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Parfumé

ブランシュの白いクローゼットは宝石箱だった。

扉を開ければ色とりどりの美しいドレスが溢れだす。
毎朝、それぞれ1着が選ばれてお出かけしていく。

ある日、海のさざなみのようなドレス、ブルーが出かけていった。

柔らかい濃淡のドレスはブランシュにとてもよく似合っている。

「お帰りなさい!」
ブルーがクローゼットに戻ってきてハンガーにかけられると、
ドレス達が声をあげた。

さわさわ、と、布地が擦れるような優しい声だった。

「今日はどこへ行ったの?」
「何を見てきた?」
「どんな人に会ったの?」

ブルーのブランシュと一緒に砂浜で拾った貝殻の話、鮮やかな魚の話を聞いては様々な想像を膨らますドレス達。
そうするとまるで自分たちも海へ一緒に行ったかのように楽しくなるのだった。

他の日はローズの番だった。
タイトなシルエットを持つ総レースのドレスで、ブランシュの薔薇色の頬が可愛らしく映った。

ローズが行って来たのは誕生日パーティーだった。

「すごい人数だったの」
目を丸くして首をふりつつローズは話した。
「人混みでブランシュったら、私にワインをこぼしてしまって…」

「あら、本当ね」と、足元で声がする。

ドレス達のお世話をしているハツカネズミの1匹、
サヴォンが腰に手を当てていた。

「ちょうど良いわ!今ノアールを洗い終わったところだから。こっちへいらっしゃい。シミとりするわ。」

「良かった。嬉しい!」

ローズがストンとハンガーから降りると、サヴォンは良い匂いのしているシャボン玉の方へドレスを抱えて行った。

皆がローズの話を聞いている間、フィルというネズミは、
グリーズという灰色のドレスを直す作業をしていた。

「私、ずっと着てもらえてないの」
グリーズは寂しそうだった。

「ブランシュは私のこと、忘れちゃったのかな」

豊かなオーガンジーを何枚も重ねて仕立てられたグリーズは、このタンスの中でも一番古いドレスだった。

Aラインのシルエットを持っていて、くるりと回ると大きな花のように広がる。
ファッションの都、パリのデザイナーが咲かせる"銀のユリ"だった。

「そんなことないさ」
丁寧に玉止めしながらフィルは答えた。

「こんなに大事にとっておいてくれてるんだ、君はお気に入りなんだよ」

「でも私が最後にお出かけしたの、いつだと思う?」
グリーズはため息をついた。

「僕はグリーズがとっても好きだよ。」
フィルはドレスの裾を両腕に抱え、顔をうずめた。
サヴォンの洗濯によって、良い匂いがして流れるように触り心地が良い。

「何回見たって惚れ惚れするもんな」

フィルはグリーズを見上げてニッと笑いかけた。
グリーズは嬉しくなって自分の布をふわんふわんと振ってみた。

良い匂いが広がった。


これまでと違うデザインが流行りだし、新しいドレスがブランシュのクローゼットにやって来た。
まるで花畑がそのまま来たようで、ドレス全体にパステルカラーの花が咲いている。

サヴォンが手入れをする前から、もう華やかな匂いをさせていた。


「うわぁ…」サヴォンは息を飲んだ

「あなたってとっても美しいわ」

「そんな風に見られると、ちょっと恥ずかしいな」

フルーリが照れたように目を伏せると
花びらの一枚一枚がちょっとお辞儀した。

ドレス達も彼女を喜んで迎え、さらさらさらと賑やかに擦れ合った。

「本当に素敵」
「今はこんな風に仕立てるのね」
「あなたのデザイナーは誰?」

「なんて素晴らしいんだろう、きっとあのドレスは大事な日に着るんだろうな」とグリーズは思った。
「私、くすんだ薄い布を束ねたみたいに見えるわ」

華やかなフルーリを見れば見るほど、グリーズは自分が萎びて黒ずんでいく気がした。

「あの子綺麗ねえ」

少し離れていたグリーズにマロンが微笑みながら話しかけた。
ハリのあるブラウンの布で仕立てられ、しまったウエストとボリュームスカートが特長的なドレスだった。

「私もあんな可憐な雰囲気に憧れるな。ほら、私は色が既に可愛らしくはないでしょう?」

グリーズはマロンを大人っぽい素晴らしいドレスだと、いつも思っていた。
凛として素敵じゃない、私はあなたが大好き、とグリーズは彼女に言った。

真剣な顔のグリーズを横目で見ると、マロンはいたずらっぽく笑った。
そして、ぱさらん、ぱさらん、とスカートを振ってみせた。

良い香りが広がった。

フルーリは間違いなく今の流行りのドレスだった。しかしそれを自慢に花を満開にしてみせたり、自分の珍しい香りを撒き散らすような事はしなかった。
ドレス達はそれぞれを愛していたし、各々がそれぞれらしい魅力を持つ事を、みんな分かっていた。

ブランシュにとって大事な日が来た。

今日こそは彼女が最高に映えなくてはならない。

「今日は一番好きなドレスを選んであるわ」
とブランシュが家族に話しているのがクローゼットの中にも聞こえた。

「フルーリに間違いないわ」
「私?」フルーリの花が期待に膨らんだ。
「帰ったら色々話して。約束よ」と、グリーズもはしゃいだ。

さらさらさらさら

クローゼットがいつもよりも賑やかで、良い匂いでいっぱいになっている。
ネズミ達もドレス達の擦れ合いを愛おしそうに見ていた。

クローゼットが開くと朝の光がきらきらと
たくさんのドレス達の上に降る。

ブランシュがドレスをかき分けてドレスを一着取る。

さっきよりもっともっと擦れ合い、もっともっと匂いが広がった。

「わ、わ、グリーズ!いってらっしゃい」
「あなた久しぶりじゃない、お出かけ。」
「思い切り楽しんできてちょうだい」

今はフルーリも満開になっている。


クローゼットの外はこんなに広かったっけ?

ブランシュが私を持って歩くだけで、こんなになびくの?

私ってこんなに軽いんだ。


もったいなくて、ずっと着ていなかったお気に入り。

部屋の真ん中でブランシュはグリーズに腕をとおし、ドレスの留め金をしっかり閉めた。

自分をまっすぐ見つめるお日さまに、グリーズが「眩しいじゃないの」としゃらしゃら言うと、お日さまも「グリーズ、やっぱり綺麗だね」ときらきら返事をした。

ブランシュがくるりと回ると、豊かな布がだんだん大きく大きく広がっていく。

ドレスは光沢を放ち、大きい銀のユリが咲いた。

「やっぱり好き」

ブランシュの笑顔が弾けた。

「ほらね」と声がする。

グリーズがスカートを揺らして振り向くとニッと笑ったフィルの姿が見えた。

「やっぱり君は大事なドレスなんだよ」

グリーズは嬉しくなって、また大きく膨らんだ。

「わ!」
今後は勝手に膨らんだスカートに、ブランシュが驚いて声をあげた。

シルクのオーガンジーが一番美しく輝いた瞬間。
フィルの目も輝いている。

「僕はグリーズがとっても好きだよ。何度見ても惚れ惚れするもんな。」


サヴォンがフィルにそっと囁いた。
「グリーズからユリの香りがするわ」


香りときらめきを部屋に残し、グリーズはひらめいて出ていく。

濃厚な香りを胸一杯に深呼吸すると
ネズミ達はグリーズ嬉しそうに見送った。


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