母と子の終末
これはつむの小さな受難の時の話です。
つむには息子が居ますが、正直なところ娘が欲しかったのです。
この理由としてはハッキリ言って完全に私のエゴのみであり、
「好きな可愛い格好をさせて、出来るだけ長く一緒のお風呂時間を楽しみたい!大きいお風呂に一緒に行きたい!」
というものです。
男の子だと銭湯や温泉は早々に一緒に入れなくなってしまいます。
湯に浸かることを好むつむは、この時間を子と共にゆったりと過ごしたい。
そしてしっかり保湿して子のつるつるほっぺたを保つのだ、的なことを考えていました。
ふわふわして可愛い服を着せるのもまた夢だったのです。
ですが、息子を産んだわけです。
生まれてみたらふわふわ可愛いものが好きだし、
お風呂はやむなしとしてもぬいぐるみをギュッと抱く彼は実に蕩けるほど愛らしい。
これもこれで…!
それに息子で良かったのかもなとも思うのですよ。
女性として生を受けて成長した後に降りかかる試練として、
もしかすると一番しんどいのは「母親との関係を正常にする」ことなのではないか?というものです。
これはつむも実感がありますが、娘は母と自分とを同一化して見る傾向があります。
人生で最初に見る同性として、ロールモデルとするわけですね。
同じように息子は父と自分を同一化してロールモデルとしているのでしょう。
なので同性の親を超えるという実感は、真に自分とロールモデルである親を隔てる自立への第一歩。
親父超えなんていいますよね。
おかん超えも必要なんですよ。
しかし、おかん超えは男女共に親父超えよりも物凄く難しいかと思います。
おかんはその胎内に自分を宿し、一番最初に存在を与えた物理的ルーツです。
これは最初の世界と言っても過言ではないのでは。
母を否定したり、少しも心理的な依存を残さずにただ人として付き合うことは、
まるで自分自身がどこに立っているかさえ見失うような感覚を覚えることが多いのではないでしょうか。
しかし、そんな母も所詮は人間。
メンタルのブレもあれば体調のブレもある。
子に対する心理的に絶対的な権力を持つ存在は、
その権力の大きさもあり時に子を侵食します。
それは父から受ける攻撃性に対してあまりにも深く心に染みつきかねない陰惨さを持つこともある。
こと、母もまた娘と自己を重ねやすいために時と場合によっては大変なことになってしまうことも。
子はどうしても父よりも母をよく見ている。
「母親のメンタルの安定が子のメンタルの安定に繋がる」というのは本当にその通りなのです。
さて、つむの母もまた子に対し絶対的権力を持つ母であります。
父は正直に言って、母ほどではありません。
反抗することに少しの罪悪感もありませんでした。
「父のバーカ」とか言っても大して心が痛まないのです。
最近は多少痛みます。なんか、可哀想で。。
しかし母となると、少し様相が変わってきます。
母には不思議な力があります。
なし崩し的に意見や気持ちを操作されるような感覚。
子が自分の意見に対して批判的な意見を持たないように取り込むような、
なんだあれは。本当におっかないな。
これはつむの母が若干トールハンマーなタイプだから、というところがあるかもしれませんが、
とても強く強くそんな感覚を感じていました。
また、つむの母は医療系専門職であるために財力もなかなかにあります。
それによりわかりやすく恩恵を受けることもあったために、
どうにも拒否がしづらいのです。
母は元々割と大雑把な性格であるために、そう大きく問題になったことはありませんでした。
色々あるにしても、基本的に恩恵を得ていたと思います。
しかし、これが崩れたのが母の更年期です。
更年期は本当に凄まじかった。
すごい愚痴と悪口。
眉間に皺寄せずっと不満ばかり口にしていましたし、
よくよく聞くと物凄く小さい!細かい!
多分、以前は母もそんな感じではなかったと思うんですけどね?
突然レーシックでも受けたかのように細かいことが目につき、気にするようになってしまったのです。
しかも体調はきっと不良にも関わらず、更年期も認めずに凡ゆることを父のせいとしていました。
父も流石に不憫…
身から出た錆とはいえ不憫…
この辺からちょくちょく理不尽であった父が丸くなりました。
大分怖かったのかな。。
そして更に叔母からも「あんたのおかん、凄まじいことになっている」と連絡が入る。
ちなみに叔母は大らかで我慢強い人ですが、それだけにデリカシーは少々あやしい。
叔母はグングニールなのです。
正直そこはどっちもどっちなんですけど、
母はもう元の性格がトールハンマーなのであたり構わずゴッチンゴッチンでして、
このグングニールの叔母とは特に戦いが勃発しておりました。
なんなら年老いた祖母にも大叔母にも時たまゴッチンゴッチンするのでもうハラハラが止まりません。
そしてグングニールとトールハンマーの白熱した戦いを
年老いた祖母と大叔母はお茶を飲み、
世間話でもながら観戦し続けるわけです。
その姿は亀の甲より年の功、鉄壁であり太陽熱をも通さぬスヴェル。
「まぁ声がキンキンと煩いの。もっと小さい声で話せばいいのに」
この程度です。
本当にお婆ちゃんたちはすごい。
しかし、このつむは既に産後直後にトールハンマーの理不尽なゴッチンを受けて一時離婚騒動にまで発展、
また流れ弾にゴッチンされるとちょっと倒れそうな状態だったので、
数年は少し距離を置いていました。
なんというかこの白熱トールハンマーの時期、
母は私と私の夫と弟達の区別がついていなかったのです。
離れて暮らしているのに、全く覚えのない生活の愚痴を「あんた達は!」と言われる恐ろしさをわかっていただける方はいますでしょうか…
エッ!?と身に覚えを探すのですが、
流石に会うのは多くて年1〜2回とかなので気づきます。
ワタシカンケイナイネ
この時ちょっと努力して生活をしていた時期なので、
弟の度を超えてぐーたらな側面で上書きされることは嫌だったのですよ。
それにゴッチンが本当に痛い。
身に覚えがないのに蓮撃されると流石に痛い。
この時恐らく初めて母に見せたことのない、
夫から「とにかく柄が悪い」と言われる姿を見せたのだと思います。
流石に一旦トールハンマーは止まりました。
この後に母はグングニール叔母に愚痴って「当たり前だ」と諌められています。
なんでそこで愚痴るのか。
グングニールとは犬猿の中ではないのか…。
まぁいいんですけど。
仲良しの方がいいに決まっています。
トールハンマーはもう、本当に話を聞いてくれないところがあるので、叔母や大叔母、亡くなった祖母の存在は母乱心時の大きなストッパーとなってくれています。
今は母も落ち着いてきた?ようで、
叔母からの「ヤバイヨヤバイヨ」という出川かのような連絡も殆ど無くなりました。
更年期は悪い呪いのようです。
去れば元通り、ゴッチン頻度は1/100くらいです。
あの時は世界が揺れた。。
存在をどこに置くかわからなくなった。。
全然おかん越えたわけではないのですが、
終末を乗り越えたような安堵の感覚を
最近ではひしひしと感じています。
とにかく健康で大らかでいられるように、あんまり忙しなく無理しないで欲しいと願っています。
またつむも、トールハンマーにならないように気をつけていこうと思っています。
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