新人に仕事を説明したあと あなたは説明が雑だったと反省する そこであなたは大きな紙に 「新人には丁寧に説明する」と書いて 額に入れようとします そうじゃないでしょ 当の本人があなたの言葉を どう受け取っているか 肝心なところはそこでしょ 自分の心の中の部屋に入って 周囲の壁をよーく見渡して見ましょう たくさんの額が隙間無く飾られていますね 「優しさ」「思いやり」「笑顔」「責任」「努力」 「ポジティブ」「潜在意識」「チャレンジ」 「日々に感謝」「生きてることに感謝」「瞑想」
例えば 「他人の価値観に縛られず 自分の生き方を探しなさい」 と書かれた本がありますね この矛盾がわかりますか? 「うるさい!周りに迷惑だ」と大声で怒鳴る人と同じです 「リラックスしろ」と怒鳴るコーチと同じです 「人に優しくすること」を命令し強制する先生と同じです 本当に「価値観は人それぞれだ」と思っている人なら 「生き方」 に関する本なんかを 絶対に書かないはずです 書けないはずです 「他人の価値観に縛られず 自分の生き方を探しなさい」 なぜそんな事をわざわ
ゴルフの教習書の話をします 『たった4つのコツを意識するだけで あなたのゴルフスイングは劇的に良くなる』 こんなタイトルの本があったらあなたは買いますか? 「たった4つ」と言い切っているのは もちろん本を売るためのキャッチーなタイトルですが 著者には実際に 「4つだけで誰のスイングも改善できる」という 自信があるはずです そうでなければわざわざ本の出版までできません でも考えてみればそんなことは不可能です レベルを考えても 超初心者初心者中級者上級者プロトッププロと
「私は神様の言葉を聞いたの! みんなに教えてあげる!!」 あー惜しい すごくすごく惜しい なんでそこで足を止めちゃったのでしょう だって そこで止まっていなければ 次の日に “大神様”の“大言葉”だって聞けたのに 数年後には “大大神様”の“大大言葉”が いくらでも聞き放題だったはず 手に入った 「すごい体験」を力いっぱい抱きしめて そこで足を止めてしまった そして得意げに自慢げに 「人生の秘訣」をみんなに語り始めてしまった 足を止めて あなたが アセンション体験
前の 「立ち止まり振り返ってしまった先生たち」 では 私たちは坂を滑り落ちるビー玉だと書きましたが もっと疾走感スピード感があるイメージのほうが 真実に近いかもしれません アルプスの数百倍の高さの頂上から 垂直に近いむちゃくちゃな急斜面を スキーかマウンテンバイクで 数十億人が一気に降りていく 当然あなたは前しか見ていません 見えるのは遙か前方を疾走する いくつかの背中だけ すぐ隣や背後にも誰かがいるかもしれません しかしあなたにはそっちに 視線を動かす暇がありません
私たちは実は超高速で前進中です わかりやすく上下を逆にしたイメージで説明すると 大きな坂があります 上には自分の思い通りにならないつまらない世界 下には何でも思い通りのワクワクドキドキの世界 その坂をすべり落ちていく沢山のビー玉 これが私たちです そのうち立ち止まってしまうビー玉があります 「私は今すごい発見をした!」 「世の中のしくみが分かってきた!」 「私は成功する人生の秘密を手に入れた!」 「これがすべてうまくいく秘訣だ!」 そこで進むのをやめてしまうのです 立ち
「浮気した夫と別れたい」 「子供がぐれた」 「親が自分を認めてくれない」 「隣人がいやがらせをしてくる」 「上司が無能すぎる」 「自分よりモテる友人が憎い」 このようなトラブルが 3千年以上昔からありました こういった人間関係の あーしたこーしたという問題は 現代だろうが中世だろうが古代だろうが 内容はほとんど変わりません 3千年前から解決法を 先人たちが試行錯誤して その結果をまとめた本がたくさん書かれて その成果が小説戯曲にも取り入れられ それを読んだ人がまた試行し検
誰かから言われた言葉が心に響いたことはありますか? 「なぜこの人にこんなことを言われるのだろう? ・・・・そうか!私の中に原因があるんだ! これは私への処方箋なんだ!!!」 それは正解であり 間違ってはいないのですが 残念ながら あなたのその反応は かなり遅すぎます 鈍すぎます 鈍感すぎます 今あなたが感じている感覚と感情 そのすべてに意味があります それはいわば毎秒毎秒あなたの症状に合わせて 処方される薬のようなものです その薬の有効期限は一秒で 次の一秒には違う
泥沼にはまっている人がいます どうしたら抜け出せるかわからないようです あなたは親切心で義侠心でヒーロー精神で 隣人愛で優しさでリーダーシップで その人を助けようとします そして気が付けばあなたも 泥沼の真ん中で悲惨な状態になっています 人を呪わば穴二つといいますが 実は人を助けるのも穴二つです 自ら悲惨な状況にはまり 二人そろって身動きできなくなります もう少し上手な助け方があります 自分は泥沼に入らず 「落ち着いて そこは足が付きます ゆっくりとこちらに歩いてきて
本当に必要なことは教えられないし 教わることができません これを「肩の力を抜くこと」で説明します 肩に必要以上の力が入っている状態は 疲れや病気にもつながります しかし「肩の力を抜こう」と がんばるのは逆効果です 「肩に力が入りすぎていないか?」と 「もっと肩の力を抜かなくては」と 肩の力を抜こう肩の力を抜こうと 四六時中頭をいっぱいにしている人がいます その姿勢こそが「肩に力を入れすぎ」なんです 本当に「肩に余計な力を全く入れていない人」は 自分の肩の力を抜こうなん
あなたは走っています 風は気持ちがいいし 小鳥の声も聞こえます あなたはとても楽しく走っています 前に大きな木が見えたので あなたはその木陰で休もうとします しかしあなたがいる “がっこう”という世界では そこで“せんせい”という 謎の大人がやってきます 「だめです こんなところで止まってはいけません あなたが目指すゴールは まだまだ先です あきらめないで 頑張りましょう」 あなたは訳がわからないまま走り続け 息もたえだえに ゴールといわれた場所にたどり着きます
誰も彼もが人にレッテルを貼ることに夢中です 「この人は理想主義者だ」 「この人は皮肉屋だ」 「権利論者」「嫉み屋」「嘘つき」「悪党」 レッテルを貼ればその人のすべてが明白になります その人がこれから何を言うかもすべて予想できます 貼るレッテルの種類が極端に少ない人がいます 「自分に役に立つ人間」「役に立たない人間」 たったこの2種類だったり すべての異性を 「美形」「美形以外」だけで分ける人もいます そんな極端な分類をしていると 他人からバレバレですので 馬鹿にされたり
苦しくなるほど食べ過ぎたり 必要のない無駄な買い物を 大量にしたことはないですか? それは前回の食事や買い物をした時から あなたの心のギアが ニュートラルに戻っていなかったことが原因です マニュアルの自動車にあるようなギアが 心の中にあると想像してください ギアを「歩く」に入れる あなたは歩き出します ギアから手を離せば ギアは勝手にニュートラル(何もしていない状態) に戻ります 手を放すだけでギアは勝手に自然に戻ります 力まかせにギアを操作すると ギアはニュートラルに
7月に入ったばかりだというのに ものすごい猛暑 Aさんは考えます この夏はすごい暑さになる なんとかして過ごしやすい夏にできないか 自分のためにも みんなのためにも Aさんはあることをひらめきます 太陽を背にして立ち 右足と左足を交互に前に出す これがAさんの発見した 世界を涼しくする方法でした まず1日かけてやってみる 暑さは全く変わりません でもAさんはあきらめません 2日3日4日やはり変化なし 7日8日9日・・・・ひたすらに続けます 20日30日少し気温
見事な作品を作ったアーティスト 素晴らしい曲を作ったミュージシャン すごい業績を残したスポーツ選手、冒険家 革新的な発見をした研究家、発明家 その中にたまにこんな事を言う人がいたりします 「私がやったというより 誰かにやらされていました」 「自分ではない何かに助けてもらいました」 「ただ頭にすーと浮かびました」 「最初から完成形が見えていたので 肉付けしていっただけです」 「苦労して自分が作り上げたというより どこかからひょいと借りてきた感じです」 しかしインタビュ
すみませんがかなり尾籠な話になります 排便のやり方についての話をします 非常にすばらしいことに トイレの中には「知ったかぶり」も「教えたがり」もいません これはなかなかレアな状況です 両親があなたをおまるに座らせ 「しーしーよ しーしー そうそう つぎはうんうん はい よくできました」 ぐらいはあったでしょう でも状況と状態に応じた具体的で詳細な排便の方法は すべてあなた自身が発見し習得してきたはずです トイレに行きべきタイミングとか 力む強さと持続時間とか 1発