その温かさを守った人は―。
今夜はピザにしよう。家を出た瞬間に、そう思った。
以前から悩みのタネであった資格試験の本番当日、緊張と不安に苛まれる一方で、こんなことを思った。今日くらいは自分を甘やかしてもいいだろうと。じゃあ何するかといえば、ピザ取っちゃうか、と。嫌なことが終わった後のご褒美を設定しておくことで、重たい気持ちが幾分か軽くなる。
豪遊となればピザ、も年相応とは言い難い貧しい発想かもしれないが、宅配ピザには抗えぬ魅力がある。届いた箱の、蓋を開けた瞬間に広がるチーズの香り。いろんな味が楽しめるタイプなら、どこから食べようかという幸せな悩み。ピザは、何歳になっても幸せの象徴だ。
そして今日は、徹底的に自分甘やかしDAYである。ピザは家族や友人と一緒に食べてこそナンボ、みたいな食べ物だが、今日はピザ1枚まるごと、自分だけで独占してしまおう。以前こんな記事を書いたけれど、自分一人でピザをいただくのは、どことなく背徳感があってクセになるのだ。
件の資格試験は、予想よりも早く終わった。自己採点をして心の備えをするのが一般だろうが、それはもう明日にしよう。日曜日の昼過ぎ、開放感でどことなく身体が軽い。結果によっては苦難の日々は続くかもしれないが、今日くらいは羽根を伸ばしても、神様も怒らないだろう。
家に帰る最中、電車の中で、ピザの予約をする。メニューを眺めているだけで、お腹が空いてきた。今日はどんなピザにしよう。サイドメニューは、思い切ってチキンを付けちゃおうか。自分の中にまだこんな無邪気な心が残っていたことに、不思議と安心する。
悩んだ結果、今回は大好きの一点突破。基本中の基本こと「マルゲリータ」に、チーズ増量トッピング。フライドチキンも併せて注文し、帰りにクノールのクラムチャウダーとお酒を購入。荷物は重たいが、それもあまり苦ではなかった。
今夜はピザ。それだけで、足取りも軽い。住まいがあるビルは終日エレベーターが工事中で使えなかったが、階段を登るのも後の接種カロリーに対するいい準備体操になるだろう。帰宅後、荷物を下ろして、一息つく。
その後は、Netflixでドラマを観て、眠たくなるに従ってお昼寝をした。昼寝とは、休日にしかできない、最も休日らしい行為である。外は快晴で、猛暑が和らぎつつある季節の風が心地よい。一時間ほど昼寝を堪能した後、フォロワーのスペース(Twitterの機能)を聴きながら部屋を軽く掃除して、書きかけのnoteに着手。いたって穏やかで、心が軽い休日だった。
さて、夜がやってきた。ピザのお届けは19時に設定していて、今か今かとその瞬間を待ちわびている。空腹はピークに達し、テンションを盛り上げるために映画『プロメア』のサウンドトラックを部屋で流していた。ピザが出てくる映画といえば『プロメア』であり、応炎上映の帰りも友人とよくイタリアンレストランで散財したものだ。
19時を過ぎて5分、10分……。待てど暮せど、インターホンの音は聴こえてこない。さすがは日曜日、宅配ドライバーは大忙しということなのだろう。知人を待たせているとなれば焦りもするが、今宵のパーティは主催者も参加者も俺一人で、誰に迷惑をかけるまでもない。自分で作ったレモンサワーを飲みながら、大好きな楽曲「NEXUS」に合わせて踊る始末。
20分が経った。この頃合いになると、注文が通っていないのでは、という不安が襲いかかってくる。たまらずメールBOXを確認すると、予約確認のメールは確かに来てはいるが、厨房や配達の際に何かトラブルがあったのかもしれない。念の為問い合わせ先の番号はあるが、忙しい時間にかけるのは忍びない。
どうしたものかと思っていると、配送トラッカーがあった。ステータスは「配達中」となっていて、少なくともモノは少しずつ自宅へ近づきつつあった。ホッと胸を撫で下ろした刹那、何か嫌な予感がした。大切な何かを忘れているような、胃に鈍い痛みが襲いかかってくる感覚。ザワザワとせり上がってくる不快感が、身体を侵食していく。一体、この生理はどこから来ている?考えをまとめようとした瞬間、絶句した。
最悪の伏線回収である。ピザを注文した頃は帰りの車中で、エレベーターが止まっていることなんて気にも留めていなかった。自分の部屋があるのは6階。最上階ではないが、まぁまぁの階数まで、「登って持って来い」と、名前も知らぬドライバーに要求したに等しい自分の傲慢さに、恥ずかしさと申し訳無さがセットで殴りかかってくる。頭の中では、ドライバーさんが使用不可のエレベーターを見て項垂れる様子が再生されている。なんということをしてしまったのだ。
謝ろう。配達は「置き配」を選択していたが、ここはちゃんと顔を突き合わせて、言葉で謝ろうと決めた。ドアの内側に引きこもるのも手だが、せめて最後くらいの良心は持ち合わせていたかった。ドアを前に、仁王立ち、ガイナ立ちだ。これくらいしか、示せる誠意がない。
ところが、部屋からけたたましく、スマートフォンが鳴動していた。もしかしてピザ屋さんか!?と慌てて出たが、職場の上司だった。「休みの日に電話して申し訳ない」という前置きから続く要件は、今となっては笑い話だが、当時はかなりショッキングなそれだった。明日の出社後、どうしたものか。考えがまとまらず気弱な相槌を打つ最中、インターホンの音が聴こえた。謝る機会すら、失った。
ドアを開けると、すでにドライバーさんはそこにはおらず、ピザが置かれていた。箱を手に取ると、まだ温かかった。すでに19時半を過ぎ、頭の中は先程の電話の内容がぐるぐる巡っている。だが、とりあえず食おう、と思った。せっかく温かい内に届けてくれたのに、それを冷ましたら、階段を登って届けてくれた労に報いることすら出来ない。
箱を開けると、幸せの匂いがした。そういえば空腹も限界で、どうしようもない状態だった。たまらず1ピース、かぶりつく。トマトの酸味とチーズの甘さが、生地の上で踊っている。あぁ、ピザって楽しい。贅沢で、楽しい。そんな一時を守ってくれた名も知らぬドライバーは、乳酸の溜まった足でバイクにエンジンをかけたのだろう。申し訳ないけど、食べる手を止められない。
その日食べたピザは、今までもそうだったように、格別に美味かった。お腹が満たされて、先程の不快感が嘘のように消えていった。上司からの電話という中座するわけにはいかないインシデントを言い訳に、顔を合わせずに済んだことを、心の奥底で安心しているのだ。先程の罪悪感が見せかけであったように、今はただ満腹に揺蕩っている。
せめて自分に出来ることはないかと思い、注文先のお問い合わせフォームを探す。すると、ちょうどのタイミングで今回のデリバリーに関するアンケートのメールが届いていた。自由記入のフォームがあり、思いの丈を書き綴る。
エレベーターが使えないことを忘れてピザを注文してしまったこと、そんな状況でも階段を登ってまで配達してくれたこと、そのことに感謝を伝えられなかったので、このアンケートを通じてその方に届いてほしいということ。それらを付け加えて、味やサービスの五段階評価は、全部最高点にして送った。申し訳無さからその点数にしたわけではなく、本当の本当にありがたいと思ったから、そうさせてもらった。
翌日、会社へ行く足取りは、重い。心の何処かで先延ばしにしていた資格試験の件と、上司からの電話の件が、現実としてやってくる。昨日のワクワクが嘘のように、今日はヘビーな幕開けとなった。
その道中、見慣れないアドレスからのメールに気づく。なんと、昨日のアンケートに対する、ご丁寧な返信だった。アンケートの回答のお礼と共に、返信をくださったカスタマーサポートの方からは「今回いただいたメールの内容は、私が責任を持って店舗に伝えさせて頂きます」との一言が添えられていた。
その一文に、不意に泣きそうになってしまった。「責任」という言葉から何かと逃避しがちな近頃の自分にとって、たとえ定型文だったとしてもこの一文は、眩しくて格好良かった。同時に、自分が同じ立場だったら、この文章を捻り出せるだろうか、と思った。面と向かって謝ると自分で決めたことさえ果たせなかった、そんな自分に。
昨日と違って、朝の風は凍えるように寒い。暴力的な寒さに思わず心も萎縮していたところだったが、不思議と少しだけ前向きな気持ちになれた。とりあえず、会社に行こう。目の前のトラブルに、なんとか食らいついてみよう。そんな気分になれるなんて、このメールに気づく前は想像もできなかった。
結果として、ピザより温かいものをいただいてしまった。貰ってばかりも申し訳ないので、エレベーターが問題なく使える今、心置きなく利用させていただこうと思っている。今度は「ありがとうございました」が言えたなら、あの日の無念も成仏すると、そう思うのだ。
あとがき
こちらのnoteは、日頃お世話になっております木本 仮名太 様主催のアドベントカレンダー企画「ブログクリーンアップ Advent Calendar 2024」への参加記事になります。
こちらの“懺悔”も含めて、計3回も枠を与えていただいたことに、改めてお礼申し上げます。この失敗談を世に出すきっかけとして、「アドベントカレンダーを埋める手助けになるから」という建前を自分で設定できたのは、これ以上ないプラスでした。ただ埋めるだけでは申し訳ないので、できる限りエンタメにできればと試行錯誤しましたが、いかがだったでしょうか。
前日12/17(火)には、ブンドドエクストリームさんより、ご自身がガレキディーラーになられたきっかけを書いたこちらの記事がアドベントでした。
不器用が服を着たような自分ですと、自らの手で何かを「作る」という選択肢を取ることはなくて、その点でもガレキの世界に飛び込んだ勇気は、とても羨ましい。以前からフィギュアレビューをされていたとのことですが、“自分で作る側に回った視点”に立つことが出来るという意味では、より審美眼の精度は高まったのかもしれません。
以前、とある造形作家さんと知り合いになった際、ガンプラを作る楽しさを教わった思い出が蘇ってきました。そのこともいずれ書いてみようかな。具体的には、来年のアドベントカレンダーにでも。
年明けまで残り一時間を切ったタイミングで、主催者様より感想文を頂戴しました。こうして長文で3回も感想をいただけるとは、参加賞にしてはあまりに豪華で、これが本アドベントカレンダーの特色と言っていいでしょう。ありがたや。
年の瀬に、来年の開催を暗示するさり気ない一文。まるで、MCUのエンドロール中のおまけ映像のようなドキドキがある。それまでに一体どれほどの「懺悔」エピソードを溜め込めるかが自分の手腕にかかっているだろうが、あまり他者に迷惑をかけた話をエンタメにするのも不誠実ゆえ、明るい話ができればと思う元旦の0時過ぎである。
翌12月19日を受け持たれたのは価格未定様の「どくさいスイッチ企画さんに影響受けまくりの一年」なのだけれど、ようやくこの話が出来る。というのも、このnoteをきっかけに、私自身がどくさいスイッチ企画さんにハマってしまっているからだ。
お恥ずかしながら、noteを読むまで存じ上げなかったどくさいさんの存在。とりあえず、掲載されている「ツチノコ発見者の一生」を観る。面白い。スピード感と発想力、予想の範囲内と外から交互に殴られる感じがたまらない。
次に、youtubeチャンネルにアップされている動画を片っ端からチェックしていく。落語もやられているのか!?という驚きもさることながら、やはりコントがお気に入り。会社員経験があるお笑い芸人という経歴と、その佇まいや体型を活かした、「おじさん」としての振る舞いがよくハマる。どこにでもいる普通のおじさんがまとった異様な狂気が迸る「キャバクラ」、展開の読めなさではピカイチだった「ホテルシーガル」が最高で、この二つは年末の休日出勤時に職場で大音量で流していた。
以来、わたしもどくさいスイッチ企画さんのファンになってしまった。本も出版されているとのことで、これもチェック予定。そうそう、私のアカウントをフォローしていただいている方には、こちらの落語がオススメだ。「新星人」というタイトルを頭の片隅にインプットして、再生してみていただきたい。
以上、余談でした。