死んだ彼女は 最期の最期まで僕の小指を握りながら 「忘れないで、あたしのこと、忘れないでね」 と言っていた。 彼女が僕にかけた最期の呪い。 忘れないで、という言葉は残された人にとっては重く伸し掛る永遠の足枷になる。 だから僕は、もし自分がその立場になったら、 「僕のことなんか忘れてくれ。二度と思い出さなくていいし、他の人と幸せになってくれ。」 って言うんだって今の彼女に話す。 彼女は笑いながら言う。 「そっちの方が呪いなんじゃない?」 僕は意味がわからない。
私には妻がいた。 14も下の、若い女だ。 私の実家は近所では有名な地主だったため、 求婚の申し出も多かった中で、一際美しい女を選んだ。 決して料理が下手だったわけではない、掃除だって洗濯だって、女なりの精一杯だったのだろう。 だが、私は女を怒鳴りつける。 私の父親も、そうやって母を躾たのだ。 私は何も間違っていない。 これが亭主の威厳なのだ、と、信じて疑わなかった。 結婚してから女は、出会った頃にもまして大量に絵を描くようになった。 風景、食物、植物…その中で、美しい
声を聞くだけで沸騰したお湯がふきこぼれるみたいに、涙が出る感覚、貴方には分からないでしょうね。 20歳で嫁いで、14も上の好きでもない男の世話をし、怒鳴られ、罵倒され、奴隷の様な扱いを受けました。それでも何とか必死に耐えてきました。 周りはみんな大学生やら新社会人やらで、楽しそうにキラキラしているのに、私は疾うに澱んでいました。 私にも夢がありました。 イラストレーターになること、寝る間も惜しんで沢山絵を描きました。男は、私をバカにしました。 下手な絵だと、才能がないと、
母は言います。 私が死んだら、散骨してほしい、と。 母は海のある街で生まれました。 海から一番近いところで、海と一緒に育ちました。 でも母は目が見えません。 だから、母は死んだ後は海に行きたいと言います。 お父さんと一緒のお墓に入らなくていいの と聞くと、お父さんは最愛の人だから、遠くから愛していたいの。一緒にいすぎると嫌なところが見えるからね。だから、私は遠くの海からそっと、お父さんを想い続けたい。お父さんとは生まれ変わったら会えるから。 と言います。 お母さん。
母の体から産み落とされたぼくは、ダンボールに入れられました。 目もまだ開かないぼくは、母じゃない誰かに連れられて寒くて悲しいところに捨てられました。 お母さん、寒いよ。お母さん、お腹がすいたよ。お母さん、どこにいるの? ぼくは一生懸命お母さんを呼びます。 でもお母さんは来ません。 ご主人が、ぼくを抱き上げたのはぼくが寝ようとした時でした。 優しい声で、 「ここにいたんだね、さがしたよ。」と言います。 ご主人はぼくを家族にしてくれました。 ご主人はぼくを病院に連れて行って
1、17歳 高校2年生、初恋。 同じクラスの田島くん。 両思いだよ、って噂されてて、 告白してくれるのを待ってたけど中々話しかけてくれないから私から告白した。一番幸せな瞬間だった。 でも田島くんは部活ばっかりで一緒に帰ってもくれないし、連絡もくれない。 何か違う。 しばらくして田島くんは学校に来なくなってしまった。転校してしまったのかな。彼女の私に何も言わずに。せめて、一言くらい言って欲しかったなぁ。 ---------- 2、20歳 田島くんとお別れしてからは恋
綺麗なものが許せなかった 綺麗なものは彼女の瞳を奪うから 塩酸、硫酸、炭酸カルシウム… 溶けて、色を変えて、 何もなくなって仕舞えばいい 紫陽花を食べる時 胃酸で溶けて消える時 私の命すら 全てを調合して溶けて仕舞えばいい 拝啓、記念すべき100回目の調合を終えた私へ 幸せになれましたか? fin.
青海は泣いていた 青「どうして…」 溶け残った紫陽花を見つめながら、私に軽蔑の眼差しを向けながら。 赤「青海」 青「どうして?どうしてこんなことができるの?こんなに綺麗な紫なのに、どうして…」 赤「元はと言えば私の紫陽花よ。私の手で溶けるのが運命だったのだから、その通りになっただけでしょう?」 青「え?」 青海は目を見開いている 赤「気づいてないと思ってたのかしら。バレないように下の方から取ったのよね?」 青「見て、たの?」 赤「いいえ。手入れの際に気づ
すっかり梅雨入りしてしまった 卒部の日が刻々と近づいていたそんな6月。 赤琳の家に招かれた。 実験用紫陽花が満開になったらしい。 ___ 青「すごい…本当に綺麗だね」 赤「これはエンドレスサマーって品種よ。こっちはパープルドレス、他にも色々あるわ。」 赤琳が説明をしてくれている中でふと目をやった紫色の紫陽花から目を離せなくなった。 それはあまりにも綺麗な紫だった。 一瞬で、心が奪われてしまった 赤「そういえばバタフライピーのハーブティーをいただいたの。持ってく
小さい頃から実験が好きだった 色の変わる薬品、かけたら溶ける物体… 親からも気味悪がられていたし、友達もできたことなかったけれど、家の横に作ってもらった私だけの実験室、ここが居場所だった。 青海に出会うまでは。 彼女は同じ理科研究部の部員だった 私以外にこの部に入る人がいるとは思ってもいなかったしどうせ来なくなるだろうと思っていた。 が、青海は毎日来た。 そして、様々な昆虫や花、小動物を標本にしてはコレクションしていく。 私たちはどこか似ていた。 今まで沸いたこ
以下、赤=神崎赤琳 青=玉城青海 ---------- 赤「生物の授業はつまらない」 聞き捨てならない言葉だった 混ぜ終わった薬品を恍惚とした表情で眺め、丁寧に保管していく 赤「標本ばっかり作ってて飽きないの?」 青「薬品ばかり混ぜてる人に言われたくない」 赤「こんなに楽しいのに、色が変わったり、弱い薬品同士を混ぜて強い薬品を作ったり…」 青「標本だって楽しいと思うけど。昆虫も爬虫類も花もみんな綺麗なまま残しておける」 赤「わかってないな。生物には終わりがある
綺麗なものが好きだった 時間がたったら汚れていくものじゃなくて、 一瞬の切り取り ドラマ、写真、思い出、標本___ 花だってそう 一番綺麗なところを切り取るから美しいのであって枯てしまったあとなんて誰も知らない 星だってそう 輝いてる瞬間が綺麗なのであって流れ落ちて消えてしまったら存在すらなかったことになる 標本だって、そう 生命は生まれ落ちたあとは汚れていくだけ でも、標本にすれば、一番美しい瞬間のまま時を止めれる 感情全てを、標本にできたらいいのに
注意:紫陽花には毒が含まれます 決して口にはしないでください 【お品書き】 Prologue.標本 1.紫陽花ソーダ〜青と赤の春〜 2.紫陽花ゼリー〜赤の塊と青のシロップをお好みで〜 3.紫陽花ジェラート〜甘みを抑えた青と紫の上に赤い花びらを添えて〜 4.紫陽花の枯葉〜色彩の暴力を散らして〜 Epilogue.調合 【登場人物】 ・神崎赤琳 かんざきあかり 理科研究部 3年 化学科 薬品を調合することが好き 手に入らないのであれば全部溶かして無くしてしま