埋甕(うめがめ)と胞衣笑い(えなわらい)
以前訪れた、恩田川上流の町田市「高ヶ坂遺跡」で見た柄鏡形敷石住居址。
柄鏡のような形と小石が敷き詰められている珍しい住居址で、縄文時代後期の一時期だけ、主に中部高地と関東に広まっていた形式です。
さらに調べてみて、興味深かったと同時に疑問に思ったことが一つあります。
それは、胎児や乳児の遺骨を納めた小さな甕(かめ)を、柄鏡形住居の出入口通路に埋める「埋甕(うめがめ)」という縄文時代の風習です。
埋甕とは
もともとは炊事用の甕だったものを、骨壺に転用したのでしょうか。子どもの死を悼み、甕に遺骸をしまって埋葬する気持ちは、現代人でもよく分かります。
しかし…それを玄関に埋める感覚が大いなるギモン!!
なぜ、玄関に埋めたのか?
縄文期の葬送やその解釈がまとめられている資料を見つけました。
どうやら女性が跨ぐ場所に胎児や乳幼児の遺骨を埋めることで、失われた命の再生(再び母親の子宮に戻ってくること)を願っていたようです。縄文後期に気候寒冷化が起こり、それに伴い死産や乳幼児の死亡率が上がって、縄文人たちは将来に不安を抱いたのかもしれません。
敷石住居は、その特殊な形状や住みにくさから、祭事施設ではないかという見解もあります。しかし、日常的に通る場所に埋甕を設置したのならば、敷石住居は生活の場だった可能性が高いとも解釈できます。このような風習からも、縄文時代の生活が類推できるのですね。
でも、それ以上に驚いたのが、「死産児の遺骨や胎盤を玄関やトイレに埋める風習が近年まで存在した」ということ。
…えっ?そんな話、今まで聞いたことが無い!
胎盤を玄関やトイレに埋める習慣
下記の引用にあるように、地域により様々な方法で胎盤(胞衣)は大切に扱われていたようです。
胞衣は「えな」「ほうい」と呼ばれ、後産で出た胎盤を容器に入れ、地面に埋めることを「胞衣納め」あるいは「胞衣笑い」といっていました。
この風習は縄文時代にまで遡り、有史以降は奈良、平安時代、近世の記録が残っています。一般民衆だけでなく、高貴な人々の間でも行われていました。
埋める場所も玄関や便所、軒下や床下、神社など、地域ごとにバラエティに富んでいます。時代と共に埋納場所や作法に変遷や逆転(日陰→日なたなど)が起こっているのは、人々が母子の健康を願って試行錯誤をした結果なのではないでしょうか。
また、埋納に立ち合った人が作業中や終了後に声を立てて「笑う」と、新生児が憎まれずに健やかに育つという伝承もあり、これが「胞衣笑い」の語源となっているそうです。
民俗学的アプローチから日本人のルーツを探る
胎盤の扱い方(出産という原始的な営みに関わる風習)を調べることで、日本人のルーツを探る手掛かりになると考えている研究者もいます。
先史時代を研究する手法として、遺物(土器や石器、住居跡)による従来型の考古学的アプローチ以外にも、DNAを分析する遺伝学的アプローチ、言語構造や発音方式から調べる言語学的アプローチ、さらには、風習や伝承説話を比較する民俗学的学アプローチなどがあります。
地域の神話や昔話を調べ、同じストーリー形式を持つ地域をマッピングする研究もされています。
例えば、「オオゲツヒメ(体中の穴から食べ物を出す女神)がスサノオに殺された後、その体の各部から植物が生じる」というタイプの説話は、東南アジアから大洋州・中南米・アフリカなどに広く分布しているそうです。
多方面の観点から古代史に光が当たるとその分野が活性化しますし、思いもよらない所からブレイクスルーが起こるかも知れません。私にとっても「胞衣」に関する知見は、とても意義ある学びになりました。
【ご参考】
かつての信仰対象、その後 ー胞衣から考える信仰の転移
伊勢半本店 紅ミュージアム通信(2018年6月号)
https://www.isehanhonten.co.jp/wp-content/uploads/2019/10/vol45.pdf
日本の胎盤(胞衣)処理の歴史
姚明希 我部山キヨ子 京都大学大学院紀要 健康科学 (2015), 10: 1-7
https://core.ac.uk/download/pdf/39323048.pdf
胞衣笑いの深層 一霊魂の交通一
飯島吉晴 『比較民俗研究』10.1994/9
https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/record/4466/files/4.pdf
平城京における胞衣埋納場所の選地
山近 久美子 人文地理 第62巻第3号(2010)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjhg/62/3/62_231/_pdf
柿生文化165 初山遺跡の縄文中期のムラ跡と埋甕土器の謎 村田文夫
http://web-asao.jp/hp2/k-kyoudo/wp-content/uploads/sites/22/2022/01/3d6cca3bb75cfd0f2d297b5cf2caa43f.pdf
現代では、どう扱われている?
現在では、当たり前ですが、胎盤は医療廃棄物として管理の下で処理されています。
東京都の胎盤の処理に関する条例
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/kankyo/eisei/houi.files/houi.pdf
後に朝ドラのヒロインになる、清原果耶さんの演技が好評だったNHKドラマ「透明なゆりかご」。ドラマの「舞台ウラ」で、専門業社さんのお話が取り上げられています。
オタク気質の長文を最後まで読んでいただきありがとうございます。 またお越しいただけたら幸いです。