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【小説】せめてウサギは逆しまに

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#SF

【5話】せめてウサギは逆しまに【ディストピアSF小説】

【5話】せめてウサギは逆しまに【ディストピアSF小説】

第二章『リング』「こんな大きな仕事だなんて、聞いてなかった!あのクリップだけで、ご、五千五百万の受け渡しだなんて!」

暗い室内に、遊沙の怒鳴り声が響いていた。表情の読めないフクロウはただ座り、静かに呼吸を繰り返す。

ここはクリップ屋の狭苦しい一室。運び屋の仕事を遂行した遊沙は、帰るや否やフクロウに詰め寄り、長い事鬱憤を吐き出していた。

「額の大きさなんて、仕事に関係ありません。やることは簡単

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【4話】せめてウサギは逆しまに【ディストピアSF小説】

【4話】せめてウサギは逆しまに【ディストピアSF小説】

「ぶ、ぶちょーですか!偉そうな感じですね」
「いえいえ。気さくな方ですよ。そう固くならずに」

案内役は扉をノックし、挨拶をする。
部屋の中から返ってきたのは、テンションの高い声だった。

「失礼します」
「し、失礼しま~す」

案内役が部屋の中に入り、遊沙もおずおずと後に続いた。
分厚い扉の奥は、二十畳ほどの部屋になっていた。

赤い絨毯に、木目の綺麗な壁。硝子のテーブルに黒塗りのソファが高級感

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【3話】せめてウサギは逆しまに【ディストピアSF小説】

【3話】せめてウサギは逆しまに【ディストピアSF小説】

軒先に並ぶ干物みたいな視線を受けながらスラムを抜けると、目の前に大きな川が現れた。貧民街と上級街を分かつ境界で、橋を渡ると上級街を囲う壁が待っている。

二つの町を繋ぐこの場所は不戦協定が結ばれており、安全地帯となっている。
遊沙は足早に橋を渡り、上級街外殻の入り口を通る。
壁が消え、汚い汚物が隠され、突如広がった景観に圧し返されそうになった。

「凄い…これが人間の住む所」

遊沙の脳味噌が壊れ

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【2話】せめてウサギは逆しまに【ディストピアSF小説】

【2話】せめてウサギは逆しまに【ディストピアSF小説】

クリップ屋さんを出発した遊沙は、相良コーポレーションのある上級街を目指して、スラムの狭い道を進んでいた。

「ん~、いい天気」

スラムとは捨てられた土地に、同じく捨てられた人間が押し込められた様をいう。都市計画も区画整理もなく、構造は荒唐無稽と化している。
しかし五歳の時からギャングの斥候として走り回っていた遊沙には、慣れ親しんだ庭。記憶は損なわれようとも、肉体が道を覚えているのだ。

「運び屋

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【1話】せめてウサギは逆しまに【ディストピアSF小説】

【1話】せめてウサギは逆しまに【ディストピアSF小説】

第一章『この町のクリップ屋さん』

――神が作った世界が完璧ならば、人が必死に生きる度に世界は歪んでいくのだろう。
苦痛は計り知れないが、死亡に至る分量ではなく。
狂う寸前に違いないが、自殺を選ぶ段階でもない。
正義だか悪だかなんて、差し迫った問題ではなく。
生きるか死ぬかの取捨など、相貌すら覗わせない。
曖昧な訳ではなく、結論に興味が無いだけであり。
適当な訳ではなく、刹那に基準を持つだけである

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