消えた町名「太尾」
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「太尾」ってなんと読む?
つい最近まで、大倉山の尾根の西側地域を太尾と呼んでいました。
珍しい地名…私は初見で「タオ」って読んだのですけど、皆さんは何と読みますか?
正解はフトオ。
しかし、平成20年に太尾町は廃止され、大倉山になりました。現在は道路や学校名などに残っているだけです。(冒頭の写真は太尾神社)
太尾は1352年に「鶴岡脇堂供僧次第」にその存在が記載され、少なくとも650年もの歴史がある地名です。
「町村合併でもないのに、なぜ町名が変更に?」と思いますが、太尾町の住所表記を整備する際に「大倉山に町名変更しよう!」という流れになったようです。特に商業関係者から「駅名と同じに」という強い要望があり、結局7割近い住民の賛同を得て変更となりました。
(東急沿線のハイソなイメージに、歴史ある地名が負けてしまったのか…。でも、自分が住民だったら「大倉山だよねー」と思うかもしれない)
いやいや、古地名を愛する者として、このようなトレンドをすんなり受け入れてはいけない。消えた町名にレクイエム的記事を書いてみよう。
一体、太尾とはどんな地名だったのか…。
太尾の語源
「鶴見川に向かって突き出す太い尾のような地形」が由来とされています。
実際に見てみよう。
う〜ん、分からない。地図で確認しよう。
地図上の+の辺りが太尾。確かに、長い太い尾に見える。
他にも「フト(立派な)オ(尾根)」説もあります。(太尾町関係資料)
いずれも、漢字の意味を重視した語源説。
ただ、気になることに…
珍しい地名なのに太尾町はここだけではないのです。
全国の太尾を探る
「太尾、〇〇県」を47回検索してみました。その結果がこちら↓
これだけ同じ地名があると言うことは、共通する何かを表しているのかな?
呼び方は圧倒的にフトオが多いけど、徳島県だけタオと呼んでいる。
人名ではどのような分布か?
タオとフトオも含め、徳島県と大阪府、神奈川県に存在。分布から推測すると徳島県の発生のようです。
タオ姓まで広げて調べると、田尾(香川・広島)や多尾(広島・徳島)、垰(広島・山口・島根)があり、いずれも中四国地方に多く存在している。
そもそも、太尾は何を意味する?
次に、太尾の意味を調べてみよう。
先程の姓氏語源辞典によると、太尾は峠を意味するらしい。
さらに、峠(トウゲ)の語源は古い言葉「タオ(taor)」らしい。
タオ地形
すると、タオという地形は、こういうことかな?
「二つの山の尾根筋で低くなっている山越えに適した場所」
よく鞍部と表現されているような場所が、タオではないでしょうか。
すると「タオ⇒太尾⇒フトオ」と変化したのかな?
タオ→フトオ読み替え?
「同じ漢字でも違う読み方をする地名」は多く存在します。特に音訓読み替えは、語源が同一と考えられます。
そこで、タオ→フトオに変化したストーリーを考えてみました。
しかし、この流れで変わったのだとしたら、呼称に地域的バラつき(同心円状の遷移など)があってもいいはずだけど、タオは徳島県だけ。不思議だな。
各地の太尾の地形
よし、こうなったら、各地の太尾の地形を見て比較しよう!
フトオ地域
千葉県鴨川市太尾町
まずは、町名となっている千葉県鴨川市太尾町。
左下に加茂川に向かって山の稜線が張り出している地形が見えます。横浜の太尾と似ている。(でも、鴨川市の太尾町の語源は不明)
兵庫県姫路市豊富(とよとみ)町 太尾城跡
こちらも、市川に面した山から小さな尾根筋が出ているのが分かります。
こうして見ると、横浜市、鴨川市、姫路市の太尾地域は、突き出した尾根地形のようだ。タオ地形ではなかったなぁ。
山のフトオ
200mから800mの山々があり、単独峰と言うよりは、尾根筋が繋がった山のような感じでした。
タオ地域
徳島県の太尾は山間地。
宮太尾はふたつの山に挟まれた沢筋のようで、まさに生粋のタオ地形。
生実椎ノ太尾、柿ノ太尾は、尾根筋を含む斜面のようでした。
まとめ
結果をまとめると、次の通り。
①平地の太尾(フトオ)は、「川に面し、尾根が張り出した」地形。
②山の太尾(フトオ)は、山の尾根筋。
③山間部の太尾(タオ)は、タオ地形と急斜面を有する地形。
仮説「山を越すルートの変化が、タオ→フトオの変化?」
「本当にタオとフトオは同じ起源なのか?」と考えていたところ、柳田國男氏の「峠に関する…」の一節を読んでひらめいた。
もしかすると、タオとフトオの概念が時代と共に変わって、それに伴って呼び方も変わっていったのではないか?
タオの変化
大昔の人は山あいの低い箇所で山越えしていて、そこをタオと呼んでいた。(危険なルートなので、専門的な交易人などが担っていた)
その後、多くの人が山越えをするようになり、安全な尾根筋ルートが開発される。
山の鞍部にタオに太尾の字が当てられたが、場所がだんだんと曖昧になる。
さらに太尾の概念が、山越えしやすい尾根筋に変化?
太尾がフトオと読み替えられ、フトオが主流になっていった。
このように考えれば、現存する太尾(フトオ)地名と整合性がとれるかな。(半ば強引…)
太尾が気になって仕方がない理由とは
「ところで、なんでそんなに太尾にこだわるの?」と言われそうですが…
ここまでこだわる理由は、前シリーズで訪れた杉山神社にあります。
太尾について調べていたら、千葉県鴨川市に同地名があると気付きました。
南房総は、弥生時代後期から古墳時代にかけて、阿波忌部氏が関東進出の拠点とした場所。その後、阿波忌部氏は鶴見川流域にも入植して、杉山神社を建てたと言われています。
安房鴨川と鶴見川流域に同じ(しかも珍しい)地名があるということは、何らかの因果関係があるはず…。
さらに太尾(タオ)が中四国発祥の古い言葉で、今も徳島県に残る地名となると、ますます阿波忌部氏との繋がりを感じざるを得ません(妄想です!)
地域に残る地形由来とおぼしき地名
この周辺には、他にも多くの古地名が残っています。
大曽根(港北区)
太尾と尾根を挟んで反対(東)側が大曾根。ソネは崖地名。
大豆戸:まめど(港北区)
窪地あるいは崖を表すママド(真間処)、マミドが語源か?
樽町(港北区)
タル=雨が降ると、段丘がうっすらと滝のようになる様。
鶴見川の氾濫の際に水がなかなか引かない様子を表したと言う説も。
獅子ヶ谷(鶴見区)
シシ(猪、鹿なども)は、水が流れる崖を表す。
鶴見(鶴見区)
ツルは、ゆるやかな川の流れがある氾濫低地を表す。
他にも、対岸の港北区新田には、消滅した古地名の「百目鬼(ドーミキ)堀」があります。ドウミキやドウメキはトドロキと同様に川の瀬音を表し、東北や関東に多く残っている地名です。
【ご参考】
自然地名から身近な地域の土地の特徴と災害の関連について学ぼう
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結局、太尾の語源ははっきりしなかったけど、古地名を調べるのは楽しいです。
こうして見ると、遺跡がある地域には、古地名が多く残っている印象があります。大昔から集落があったからこそ、古文書に地名が記録され、人々が住み続けて歴史を紡ぎ続けたからこそ、今日まで古地名が残った訳ですよね。
650年以上も続いた太尾。
もう町名は消えてしまったけど、思いっきり(60回も)連呼したぞ!