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子どもを産み、殺す親

攻めたタイトルですみません。
前置きしておきますが、私は反出生主義なのでこの記事を不快に感じる方もいると思います。
反出生主義にいいイメージ持たれてない方は読まないことをおすすめします。


私は、誰もが子供を産むことを普遍的な幸せだと捉えていることに違和感を感じます。


結婚して子供を産むことが人生最大の幸せだとは思いません。

子孫を残すことはもはや人間として当たり前のことというか、何万年も続いてきたことですが、子供を産まないという選択肢もある現代で、あえて子供を産む選択をする理由とは、と考えてしまいます。

昔は無理矢理にでも結婚相手を見つけ子孫繁栄のために子供を産むというのが常識だったのが、今は個人の幸せのために子供を産む、という認識が強いような気がします。

そもそも恋愛感情とセックスが結びつくようになったのは近代に入ってからです。

好きな人とそういうことをしたい、好きな人との子供が産みたい、好きな人と幸せな家庭を築きたいという人々の願望が強くなって、ますます結婚出産が幸せの象徴とされているような。

もちろん幸せな家庭もいっぱいあると思いますが、遡っていくと、根底には親のエゴがあるんじゃないか。

もちろん、エゴだとは思わず、何の疑問も持たず、超シンプルに子供産んでる人もいます。

それが悪いことと言っている訳ではなく、出産して子供と一緒に生きていくことが、親にとっても子にとっても一番嬉しくて、何の障害もなく実現できてる層が一定数いること。

そういう人たちは、まず自己肯定感が高く、いい意味で頓着しない生き方ができているんだと思います。

私だったら自分なんかの遺伝子を残したくないし、自分の遺伝子を引き継いだ子供が幸せになれるわけない、産まないことが子への愛だ、なんて思ってしまいます。

精神疾患も持っているし、子供に遺伝したらどうしようと考えてしまいます。

それが怖くて子供をつくることに臆病になっている。

でも、子供の人生まで先読みする人なんてそんなに多くないのかもしれません。


「健康な子が産まれますように」という文言がありますが、当たり前に子には健康であって欲しいというのも分かります。だけど若干「自分のため」もあると思います。出生前診断とかも、健康な子を産みたいという親の優しさかと思いきや、障害者では嫌だ、子が可哀想だから。とか、子供を作っておきながら、その考えはエゴなんじゃないか?と思うのです。


逆に健康に産まれてきても、親の幸せのために子供は苦労したり、悩んだり、使われたりすることもかなりあると思います。
子は鎹であり、両親の仲を取り持つ役目を負わされたりとか。親にとっての生きがいとされ、過剰な愛を注がれたり、いつまでも子供扱いしてきたり。

私は、親が幸せになるための材料じゃないんだぞ!と声を大にして言いたいです。

私は家庭環境も恵まれてないですし、家庭に対してあまりいいイメージを持っていません。両親のようにはなりたくない、とも思います。

両親の遺伝のせいで今こんなに苦しんでる、という思いもあります。
今苦しんでいるのに、両親は元気だった頃の私を望み、今の私を否定し、ゆっくり殺しているのです。自分の幸せ像があるから。

やはり理想の娘であってほしいのか、すぐ都合のいい解釈に置き換えます。本来の私はこんなんじゃないとか。もっと明るいはずだとか。その言葉が私を苦しめるのです。

親はいつでも子に自分の思い通りの姿でいて欲しいと心の片隅で思っているはずです。

それが鬱陶しく、邪魔なのです。

子供を産み、傷つけ、心を殺していく。

子供を自分が幸せになるためのツールとしている親、多いんじゃじゃないかとたびたび不愉快な思いになるのです。


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