【怪奇】『銀髪の令嬢』と車椅子の衛生について 【ケ。】
自分が定期的に除毛をするようになったのは、東京で電車通勤を始めたのがきっかけだったと思う。
そう、あれはうだるような都会の暑さと地獄のような満員電車を味わっていたある日のこと。
自分は横に居たサラリーマンに、モジャモジャの腕をべっとり押し付けられたのである。
いや、もちろん彼もわざとやったわけではないだろう。
満員電車という空間では、自分でどうにかできることなど皆無なのだから。
だがそこで天啓を得た。
”自分は毛を剃ろう”……と。
まあ満員電車の熱気とモジャモジャの腕の感触に「マジで勘弁してくれ」と思ったのもあるが、体毛を剃ることで多少は暑さ対策になるんじゃないかという考えも少し浮かんだのだ。
なにせ自分はちょっと暑いだけですぐ汗だくになる。
そして体毛ってなんだか熱を抱えこんでいそうだし、消滅させたら多少は意味があるのでは……?
なにより自分は体毛が薄めだったため、カミソリでそれとなくなぞるだけであっという間に処理が完了するという除毛にベストな体質ということも都合が良かった。
その後は除毛のおかげで部屋から不愉快な縮れ毛が完全消滅し、非常に快適な生活になったのは言うまでもない。
ありがとう、あのときのサラリーマン……!
さて、そんな自分だが、入院中の今となっては随分と様変わりした生活を送っている。
なにせ集団生活&設備は共用だ。
久しく見なくなっていた縮れ毛も、今やトイレに行く度に誰かのものが補充されている状況である。(補充て)
まあ環境にはすぐ慣れる方なので別に構わないのだが、ある日個室に戻った際、手に長めの銀髪がついていることに気づいた。
銀髪……?
『銀髪の令嬢』……?
なにやら脳内に謎の文字列が浮かんできた。
いや、もちろんリハビリ病院に銀髪の令嬢なんて来るわけがない。
というか見知らぬ髪の毛が手に絡みついていたら、まずはホラー要素を感じろよという話だ。
どうやら今まで触れてきたオタクコンテンツの影響は相当に根深いらしい。(誰だよ銀髪の令嬢って…)
ちなみによく見たら銀髪でもなんでもなく、この病院の9割を占める高齢者の白髪(しらが)だった。
まあ現実はこんなもんである。
しかしこの白髪、いったいどこから来たんだろう……?
実はこの現象、その後も何度か発生した。
まあ高齢者が使ったあとのリハビリベッドを使うことなんて普通にあるので、そこで服に髪の毛が付くというのはまあわかる。
だがそれが『いつの間にか手に絡みついている』というのは相当アレなんじゃないだろうか?
そして一度や二度で収まらないというのは正直あまり良いことではない。
なにせ自分の縮れ毛すら嫌がった人間なので、他人の髪の毛だって決して好ましいものではないのだ。
衛生的にも問題があるだろうし。
なにはともあれ、自分はこの謎を解決するため思索に耽った……!
そして2分ほどの思索をしたあと、シャワータイムをこなして部屋に戻った際、ついに謎が解けたのである。
毛がまとわりついていた原因は……!
『車椅子』である。
順を追って説明していこう。
まず自分は毎日シャワーOKという素晴らしい生活になったのだが、浴場の中までは普通に車椅子で入っていく。
そして浴場用の車椅子に移り、
乗ってきた車椅子を濡れない位置にどけて、
シャワーを浴びたらまた元の車椅子に戻って、
それとなく周囲の泡を洗い流して……
というような、しちめんどくさい工程を経て毎回シャワーを行っている。
普段は15分もあれば終えられたシャワーも、今の状態では倍以上の時間がかかってしまうのは辛いところだ。
いやまあそれはそうと、こんな工程なので車椅子のタイヤが濡れる。
そして浴場や床には髪の毛がそりゃもう大量に落ちているので、濡れたタイヤにその髪の毛がくっつくのである。
また、車椅子に乗るようになるまで自分も知らなかったのだが、車椅子は構造的に服の袖がタイヤに触れがちだったりする。
そして手でタイヤを回す際も、かなり気をつけないとホイールやタイヤに親指の外側が触れたりするのだ。
つまり、『手に謎の毛が絡みついていた理由』は、
風呂場で盛大にタイヤに毛を補充したあと、部屋に戻る過程でタイヤから袖や手へと毛が移動していたというわけだったのだ。
Q.E.D.…!!
いやー、解決してよかったよかった!!
いやいや理屈がわかったのはいいが、これって今後も防ぎようがないのでは……?
風呂場は使うし、車椅子のタイヤだって手で回さなきゃだし……。
そしておもむろに、現在の車椅子の様子を確認してみた。
いやもう見事に絡みつき待ちな白髪が付いとる!!
というかこれってやはり衛生的にかなりよろしくないのでは……?
おそらく誰もが自転車のタイヤや靴の裏なんて触りたくないことだとは思うが、車椅子ではそういうものに触れる状態が当たり前な構造なのだ。
ま、まさか前の病院でのコロナ感染って、車椅子経由もありえる……?
当時の大部屋内には手洗い場はなかったので、外で手を洗って部屋に戻るわけだが、車椅子が汚染されているとしたら部屋に帰る過程で手も汚染されるのだ。
一応自分は除菌ウエットシートで時折車椅子を拭いてはいたものの、一度動き回るだけでタイヤ全体が汚染されるのだから、除菌作業が追いつくわけもない。
誰かの毛がどうのとかいうホラー要素よりも、こっちのほうが余裕で実害があって怖いのでは……?
そんなわけで、車椅子汚染されがち問題に気づいてしまったのだった。
もうすぐ車椅子から卒業して短距離移動の際は松葉杖になるらしいのだが、衛生的にはそっちのほうが優れているのかもしれない。
そして今おもむろに車椅子を拭いてみたら、
タイヤ付近から髪の毛が15本くらい採取できた。
・・・
車椅子卒業まであと僅かだが、有り余るウエットシートを使用して車椅子の衛生状況には気をつけていくことを心に刻んだのだった。
日々何かしらの気付きを得つつ、前へ……!