痛みを覚える日:寒空のこと(暁月)
痛みと言う奴は本来、《こんなに痛いのか》と、片手剣を握り直しながら考える。
身体中が痛みと重さに苛まれていて走り回るだけでかなり辛いと思う。今頃、《俺の身体》はどの辺を彷徨いてるのやら。身体だけがふらふらしてるなら良いが悪い事に中身がよりによってゼノスなのでこのままモタモタしていては彼奴が俺のフリをしてキャンプ・ブロークングラスに辿り着いてしまう。そうなったら何をするか分からない。いや、大方、《狩り》なんだろうが俺の姿と言うだけでイルサバード派遣団の連中は全員、油断して初撃から防げないだろう。防げたところでゼノス相手にまともに抵抗出来る奴が居るとは思えない。大虐殺になりかねないのだ。少なくとも俺の身体を使わせてそれを許すわけにいかない。
本人そのものなら良いか?と言うとよかないに決まってるんだが。ともかく急ぎたいのだがアニマのテンパードだらけの場所に放り出されていてなんとか掻い潜らなければならない。普段の俺であれば姿を隠して通り抜けるのも造作ないがこの身体だと難しい。なにせごく普通の帝国兵だ。多分、体格的にはエレゼンに近い普通の人間。ガレマール人であろうからか、魔法を扱う事さえ難しい。尚且つ、いつもの俺であれば発現する《超える力》も働かないので怪我をしてしまうとしっぱなしになる。いや、どっちかと言えばそれが正常だろう。普段の俺がなんかおかしいんだろう。
どうしても見つからずに進むのが難しく、既に二度ほどテンパードと切り結んだが負ってしまった怪我が驚く程、鮮明に痛い。俺自身の身体は痛みに鈍感で、あまり痛みに苦しんだ経験が無い。傷になって血を流しても痛くないから走り回れると言う、良いのか悪いのか分からない体質をしてる。
だからこそ《一般的な痛み》と言う奴を知らずに生きて来た。
怪我をしても痛くないし、なんなら超える力と元々の体質のおかげで直ぐ治ってしまうから。だが、この身体の本来の持ち主はそんな体質では無い。怪我をしたらしっぱなしだし、痛みもつよい。回復薬を飲んで少しばかり誤魔化すのが限界だ。
ウジャウジャと彷徨くテンパード達からなんとか見つらかない様にキャンプ地を目指していたが、途中で交戦中のガレマールの民間人に出会した。この極寒の土地でなんとか生き延びようと、暖を取るための燃料を探しに命懸けで都市の跡地に探索に来ていた連中のようだ。ほっといて通り過ぎる事も出来たかもしれない。なんにせよ通り抜けるための場所でどんぱちやられては致し方ない。なんとか先へ進まねばならないがその為にはここを通らなければならないし、そうなるとこの民間人とテンパードの争いのど真ん中を通らざる得ないし、俺が黙って通り過ぎるのをテンパード側は見逃さない。民間人の方は手を貸して欲しいと声を掛けてきていてそれは無視もできなくはないが積極的に《仲間以外》を見分けて襲ってくるテンパードの無視は難しい。仕方なしに成り行きで共闘をしていたが非常に悪い事に元はルガディンと思わしきもはや異形のテンパードが自爆攻撃を仕掛けて来た。攫われてテンパードにされる方がまだマシかもしれない。
なんとか魔導アーマーを盾に直撃こそ凌いだものの、民間人の連中は甲冑さえ着てないわけなので致命傷となったらしい。誰一人、立ち上がってこなかった。それどころか呻き声さえ、ほんの数秒聞こえただけ。帝国式の甲冑を身につけた《今の俺の身体》でさえ深刻な負傷となって意識が朦朧となった。滅茶苦茶に痛い。痛いと言うのをあまり意識した事が無いからこそだろうが怪我をするってのはこんなに苦しいものだったか。多分、骨は複数折れてるしもしかすると内臓もいくらかやられたかもしれない。爆発の直撃は塞いでも爆風や衝撃は防ぎきれないし、その衝撃だけで下手すりゃ四肢が吹っ飛ぶのだ。爆発ってのはそれだけの威力がある。多分、即死した様な民間人の奴はバラけちまった奴も居るだろう。見えてないから分からない。《この身体》は普通の視力の持ち主だったからモノは見えてたが爆発からの負傷で視界がボヤけた上にブレにぶれていて周りの把握がうまくいかない状態だった。
このまま
このまま意識を手放してしまえばきっと死ねる
そう過ぎって、ならそれでも構わないかと考える。《この身体》は本来の俺のものでは無い訳だから《超える力》による持続回復も、俺自身の体質としてのしぶとさや異様な回復力を発揮する事は出来ない。それはつまり、死にかけたらそのまま恐らく死ぬ、と言う事だ。《俺自身の身体》のように、瀕死に陥っても手当てさえ受けてしまえば仮死から息を吹き返すような芸当は到底出来ない。だったら。
だったらここで静かに死ぬのも悪く無い。
この身体で死ねば、どこの誰だか分からない、哀れな帝国兵としてしか見られないだろう。埋葬されるわけでもなし、この寒さだから腐るよりも凍りついてそのまま。それも悪くはないと正直思う。死にたくても死ねなかったのが、《この身体》ならばあっさりと死ねる。もうそれで良いかと手放す選択肢を掴みかけて、ふと《俺の姿をしたゼノス》が過ぎる。
ここで死ねばアレをあのままにしておく事になる。
それは……許容しかねるな。
《俺》が兄貴や暁達を、イルサバード派遣団の連中や生きたいと投降して来たガレマール人を遊び半分に殺して回る惨劇は避けなくてはならない。《俺の身体》での虐殺行為で、俺自身の評判がひっくり返るだけなら別に良い。だが、俺が殺したいとカケラも思ってない人達を《俺が》殺すのは正直、不愉快だ。その上、不本意ながら《西の英雄》なんて象徴のような扱いを受けている《俺が》味方にあたる連中を根こそぎ殺したら混乱なんて騒ぎじゃ無い。
……クソが……!
らしくも無い悪態を腹の底で吐きながら、激痛に耐えて、今にも落ちそうな意識を無理にでも維持しながら進む選択をする。もっとも立ち上がるのさえ難しいから、這いつくばっていくしかない。凍りついた地面が冷たいしザラザラでこれを這っていくのは難儀だがつべこべ言う暇もない。あのイカレた怪物を止めなきゃならない。他者の苦痛や哀しみや、生きたいと望む人間としての感覚を理解出来ないような奴に《俺の身体》を勝手に使われるのは本当に不愉快だ。理由はあれこれと思い浮かぶがなんであれ、意味の分からない怒りが湧いてくる。
芋虫に失礼を承知で言うが、芋虫のような有様でどうにかキャンプ・ブロークングラスの近くまで辿り着いた。物音が思いの外、少ない。どうやらあのクソ皇子は到着はしたものの暴れてはいないらしい。幸いではある。それでいて俺がファダニエルに連れ去られる直前に起きていた保護して治療中だったテンパード達の暴走はある程度、鎮圧してあるらしい。だからこそ、《俺》が見当たらない、と暁達が《俺》を探している声がぼんやりと聞こえてくる。多分、兄貴も《俺》を探してるだろう。追いつけるか……?
《俺の姿のゼノス》の背中がなんとか見えて、どつにか立ち上がろうとしつつ移動も続ける。なにせ俺の方は這いずってるから動くのが遅い。《俺の姿のゼノス》の足跡を聞きつけたラハが、アリゼーと揃って《迎えてくれようと》しているのが分かる。俺も聞いてゾッとしたが、あの野郎、俺の足音を器用に真似る事ができてるのか……。気持ち悪い。どこに行ってたんだ?大丈夫か?とラハが《ゼノスに》問うのが聴こえていた。聞こえるほどの距離にはいる。問いかけに対して彼奴は応えない。それに違和感もあったんだろう、ラハがほんの少しだけ《ゼノス》の顔を見て足を止めた。「アンタ、誰だ?」と警戒した声になる。第8霊災から俺を助けたい一心で長く生きていた位、彼は《俺を》慕ってくれていたのが大きいな、違和感に気づいてくれてるのに驚く。
《ゼノス》はただゆっくり、得物を構えようと言う動作をし始めていて、同時に背後にリーパーが使役するアヴァターの思わしき異形の影が持ち上がった。俺はまだ、ラハ達の前でリーパーの技は見せた事がない。だからこそ余計にラハもアリゼーもおかしいと身構えてくれた。あのクソ野郎が。
立ち上がるのは辛い。だが立たなくては。激痛と脱力でだるくて叶わない身体になんとか力を込めて立ち上がる。本来の持ち主には本当に済まないと思う。かなりの無茶をさせている。そもそも《この身体の本人》は何処なんだろうか?ゼノスの肉体に放り込まれてるとは思えないがその疑問は後だ。走って近寄る事も難しい。ここから妨害するには……。はた、ときちんと持ったままだった帝国式の剣を思い出して握り直した。これを持ち上げて支える力さえ絞り出さないと出ない。気を張らないと震えて落としてしまいそうだ。《本人》には申し無い。多分だが無理をさせ過ぎていてこの体はもう使い物にならないだろう。だが。こうしなきゃあのクソ野郎を止める術が無い!
全身の力を振り絞って無理矢理、剣を投げつけた。《ゼノス》が振りかぶった大鎌に、派手な金属音を立てながら剣がぶつかって動きを止めさせる。なんとか止められたか。ラハ達は勿論、《ゼノス》もこちらは視線を巡らせてきた。ラハたちはともかく、《ゼノス》の注意を引ければ良い。俺はここに辿り着いて、お前の邪魔をするのに成功していると認識させる必要があった。
「……そこまでだゼノス……!」
絞り出した声は、多分、俺の普段の声とは違う。そもそも負傷やダメージが酷すぎて声を出すのもつらい。掠れた情けない声だったが聞こえるし理解出来る程度には喋れただろう。追いついて来たのかと《ゼノス》が何処か面白がるような空気になったのは理解した。ラハとアリゼーがこの状況にやや困惑しつつ、恐らくは俺の姿の奴は俺自身では無く、《ゼノスが俺の姿でここに居る》らしいと察してくれただろう。なんとかあの馬鹿を止められたのら分かったが、分かったところで《この身体》がもう限界だ。意識が再び遠くなり始めて、全身を襲う鈍痛に立っていられなくなる。呻き声さえ絞り出せずに崩れ落ちた。……苦しいな……《本人》にどう詫びたら良いかわからんくらいに粗悪な扱いをしちまった。……頭が、脳が揺れる感覚がして来て気持ちが悪い。
「今度こそ呆れるほど俺を憎めよ。」
倒れ込んで起き上がれない俺を、《俺》が覗き込んできてそう告げながら笑うのを《見る。》気持ち悪いな。絶影と話すときには同じ顔の奴と話してるに違い無いのに、中身がゼノスというだけでこんなに気分が悪くなるのか。最悪だ。最悪な気持ちだと感じて直ぐに、視界のブレが酷くなり、脳がぐちゃぐちゃのグニャグニャに歪むような感覚に陥る。異常なまでに気持ちが悪くて、意識がついぞ飛んだ。
どの位してからかボンヤリ目が開く。身体に苦痛を感じない……感じないが怠さは重たかった。気が付いた?と心配そうな声をかけられて、今のは誰だったかと考えてしまう。頭が働かないな……。
「痛いとか苦しいとかは無い?」
続けて問われて、その辺は特に無いなと返事だけはしようと顔を軽く持ち上げようとしてぐらりととんでもない目眩に襲わられる。同時に猛烈な吐き気がやってきて堪えられなかった。半ば咳をする様な軽さで、ゴボッと胃の中身を吐いてしまった。
「刹!?」
気持ち悪い
身体の内側、内蔵だの骨だの、そう言うものではないもっと奥のもの。魂とか、エーテルとかそう言う類にゼノスの気配がこべりついて居るのを感じとってしまって猛烈な不快感が全身を走っている。上手くは表現出来ない。何というか身体の真ん中から波紋が大きくなりながら広がっていくとか、弱い電気が全身隈無く押しては返していくとか、そんな感覚だ。ともかく繰り返し、全身を舐める様にあの野郎の気配とそれに対しての拒絶と不快感が巡り続ける。
気持ち悪い……
目眩も止まらなくて、吐き気も治らずにひたすら吐いた。体を動かすのが億劫だったがせめて地面に口の方向を向けておきたいと、四つん這いに近い格好をどうにかとった。そのまま、周りがどうなってるのか、誰がそばにいるのかよく分からないままに兎に角、吐いた。これは落ち着くまで吐ききっちまわないとおさまらないだろう。
「だ、大丈夫か!?」
「これが大丈夫に見えるの……?」
「あっ、いや。」
心配だからこそ、大丈夫か?と口にしてくれたんだろうが確かに今の状況で大丈夫とは言い難い。命に別状があるとかでは無いが気持ち悪さが治らない。目眩も続いているから厄介だ。
吐き続けて、しまいには胃が空になったせいで胃液まで吐いたがしばらくしてなんとか落ち着いた。吐き気は治まってきて目眩も静かになっていく。不快感だけは治らなかったが。畜生、自分の全身がくまなく不快というのは最高に気分が悪いな。これは俺の身体だってのに。白湯を持って来たけれど口をゆすぐか?と声を掛けられて、有難くそうさせてもらう事にした。まだ気持ち悪いが吐き気は落ち着いているから口を綺麗にした方がいくらか気分もマシだろう。ゆすいだらその場に吐き出してしまって構わないからと、白湯を手渡してくれた相手が言う。あとで俺達で綺麗にしておくから心配しなくていい、と言ってもらえて有難い。本当なら吐瀉物は自分で埋めるなり捨てるなりしたいのだがそんな気力が今はない。迂闊にうつむいたままにすれば、また吐き気がぶり返してきそうなのも厄介だ。好意に甘んじて口を濯がせてもらい、そのうえでこっちを飲んで置いてと手渡されたコップの中身を素直に飲んだ。ほんのりと温かくて少し甘じょっぱい。砂糖や塩を混ぜたもののようだ。ゆっくりそれを飲み干すと、手を貸すから少し移動しようと体を支えられる。怠さはまだあったがなんとか立ち上がれたので、手を貸してくれたのが誰なのか曖昧のままながら頼らせてもらった。多分、この手の感じは兄貴だと思う。少しよろよろと歩いた所で椅子に座らされる。そこまで来てようやく気が付いたがここはルキアたちが詰めてる部屋か。暖炉の火が温かい。
「見えるか……?」
正面に、手を貸してくれていた誰かが回り込んで来て座っている俺の視界に合わせてしゃがみ込む。多分兄貴だろうと思っていたが果たしてその通りで、見慣れた心配そうな顔が酷くぼんやりと見えてきた。
「……あぁ……兄貴……。」
「良かった……。」
深いため息とともに、兄貴が良かったと小さな声で呟く。何が起きていたのかはっきりは分かってないとは思うのだがなんとなく察しがついた部分だけでも、肝が冷えたんだろう。俺自身、最悪の事態を何度も考えた。元々最悪から考える癖はあるが今回は今まで想像したことがないような最悪が訪れるかもしれないと本気で思ったし。
「……みんな、無事、か?」
「ああ、大丈夫。ユルス達や治療中だった人達も、なんとかして収容しなおした。」
せっかく回復させた人達も、再びの汚染を受けてしまったから最初から治療しなおしで幻術士たちは大変そうだけれどと、そういう兄貴本人の表情がやや疲れているのが伝わってくる。
「……気持ち悪い……。」
「騒ぎが起きた時に、急にお前の姿が見えなくなったから心配してたんだ。探してもいたけどなにせキャンプ内が暴動状態だったから遠くにも行けないし……。」
「ああ……いきなりファダニエルの転移で連れてかれたから簡単に見つからないししょうがない。」
その上で何をされたのか、きちんと説明をする。連れされれた先で気がついたら既に《俺が俺じゃなかった》事。食事会だのとふざけた事を言っていたがあのフルフェイスの帝国兵の鎧を着せられた状態で飯が食えるわけがない。もし食える状態にあったとしてもゼノスと飯を食うなど面白くなさすぎて丁重に誘われたとしてもお断りだ。芝居がかったファダニエルの下らん話を聞かせられて、あげくに俺の身体にゼノスが入りこむという非常に悪趣味なものを見せられた。その上でアイツはキャンプを目指し始め、俺はテンパードまみれの廃墟と化した帝都へ置き去りにされてゼノスを止めたければその一般人の身体で追ってこいと煽られた。で、そこからはまあボロボロになりつつたどり着いて、兄貴が見た通りだよと。
「……それはその、身体は大丈夫か……?」
「多分、なんともないとは思うんだが気持ち悪い。大分吐いたから楽になったが、なんというかな……気色悪い、のほうが近いか……?」
「ああ……勝手に他人に身体を使われるなんて想像しただけで結構気分が悪いものな……。」
「……俺が放り込まれてた奴の身体はどうした……?」
「そのことなんですが……。」
後ろで俺達兄弟が会話しているのを黙ってそっとしておいてくれたマキシマが割り込んでくる。彼の隣にいるルキアも静かにしていてくれたのだが。
「刹さんがご自身に戻って程なく、冷たく……。」
「……そうか、そもそも本人は既に死んでたのかもしれないな……。もしくわ、これの為だけに状態のいい遺体を《作ったのか。》」
俺の言葉に、その場の全員が一瞬押し黙る。アイツらは、テロフェロイはそういう事も平気でするだろう。体よく状態のいい、損傷が少ない死にたての死体を手に入れていたのならそっちの方がマシだが、あの都市部の崩壊具合と内戦の激しさ、テンパード化した連中の躊躇ない自爆攻撃なんかを見ているとそんな丁度いい死体が転がってると思えないのだ。だとするなら、テキトウに目星をつけた帝国兵を一人、なるだけ損傷させず毒さずに死なせて用意したなんて事も十分考えられる。胸糞悪いが。
「……どちらにしても刹に責は無いよ。」
兄貴が俺の考え事を察したように、お前は悪くないのだからと告げる。ああそうだな、俺がやったわけじゃない。それでもだ。
「……半分は俺が殺したようなもんだ。あのバケモンの興味の対象にならなきゃ、あんな死後まで冒涜されるような真似されずに済んだろうに。」
名前も顔も分からない。階級やらならなんとか鎧で判別がつくかもしれないが。ともかく誰だか本当に分からない彼の遺体は出来る限り丁重に葬ってやってくれないかとマキシマに頼む。勿論そうしますと彼が確約してくれてホッとする。俺はそれこそ殺しも生業にするが、殺すだけでも冒涜であるのにその後、死体をどうこうするというのが非常に嫌いなのだ。だから毒殺をしない。遺体を必要以上に傷める可能性が高い薬物を使った殺害は俺の嫌う方法だ。無論、色々と死後に遺体を敬意をもって様々な弔い方をするのは知っているから全てを否定する気は無いが、尊厳を踏みにじるような、相手に一切敬意も無く、弔う気持ちも無いような扱いだけは受け入れがたい。俺が放り込まれた先であった名も知らぬ彼は、そういう冒涜的な扱いを受けた。東方の人間は特にそうだと思うのだが、死体は御遺体や御仏であって雑に扱ってよい抜け殻じゃない。ああ全く……二重にも三重にも不愉快だ。身体の感覚を確かめたいのもあったが、いら立ちが募って椅子から立ち上がるのを試みる。
足の裏を床につけ、膝や股関節を意識して力を込めて全身を持ち上げる。持ち上がるところまではすんなりと行ったのだが、一瞬、電気がチカチカするかのような感じにあの帝国兵の身体を使っていた時の記憶が過って、途端にガクンと痙攣が起きた。前触れもなく力が抜け落ちて膝から崩れ落ちそうになったが、兄貴が慌てて抱えてくれて、同じように大慌ててマキシマも手を貸しに来た。ルキアだけはその場から動かなかったが、彼女は三人も駆け寄ってはむしろ危ないと判じてじっとする選択をしてくれたようだ。それで正解だろう。兄貴もマキシマも俺も、それに彼女もうわ背があるし彼女だけ、しっかりとした甲冑で恐らく接触すると硬いので痛い。
「刹!?」
「だい……じょうぶだ……。身体のほうがおかしいというか記憶とかエーテルとか、魂とか……そっちがちょっと混乱してるらしい。」
「それは大丈夫って言わないんじゃないのか……。」
「いや、大丈夫なんだよ。うまく言えないんだけどな。……クソ……アイツの名残がへばりついてて気持ち悪くてかなわない。」
全く持って気持ち悪くて腹立たしい。のだが、腹が立つなと思って感情的になると体の芯が痙攣するような感覚に陥る。こりゃ少し休まないとダメか……?考えているうちにまた、引き裂かれるような、妙な衝撃が体の中央から左右へ向かって響いてくる。一瞬、視界が真っ黒になって身体が意図せずに痙攣して倒れかかった。
「ッ……!!」
「とりあえずもう一度、座って下さい。我々には伺い知れない負担でしょうからどうして頂くのがいいか分かりませんが……。」
マキシマに促されて、仕方なく素直に座りなおす。俺達は暇じゃないんだが。今後の事を考えていて、あの忌々しい塔を無力化しなくちゃならない。帝都の皇族が暮らしていた建物がぐちゃぐちゃに改造された末に出来上がった通称、バブイルの塔。エオルゼアのみならず東方やラザハンにも図々しく生えてきたゾットの塔と呼ばれる異形の塔の本陣がそこだ。バブイルの塔を潰せば、各地の塔も恐らく崩壊する。そして崩壊させておかないと、あの塔がハイデリンのエーテルを吸い上げてバブイルの塔へかき集めているらしいので星が腐り堕ちかねない。それでいてあのバブイルの塔には、ここら一体の帝国市民たちを心のないテンパードに変えた原因が存在しているはずだ。最後の皇帝ヴァリスを依り代にした、皇帝陛下への忠誠心でもって降ろされた蛮神アニマ。帝国の民には宗教が、信仰が無い。それに代わる崇拝すべき何かといったら皇族の者達であり、最たるは支配者である皇帝だ。あらゆる他部族から土地を狙われては奪われ、この極寒の土地へ追いやられてきたというガレアン人。最近のガレアン人にとっての支えは、たった一代で他国を圧倒する軍事大国に成長させた皇帝という存在だった。つまるところハーデスのせいだな。彼は恐らく意図的にこの国を道具に選んだんだろう。自分の持つ知識や能力を駆使してのし上がって。歪んだ嫉妬や誇りを生きる糧にしている民族なら付けこみやすいと思ったんだろう。実際その通りで、彼の強き帝国という分かりやすい軍事国家としての成長は民の心をつかんだ。掴むだけ掴んで放り投げたのが今の惨状にもつながる。最も彼は、もっと長く利用する気でいただろう。少なくとも、テロフェロイのように、ファダニエルの言うようにこの世に生きている者達に須らく死ぬことを望む、などとは思っていなかったはずだ。いや、突き詰めれば思ってたのかもしれないが、少なくともそれは滅びでは無く再生のためだった。命を絶やすのではなく命を犠牲にしてかつての同胞を救うのが彼の望みだったからファダニエルのしている事は恐らく、ハーデスの思惑とは全く違うモノ。
当たり前と言えば当たり前だ。彼らアシエンとて人に過ぎないのだから考えや欲求は違う。オリジナルと呼ばれていた三人のアシエンは一応、最終目標を同じものとして据えていたようだが、そのほかの転生組と呼ばれる連中がどうだったかはまた話が違う。過去の栄光を取り戻すなどくだらないと思っていた奴がいるかもしれないし、今隣にいる人々と生きることが愉しいと思ってオリジナルたちのやる事に反感を覚えた奴なんかも居たかもしれない。少なくともファダニエルは、《すべての命に苦しんで死んで頂きたい。》などと宣ったので同胞を救いたいと言っていたハーデス達と志を同じくしていたとは到底思えないのだ。そのうえでこの塔をあちこちに生やし、ゼノスをそそのかして俺にふっかけてきたりと碌なことをしない。バブイルの塔にかき集めたエーテルが何に使われてるのかいまいち俺には理解できないし。アニマの維持のためなのかほかに目的があるのか。なんにせよ潰さないと良くないのは確かだ。どう考えてもゼノスは《そこまで》考えてない。アイツは星の滅びだの命が絶えるだの興味が無いはずだ。俺と戦いたくて仕方がないだけ。俺はお断りなんだがな。何とかぎりぎり対等に渡り合えるが、アイツは化け物じみて強いので相手をしたくない。それこそジーキルとかのほうが適任だ。表立ってないだけで彼と彼の弟であるメッシは俺よりよっぽど強い。まあ彼らもゼノスと戦うのは嫌がると思うが。俺みたいに命を賭けた戦いというのを楽しいと思ってる人達じゃない。彼らは格別に強い守護者であることが前提なので娯楽のために戦う事など好まないからな。
休ませてもらっている間に、暁の連中もチラホラと尋ねてきて体調なんかを気遣ってくれる。何が起きたかの細かな説明は何度もするには気が滅入るので兄貴に代弁してもらった。ラハやアリゼーには特に心配されたが、俺からしてみれば彼ら二人がゼノスにバッサリいかれなくて良かったに尽きる。もう少し遅かったらと思うと。いや、ラハもアリゼーも立派に戦えるがなにせ相手があのバケモンではな。それから、集まった暁の連中とイルサバード派遣団のお偉いさんに当たる連中からバブイルの塔への突入作戦の説明を受ける。無理はしなくて良いが可能ならば前線へ出て欲しい、という訳だ。元々そのつもりだったがもう少しだけ待って欲しいと頼む。また立ち上がったり力を入れて見たりして痙攣が来ないか確かめないとだ。10分だけ時間を貰う。その間、暁と派遣団は細かいすり合わせをしておくと言うのでそうして貰った。
「本当に無理しなくて良いからな。」
「無理する気は無いから10分貰ったんだ。」
兄貴が酷く心配そうに、俺の手に触れるのが分る。元々が心配性の人だからあんな断続的に痙攣を起こしてるのを見たらそりゃ不安にもなるだろう。大きな手が当たり前だが温かい。……。ああ、そうか皆は、あんな感じに怪我が痛いからこそ俺の心配もするのかとふと思い至る。俺は痛みに異常な程に鈍感で、大怪我をしていてもあまり深刻な痛みを感じない。感じないからこそ血塗れでも走り回ったり出来るのだが、兄貴をはじめ友人知人のみならず赤の他人まで心配をしてくる。どれだけ痛くないから大丈夫だと説明しても変わらずに心配されるから疑問に思っていた。そもそも俺は誰かに心配して貰えるような人間じゃないんだし。だが皆が、自分が怪我をした時に感じた苦痛を俺の負傷に当てはめてみているならば……まあ分からんではないな……。あの帝国兵の肉体で感じた痛みは俺には衝撃的だった。かすり傷やちょっとした切り傷でもあんなに鮮明に痛いのかと本気で驚いた。そのレベルで驚くほど、俺は痛みを感じてないと言う事になる。借り物の肉体で感じた苦痛こそが一般的なのであれば、心配されるのも納得は行く。俺自身の体感が異常なのは自覚してたがここまで差があるとは知らなかった。知り様が無い事なんだから当たり前なんだがな。普通、他人の体感だの視点だのは《他人だからこそ》分かるはずがない。
「……怪我ってのはあんなに痛いのか?」
「?刹?」
「いや、俺が借りてた身体で怪我した時にかなり痛みを感じて驚いたんだ。かるい切り傷でも結構な痛みとヒリヒリした感覚があって。アザとかもそうだな、軽く何かに触れただけでそこそこ痛かった。」
「……うん、痛いぞ。ほんの小さな針で刺されただけでも庇いたくなるくらいは痛い。」
「……そうか。……それが普通なんだな……?なら俺は……大分、気持ち悪い動きが出来てるんだな。」
「気持ち悪いというか……無謀に見えるというか……実際無謀ではあるだろ?痛くないだけで怪我に違いないし出血もしてるんだからな。」
「……それに加えて普通ならあれだけ痛い、と。……衝撃的だ。」
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