七織桜屍
この辺りの色街で大店と言えば、渓仙楼の他にない。
気立ての良い器量良し、芸事に通じているのは勿論、文学にも精通した才女ばかりを揃えた店で過ごす時間は、まさしく仙女の棲まう渓谷の如しという。無論、その花代も埒外で、公家や華族でなければとても払えないという噂が、まことしやかに語られているが、真相は分からない。渓仙楼は一見の客はお断り、新規の客は取らないという。
そんな大店に私が出入りを許されたのは、他ならぬ上客の要望であるからだ。
渓仙楼は豪奢とは無縁の、むしろ質素と言ってもよい店構えをしている。そのくせ、内装は黒を基調とした古風で優美な調度品で整えられていた。飾柱は黒漆で彩られ、螺鈿細工の鶯が羽を休めている。
「お待ち申し上げておりました。帯刀様は牡丹の間でお待ちです」
美しい容貌の仲居が先に立ち、案内する。甘い、白梅香の匂いに目眩がした。私のような若輩には不相応の場所だ。前を歩く女の白いうなじ、匂い立つような色香から目を逸らし、彼女の魂の輝きに目を向ける。赤錆びたような色合いに辟易した。人というものは、本当に見た目には依らない。特に女という生き物は。
「こちらです」
障子の前で仲居が膝をつき、中へ声をかける。
「帯刀様。木山様がいらっしゃいました」
暫くして、中から「入れ」と低い声がする。
障子が開くと、むせ返るような香と女の匂いに顔を背ける。
あられもない姿で横になる二人の女性、その傍で胡座に片膝を立て、煙管を咥える若い男。鍛え上げられた肉体、盛り上がるような肩周り、黒々とした前髪を掻き上げ、男は破顔する。
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