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『スーツ=軍服⁉』(改訂版)第56回

『スーツ=軍服⁉』(改訂版)連載56回 辻元よしふみ、辻元玲子
 
②結び下げネクタイの謎

フォー・イン・ハンド・ノットの謎 
 
フォー・イン・ハンドという今のような結び下げのネクタイが登場したのは一八五〇年代のロンドンのことらしい。今ではウィンザーノットやダブルノットなどに対する一重巻きのシングルノットをフォー・イン・ハンドと称することが多いが、そもそもは、あのような長いヒモ状リボンの結び下げスタイルの総称である。
フォー・イン・ハンドというと「四つを手にする」というような意味にしかならず、英語圏の人たちにとっても、語源がよく分からないものである。これまでも様々な説があって、御者がよく結んだネクタイの形式、などと説明されてきたが、近頃は説が変わってきている。
そもそもは一八二〇~三〇年ごろロンドンにできた「フォー・イン・ハンド・クラブ」という社交クラブのメンバーが流行させたのが起源というのが最近の主流の説だ。英国といえば紳士のためのクラブが無数にあり、今でも何世紀も続いているクラブが存在している。そんなものの一つである。
ではそのフォー・イン・ハンド・クラブというのは何か。英国はじめ西欧の社交クラブというのは秘密めいた排他的なものだが、このクラブは、馬車による競技などを愛好した人々の団体だった。「フォー・イン・ハンド」というのがそもそも、四本の手綱を一人の手で、というほどの意味で一八世紀の末に登場した、御者一人で制御できる四頭立ての馬車のことだ。それまでは四頭立て馬車は御者二人を要した。人間が少なくて馬の数が多いのだから、今までより高速が出る。当時として最新式のスポーツカーの意味だったのである。そういうスポーツカー愛好団体が流行らせたのが、ちまちまと結ぶクラヴァットとか、ひらひらしたアスコット・タイとか、おつにすましたボータイ(蝶ネクタイ)ではなくて、きりりとすっきり細く結んで先端を風になびかす結び下げ、つまり今のネクタイだったわけだ。
しかし、そういうことで決して保守的な服装ではなく、むしろ今でいえばカミナリ族の風俗と見なされ、当時の紳士向けの指南書でも「決してフォー・イン・ハンドなどしてはならない」と書いてあった。どちらかというと不良のファッションだったわけだ。しかしボータイやアスコット・タイがつきものの燕尾服やらフロックコートが日常的に着られるものではなくなり、今の背広の先祖であるラウンジ・スーツが定着するころ、これと相性のいいネックウエアとしてフォー・イン・ハンドが定着するのである。

蝶ネクタイ(ボータイ)の謎

一方、ここ数年、アメリカン・トラッド(アメトラ)系のファッションが再流行していて、その重要アイテムとして復権しつつあるのがボータイBowtieだ。直訳すれば「結ぶタイ」だが、日本では、その形状から「蝶ネクタイ」の名で一般に知られる。
あれはそもそも何なのか、といえば、これまでも紹介したように、十七世紀後半から十九世紀半ばまで、男性の襟元はフランス軍に加わったクロアチア兵にちなむクラヴァットというものが結ばれた。これは結び目の部分と、下に垂らす部分があって、特に十七世紀のものについては、まさに今の蝶ネクタイのようなものが結び目を飾っていた。
十九世紀の半ばから、結び目の部分と、下に垂らす部分に分離した。結び目部分がボータイに、垂らす部分が今の普通のネクタイに進化したと言える。
十九世紀の後半から第一次大戦ごろまで、ボータイが紳士の正統なファッションで、結び下げる普通のフォー・イン・ハンド・タイはカジュアル、略装というイメージだった。一九一〇年代から普通のネクタイが広まって、ボータイは古風なものとなるが、第二次大戦時の英国首相チャーチルは、ほとんど常にボータイで通したことで有名だ。
十九世紀後半に成立した礼装では、ボータイ着用が基本となる。燕尾服のホワイトタイは白いコットン製、タキシード用のブラックタイは黒いシルク製が普通だが、このようにモノトーンのものが最上で、単色、水玉、そしてストライプなどの柄物と順にカジュアル度が増すのは普通のネクタイと同じである。
初めから結び目ができていて、クリップで留める簡易な「レディ・タイド」、あるいは「ディッキー・ボー」より、自分の手で結ぶ「セルフタイ」の方がよりフォーマル。形状としては端が広がった「シスル(アザミ)」と、クリケットで使うバットのようにまっすぐな「バット・ウイング」の二つがあり、前者の方がフォーマルとされる。いわゆる「蝶ネクタイ」というのはシスルタイプのものを指す。
ボータイは、実はどんな服装にも相性が良く、礼装からカジュアルまで応用が利く。ボタンダウンのシャツにボータイ、ジーンズを合わせるといった崩し方は非常に気が利いている。アメリカでは八月二十八日に「ナショナル・ボータイデー」という、蝶ネクタイの良さを再発見する催しがあるそうである。


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