小さな図書館と世界〜「世界の児童文学をめぐる旅」を読んで〜
物心ついた時から、わたしの家は本でいっぱいだった。
決して広いとはいえないアパートに、学術書から絵本・図鑑まで多種多様な本がところ狭しとしきつめられ、そこはまるで小さな図書館のようであった。
英語で書かれたきのこ図鑑を手に取っては妹と「これは食べられません。」「これは美味しいです。」と、それが何のきのこか全く分からないまま勝手に分類し、見るからに毒々しい色をしたきのこに2人して怯えていた。
そんな大量の本の中で、わたしを魅了したのは「児童文学」だった。
わたしたちの寝室には児童文学名作選がずらりと並んでおり(今調べたら全部で2万弱かかるらしい親に感謝)、その日の気分で本を選んでは、夢中でページをめくった。
忘れもしない、本を読みながら初めて涙が溢れてきたのは名作選の「フランダースの犬」を読んでいたとき。
あまりに悲しいラストに、小学生ながら胸が締め付けられたのを、今でも覚えている。
わたしは冒険ものよりも「若草物語」や「小公女」「秘密の花園」といった、ちょっと大人びた女の子が主人公のお話が好きで、見たこともない海外の花園やお屋敷の描写に妄想を膨らませた。
そんな幼少期の思い出に触れさせてくれたのが、旅行先の鎌倉で運命的な出会いを果たした「世界の児童文学をめぐる旅」(池上正孝著)。
この本は、みんな大好き「クマのプーさん」や「ピーターラビットのおはなし」の舞台になったイギリスを中心に、わたしの専門分野であるスウェーデンやデンマーク、そして名作「星の王子さま」「ハイジ」を生んだフランス・スイスを著者が旅し、カラー写真と詳細な描写でその土地の魅力を伝えてくれる。
ページをめくると、幼いころ夢みた「秘密の花園」や「ピーターラビットの農場」がそこにあった。
この本に並ぶ写真たちは、名作選のモノクロの挿絵よりも、もっともっと色あざやかで、あたたかな温度が紙ごしに伝わってくる。
著者池田さんの児童文学の愛に溢れた文章もこの本の魅力の1つ。
「くまのプーさん」の大ヒットによる名声に苦しんだミルン親子。
身の回りの人をモデルにして「不思議の国のアリス」を書き上げたルイス・キャロル。
小さいころには知らなかった裏話が、この本にはいっぱい詰まっていた。
中でも印象的であったのが、イギリス人作家の多くが実際の風景をもとに小説を書いていたということ。
行ったことも見たこともない場所がどこか懐かしいのは、きっと幼少期の読んだ言葉が、今でも残っているからなのだろう。
わたしが大学への進学を決めたのは、スウェーデン語を学ぶため。
スウェーデン語を学ぼうと思ったのは、スウェーデンに留学に行ったから。
そして、そのわたしをスウェーデンに向かわせたのは、やはり「本」だった。
小学生のころ夢中で読み漁ったアストリッド・リンドグレーンの「長くつ下のピッピ」。彼女の作品に登場する子どもたちは実に魅力的で、破天荒で、そして優しい。
高校留学のチャンスを得たとき、わたしは25の選択肢の中から迷わずスウェーデンを選んだ。ピッピや仲間たちが暮らしたその国を、この目で見てみたかったからだ。
思えば不思議な話だ。
外国の言葉をまったく知らなかったわたしが、本を通じて世界に興味を持ち、外国語に触れる。そして外国語を通じてできた友人たちとまた、本の魅力を共有する。
児童文学やきのこ図鑑がくれた「わくわく」は、時を超えて、思ってもいない出会いと、道を切り開いてくれた。
幼いころ夢中になった「小さな図書館」がわたしの世界を広げてくれたのだ。
これからどんな本に出会っていけるだろうか。
これからどんな人生を歩んでいけるだろうか。
その鍵はきっと久々に思い出した「わくわく」が握っているに違いない。