心に決して抜けない楔を打つ。それはもう、深く深く。

 ここからは、各キャラごとに書いていこうと思う。もちろんネタバレしかないから未読者はここでお別れだし、ここからがメインコンテンツになると思う。これが見たかったんだろう!?なぁ!?!?!?











渡辺さらさ

 178cmの長身で、夢はオスカル様で、趣味:二次元でツインテールで誰に対しても敬語というおもしれー女の過積載なんだけど、よくよく読み返すとさらさに人生救われた奴多すぎて、『ピンポン』のペコみたいな主人公に近い存在感を放つ。ベスト・オブ・主人公・オブザイヤー。

 彼女もいわゆる天才肌系というか、よくある「一度観たものを完璧にトレースする」的な強さを持っているけれど、先生の批評を受けて普通にヘコむし、その素質に甘んじず自分なりに努力を重ねているからこそ、愛おしい。段階的に観客が求めるものを察知できるようになったり、オーディションを通じて自分だけ「暴走」しないよう心掛けたりと、一人の舞台少女として完成していく様は一種のアイドルストーリーだ。

 とはいえこれまでの過程がわりと複雑で、歌舞伎の代役をきっかけに舞台に魅せられたにもかかわらず、女であるがゆえに歌舞伎のトップにはなれないという伝統によって未来を閉ざされた、切ない過去を持っている。その上彼女自身は実の父親や腹違いの姉の存在を知られておらず、感情のボムが多すぎて今後どうなるのかわからない。暁也くんへの告白がイケメンすぎて惚れた。

奈良田愛

 国民的アイドルグループ・JPX48のメンバーだったが、炎上事件をきっかけに脱退し、男がいない生活を望んで紅華にやってきた美人さん。ならっち。一年かけて掃除を覚えた

 過去のトラウマゆえに孤立しがちで、他者を寄せ付けない冷たさを持ちながらも、さらさとの交流を通じて他者との関わり方に悩み、ちゃんと二人が「親友」になるまでのプロセスが微笑ましい。元アイドルゆえに舞台慣れしているという他の子にはないアドバンテージを活かし活躍することもあれば、さらさに感化されたのか先生にしっかり物言いができるようになっており、その成長速度は著しい。その上さらに、2022年7月現在の最新刊である12巻までが奈良田愛の第一部だった、ことが明らかになる作劇の切れ味には、正直参った。完敗です。101期生の後輩とか一旦脇に置いても「これをやるんだ!!!!」という斉木先生の覚悟が伝わってくる。

 と、ここまで肯定的に描かれてきた彼女の歩みなのだけれど、そもそもの男性恐怖症のきっかけが母親の愛人からの性的虐待(ディープキス)であり、その後は女性の若さや未完成な部分を性的に消費する一面もあるアイドル業界に踏み込んでしまったことなどを見るに、紅華が女性だけの社会であるとはいえ、見られ、消費される存在であることからは抜け出せない奈良っちのことを想うと、ちょっとしんどい。どうか平穏に余生を送って欲しい。さらさとルームシェア編、待ってます。

杉本紗和

 さわちゃん。委員長。“萌え”で舞台を語れるくらいにはオタク。前髪かわいい。

 ストイックで厳しい面もあるけれど、それは委員長として予科の皆を引っ張っていくという意識の現れであり、ふとした時に見られる優しさや慈しみの精神が印象的。その実力も確かで、「ロミオとジュリエット」のオーディションではさらさティボルトと同票を獲得するほど。その後もさらさの暴走に敢えて付き合ってみる覚悟で演技に臨むなど、向上心も群を抜いている。未だ大きな主役回やスピンオフが無く、今後に期待。

星野薫

 おれの夏をめちゃくちゃにしやがった女。見た目JKでプロ意識高くて頑張っても報われなくてそれでも諦めなくて、一番強いのにどこか脆くて、ありえたはずの未来にちょっと揺らいだりしたけれど、やっぱり自分の道を貫き通した格好いい女がよ~~~~~~~~~~~おれはだぁいすき!!!!

 アニメ観るの怖いよ~~~~~~!!!!!!!!!!!

沢田千夏

 怒らないで欲しいんだけど、髪形でしか見分けられない。ロングのお姉ちゃん。本来は1年前に紅華に合格していたけれど妹の千秋だけが落ちてしまったので一旦入学を取りやめて、1年後に2人で受験し直して合格したというすげぇ経歴の持ち主。双子ならではの悩みとか。千秋への全部をさらけ出すところすき。紅華の舞台では双子のバニーに憧れているそうなんだけど、妙に作画がえっちで困る。

沢田千秋

 ツインンテールの妹ちゃん。何気にさらさの演技プランに合わせてエウリュディケを演じ切っており、実力はあるはずなんだけど、直前のジュリエット役には落ちてしまった。

山田彩子

 彩ちゃん。当初はぽっちゃり体系を直すために過食と嘔吐を繰り返してしまうのだけれど、嘔吐を繰り返すと背中が痛むという知識を得た。嫌なトリビアありがとう。

 とはいえ、小野寺先生の激励もあって復活。改めてここが優しい世界などではなく競争の上に成り立っている厳しさを痛感しつつ、その世界の中でも思いやりや優しさを持って接してくれる人がいるという事実がありがたく、小野寺先生ご贔屓の歌唱力は本作において初めてパフォーマンスでねじ伏せることを成し遂げた瞬間であり、めちゃくちゃ泣けた。その後はジュリエット役を射止めるなど、現時点でも飛びぬけた実力者の一人である(この時に陰口を言ったアホへの星野の返しがよ~~~~~!!!!!!!)。

中山リサ

 バチバチに好き。珍しいラテン系美女。周りよりも入学が遅かったことに引け目を持ちつつ、自分なりの価値観や正義感で突き進んでいく、面倒見のいいお姉さん。男役に進むと聞いてガッツポーズしたし、現実にいたらご贔屓確定ってくらい好き。後述するが、スピンオフが殺人級の破壊力を持つ

野島聖

 お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!

 野島・お姫様系ビジュアルで愛され属性の癖に腹黒で周囲にもそれを悟られつつも動じずに我が道を突き進んだ・聖さん!

 野島・誰よりも優しいみたいなイメージを守ってきたのに、親友や自分の好きな者をコケにされたら負けず嫌いが発動して今の性格になっちゃったけどそれも個性にしてしまった・聖さん!!!

 野島・時にはイヤな役回りを演じて後輩を諭したり、祖父が倒れたさらさに対しても口実を作るために悪役に徹した・聖さん!!!!!!

 野島・「男役を引き立てる」ための娘役に徹していたのに卒業公演を「自分の舞台」として演じ切り、その真意が中山リサ外伝で明かされる・聖さん……………………………………………………………………。

 野島・「理不尽な出来事で夢が絶たれる」という『かげきしょうじょ!!』全体の残酷で生々しいテーマをより際立てて退場していく、おれたちに忘れられない輝きを見せておきながらお別れするしかなかった・聖さん……………………………………………………………………。

 えっアニメ版だとCV花澤さんなの……?何それすっげぇ。

里美星

 おれの夏をめちゃくちゃにした女その2。本名が矢部靖子なのすげぇ心にクる。安道先生に憧れていたが在学中に身長が伸びてしまったがゆえに娘役を諦め男役に転向し、トップ就任時に安道先生十八番の「ファントム」を演じるとかいう運命の悪戯系ドチャクソ萌え人生を歩んできた人。演技の方向性がヤンデレめらしいので、紅華にハマるお姉さまの萌えを一気に稼ぎまくるやべー奴。斉木先生、この人だけ性癖で描いてません??外伝、致命傷だったんですケド。

 全巻購入特典、私の苦手な言葉です(金が無いので)。

早く、くれ、続き

 予科生編を終えて、今は本科生編……なんですが、愛ちゃんの宣言の通りまだ始まったばかりなんですよ!!しかもまだ主役回やスピンオフの順番待ちの子、個性豊かな後輩も揃ってきて、まだまだ終わる気配ないけど供給には時間がかかる雰囲気、あります。

 これからは待つ側になってしまったし、完結まで死ねない系の作品が一つ増えた。増えたし、またどこかの巻のスピンオフで殺されるのが怖い。外伝でキャラクターを深掘りして、振り返って本編の殺傷力が高まっていく感じ、すごくスリリングだし面白いし負荷がバカデカくて最高なんですよね。まだまだおれは舞台少女の輝きでおかしくなれる。去年の秋ごろからず~~と同じこと言ってる気がするけど、大丈夫です。おれはまだ大丈夫。

 殺して見せろよ、かげきしょうじょ!!私の言葉よ。

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