愚か者は私

初めてロバを見た子供の頃を思い出す
鳥が餌をついばむ程に頭を垂れていて
視線は動く事なく一点を見つめている
顔を見せてくれないので地に手をついて覗き込む
長く密集したまつ毛に守られた瞳は真っ黒で大きく
美しく潤んでいた

ねぇどうしたのお馬さん。なぜうつむいてばかりいるの?なぜ泣いているの?
大人が教えてくれた
お嬢ちゃん、そいつは馬じゃないんだよ。
人間の荷物を運ぶロバっていう動物でね、
こっちでウサギちゃんに触って遊ぼう、ね。

私は誰のいう事も聞かない子供だった

ロバから目が離せず、またかがみ込み ひたすら眺め続けた
地面の一点を見つめたまま微動だにしない
口元はお爺ちゃんの顎先に似ていた
ロバは覗き込まれることよりも私と目を合わせる事を避けているように思えた

突然私とロバの波長が繋がり私は泣き出した

何もかもを諦めて一点を見つめる姿勢や
瞼をゆっくりと動かしてまばたきをする仕草が
幼い私を困惑させ泣かせた
ロバの何千年にも渡る歴史が
ロバのDNAが
私を悲しませた
私は生きているロバに憐れみを感じたのだ
幼い私はロバに自身を感じたのかもしれない

私は人間を選んで生きている

ある意味ロバ以上に憐れで
ある意味ロバ以下の生き物

同種を家畜扱いする事も殺す事も
自死する事も簡単にやる
人間のDNAを
私は知っている

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