『スーツ=軍服⁉』(改訂版)第110回
『スーツ=軍服⁉』(改訂版)連載110回 辻元よしふみ、辻元玲子
※本連載は、2008年刊行の書籍の改訂版です。無料公開中につき、出典や参考文献、索引などのサービスは一切、致しませんのでご了承ください。
③シルクハットの時代
◆さまざまな帽子が出そろう十九世紀後半
ナポレオンが好んだ二角帽は、軍隊では十九世紀半ばまでに官帽子などに座を譲って、特殊な儀式などの大礼帽となった。また、折りたためば携帯できるその形状から、舟形帽(ドイツ語でシフヒェン。英語ではギャリソン・キャップ=野営帽)と呼ばれる略帽が生まれ、二十世紀以後の各国軍隊で使用された。これの原型はナポレオン軍で使用していた警察帽と呼ばれるものだと思われるが、十九世紀初めのフランス警察で使用していたタイプの略帽である。
二角帽に代わり、十九世紀の英国で民間用の帽子として主流となったのが、もともとは狩猟用のトップハット、つまりいわゆるシルクハットである。これは頭の保護のために大きなトップがついているもので、由来から言えば狩猟帽である。英陸軍や海兵隊の下士官兵用制帽ともなったが、その後はフロックコートと合わせる最もフォーマルな帽子となり、十九世紀いっぱいはシルクハットの世紀となるほど流行を極めた。野外用のトップハットは本来、ビーバーの毛皮を用いたのだが、十九世紀後半には毛皮の光沢を模したシルク製のものが主流となり、シルクハットという通称が登場した。だから明治以後の日本では絹帽子(きぬぼうし)とも呼んだ。
十九世紀半ば、第二代レスター卿トーマス・コークが、アウトドア用に、特に堅い素材を使い、トップハットよりは低い帽子を特注した。後にチャップリンのトレードマークとなる山高帽の起源である。トーマス&ウィリアム・ボウラーがデザインしたので、英語ではボウラーハットと呼ばれる。アメリカではダービーとも称するが、これは英国のダービー競馬ではなく、ケンタッキーダービーから来た用語ではないかと思われる。
またエドワード・アルバート皇太子が、ドイツの帽子生産地ホンブルクから英国に持ち込んで、シルクハットに次ぐフォーマルな帽子として定着したホンブルク帽も長く世界中の紳士に愛された。特にこの形式で、柔らかいフェルト製のものは、その種の帽子を愛好した俳優が出演した、当時の芝居のタイトルからフェドーラと呼ばれて広く流行した。日本でいわゆるソフト帽、あるいは中折れ帽である。イタリアの有名帽子ブランドであるボルサリーノの製品がつとに知られている。
同じく十九世紀半ばから、英国の貴族階級の狩猟用に広まったフラットキャップ、日本でいうハンチング(鳥打ち帽)も広く普及し、カジュアルな場面で着用する帽子として人気を得た。