読み手と共にある俳句~柏柳明子第2句集『柔き棘』を読んで
抱きしめられてセーターは柔き棘
柏柳明子さんの第2句集『柔き棘』のタイトル句である。抱擁という密着の距離の中に、やるせなく存在する「柔き棘」の違和感。相手ともっと近づきたいのに近づけない、身体的・心理的に隔たりをつくる「薄い膜」の存在を「セーター」という身近な季語から引き出している手腕に瞠目する。
「俳句を知らない人も共感でき、読者と共に在る俳句を」。
それが現在の自身のめざす表現の道であると、あとがきで述べる。俳句を詠むだけでなく、カルチャーセンターで俳句の世界の入り口に立つ人を導く立場にあるからこその境地なのかもしれない。「抱きしめられて」という共感性を誘うフレーズから始め、俗に流されずに詩的な着地を見せる掲句は、自身の信条を見事に体現していると言えよう。
現代俳句新人賞、炎環賞の受賞を経て二〇一五年に上梓された第1句集『揮発』から五年。明るく清新な魅力を湛える明子俳句は、句歴と年齢を重ねたぶん「陰影」も加え、読者を自身の俳句世界に惹き込む力を増している。
無患子を拾ふきらひな子のきれい
言ひたげに兎の髭のふるへをり
自画像に影を足したる夜寒かな
後ろ手に桜みるとき皆ひとり
喜怒哀楽では分類が難しい感情や思い。読み手は明子俳句をきっかけに、自身が実人生で体験したそれを揺り起こされ、心の奥を探る旅へと誘われる。
第1句集で特徴的だった身体感覚を生かした躍動感溢れる句も健在だ。
踊子の闇をひらいてゆく躰
栗を剥く肩甲骨のやはらかし
着衣とは手足はみ出すこと野分
俳句以外に、フラメンコを踊ったりゴスペルを歌ったりと、自身の身体を通した表現活動も嗜む彼女。本書には俳句作品のほかエッセイも収録。フラメンコのレッスンの中で得た「スタイルを崩さずに常套表現を破る」方法は俳句にも援用できるという気づきが記され、なるほどと思わせる。
序文は所属する「炎環」主宰の石寒太氏。「ごくさりげない日常の景の中に、詠み込まれてはじめてなるほどと思う彼女の発見がある」と記す。次のような句は磨かれた描写力があってこそ独自性を獲得した作品と言えよう。
台風圏四角くたたむ明日の服
ジーンズのまっすぐ乾き冬の月
朝霧へ差し込む鍵のかたき音
垂直に雨くる学校のプール
集中には「雪もよひ夫へリモコン向けてみる」「へうたんの恥ずかしさうに太りけり」といった茶目っ気のある俳句も散見され、ふっと笑みがこぼれる。世界を肯定する健やかさ、大胆かつ繊細な感性を共有できる豊かな一冊である。
※以上、『現代俳句』令和2年11月号からの転載。以下は、note投稿にあたっての加筆です。
句集の魅力、読みどころを未読の方にもわかりやすく伝えるには、ある「かたまり」で傾向性を語るのがいいかなと思い、上記のような文章になりましたが、次のような句もとても好きであった。
手花火の互ひの顔を照らしあふ
「手花火や」できっちりとした切れをつくるのではなく、「手花火の互いの顔」としたところに、奥ゆかしさが生まれた。手花火の小さな炎のゆらめきの向こうに見える相手の顔。理解したくて、近づきたくて、でも距離が縮まりすぎることへのちょっとした恐怖も見えて。手花火を口実にしないと、相手の顔を真正面から覗き込むことすら、ためらってしまうのかもしれない。「柔き棘」タイトル句に通ずるような、「人との距離感」を鋭敏に察知する作者が見える。
水槽の眠らない水神の旅
明子さんとは、三重の稲葉千尋さんが世話人の「蘖通信句会」でご一緒しているが、その句会へ投句された時から心に残っている句である。季語への飛躍、字面の佳さから引き出されるイメージも見事。
うぐいすや入り口のなきレストラン
絵本の世界を思わせる、ワンダーランドに迷い込んだかのような読後感。入口を探して、レストランのまわりをぐるぐる回っている間じゅう響くうぐいすの鳴き声。そのうちに、何を探していたのかさえ忘れてしまいそう。いや、ぐーっと鳴るお腹の音で、我に返るのかもしれない。ぽんと景だけ提示して、読みがぐんと広がる楽しい句である。
冬さうび冠もたぬ少女たち
私は中高を女子校で過ごしたのだが、その頃の自身と友人の姿を思い出すような郷愁を覚える句である。冠をもたずとも、野に放たれて自由に駆け回る少女たち。思春期特有の自信のなさや不安に苛まれることはあっても、夢を心に抱き、それを糧にし、未来には悪いことなんか訪れないと、根拠なく信じられた無邪気な頃よ(笑)
コロナ禍でのZOOM飲みで旧交を温める機会が増え、再び「冠もたぬ少女」の心持ちに戻る時間もちらほら。アラフィフになり社会人として家庭人として自身を律しつつも、あの頃を共有した者同士、思い出話や現実に即しながらもワクワクする未来を語るのは楽しいものなのである。
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