見出し画像

【ショートストーリー】終わりと始まり

 崩れかけた建築物を、串刺しするかのようにそびえたつ巨大な樹木。
その傍らをひとりの男が歩いていた。
 地球上で最後の人間である。
 世界規模の戦争と、その後の混乱により人類は、彼ひとりを除いて死に絶えてしまった。
 今の地球は鹿のような動物が支配している。
 知能が高いわけではない。
 たくさんの群れで、大自然の中を駆け回っているだけだ。
 鹿たちが高い知能を持ち、言葉をしゃべり、文明を築いていたのなら、保護してもらえたのに。
 そんなことを考えながら、男は歩き続けた。

 崖の上から下を見下ろした。かっては川があったと思われる。しかし今は干からびて、蛇のような跡が蛇行しているだけだ。
 男は、ここから飛び降りたら、楽になるだろうか、と考える。
死ぬことは何度も考えた。何も食べなければ衰弱して死んでしまうのではないかと思いつき、実行したが、予想に反して、まだ生きている。もうかなり長い間、食べ物も飲み物も口にしていないが、問題はなかった。
 周囲を見回す。
 このあたりは、建築物は全く残っていない。
 日が傾きつつある。
 寝る場所を探さなければならなかった。

 男は森で寝ていた。
 できれば洞窟のような、安全な場所で休みたかったが、見つけることができなかったのだ。
 夢をみた。ひげを生やした男の夢だ
  男は「おまえは最後の人類であるが、自覚が足りない」と言った。
 「諦めずに生き続けて、しっかりと人生を生きろ」
 「けっして自らの命を絶つようなことはしないように」
 —— なるほど
 最後の男は明日から頑張って生きようと誓った。

 まず食事だった。
 廃墟で適当な棒を手に入れると、森に戻り、木の上で鹿を待ち伏せた。
 獲物がやってくると、タイミングを見て飛び降り、棒で動かなくなるまで殴打した。
 こうして、鹿を一頭手に入れると、今度は解体するための刃物や、調理するための火などが欲しくなる。
 必要なものを探しに廃墟にいく。
 目的のある毎日は、男にやる気を与えてくれた。

 男は崖に立ち、空を見上げた。
 モクモクと盛り上がっている雲を見ると、元気になる。
 ——もしかしたら、自分の他にも生き残りがいるかもしれない
 男は希望がわいてくるのを感じた。
 いつか準備ができたら、仲間を探す旅に出よう。
 まずはしっかりとした食事を続け、体力をつけるんだ。

 その日はよく晴れた日で、なにか使えるものがないかと、男は廃墟まで足を運んでいた。このあたりにはまだ、いくつか朽ちた建築物が残っている。男が生活拠点としている森からは、少し離れていたが、近隣の廃墟はすでに探索しつくした感があり、ここまで足を伸ばしたのだった。
 かってはビルだったと思われる廃墟の中を探したが、めぼしいものは見つからない。あきらめて外を出ようとしたときに、床の端の方で何かが光っているのに気がついた。
 確かめるために、そちらに足を踏み出した瞬間。
 派手に転んでしまった。

 起き上がろうとしたが、身体が動かない。頭が重い。いや、重いのではなく鈍く痛む。頭を打ってしまったようだ。ケガをしているのかもしれないが、身体が動かないため、確認ができなかった。
そのまま意識が遠のいていく。

と、ベタベタしたものが顔に当たる感触で目を覚ました。
 鹿の顔が目の前にあった。その鹿は男の顔をなめていたが、目を覚ましたことに気がつくと、
——大丈夫、ですか? この声、分かりますか
「!」
鹿がしゃべった? そんな訳が……。
——驚かないでください。私はいま、あなたの心に話しかけています。
驚くなというのはムリだ。
——あなたはケガをしています。出血していますよ。ただ……
鹿はためらっている様子だ
男は、かまわないから、はっきり言ってくれ、と先を促した。
——あなたは助かりません。
(そうか……)
残念ではあるが、仕方がない。
あっけない最後ではあったが、運命には逆らえない
——あっけない最後だとは、私は思いません
鹿は決然と言った。
——あなたは間もなく死んでしまいますが、私と会うことができた。あなたは人類の最後の生き残り、そして私は、種族の突然変異の最初の一頭。
 男の意識が徐々に遠のいていく。でも、言いたいことはよく理解できた。
—— 最初と最後の出会い。これは素晴らしいことだと思うのです。
(キミのような能力をもった者は他にもいるのか?)
——わかりません。いまのところは私だけだと思います
(きっと、増えるに違いない。地球は君たちに引き継がれていくんだ)
 男の魂は身体から抜けた。
 男は自分の遺体を見下ろしている。それは微笑んでいるように見えた。

(終)
 



 


いいなと思ったら応援しよう!