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夜香月梟

 屋敷町の三条小路、二本松のバス停の先に祖母の家があった。
 脇道へ入り、緩やかな坂になっている石畳の路を登っていく。白い漆喰塗の塀が延々と続き、途中で一息ついて背後を振り返ると、それほどまだ登ってきていないらしい。思わずため息が溢れる。祖母の屋敷が小高い丘の上にあることを、来る度に恨みがましく思ってしまう。
 ようやく坂を登り切り、息を整えて顔をあげると、塀に囲まれた屋敷の門扉が見えた。
 堅く閉じられた扉を拳で叩きながら祖母の名を呼ぶ。
 ややあって、脇の戸が開くと、中から腰の曲がった祖母が顔を出した。孫との久方ぶりの再会だというのに、その表情はお世辞にも上機嫌とは言えない。
「遅かったじゃないか。元」
「いきなり呼び出しといて、それはないだろ…。どうして門扉を閉じてるのさ」
「……招かざる客が来るかもしれないだろう。まぁ、追々話そうかね」
 玄関へ入ると、沓脱にスニーカーとブランド物の革靴が揃えて置いてあるのを見つけて驚いた。
「え? 客人?」
「そうだよ。私がお呼びしたんだ。お前を待っていらっしゃるんだ。それなのに、お前は」
「何も話さずにいきなり『今から来い』なんて言われても、こっちにだって準備とか色々あるんだよ。なんだよ、もう」
 我が祖母ながら滅茶苦茶だ。父も祖母のことを偏屈だと言っていたが、最近は特に酷い気がする。
 やれ鬼灯を摘んでこいだの、やれ榊を庭に植えろだの。そんなことを唐突に言いつけてくるのだ。父も母も呆けてしまったのではないかと話し合っていたが、これはもしかするといよいよ真実味が帯びてきた。
「あ」
 はっ、となる。スニーカーはともかく、高級な革靴というのは如何にも詐欺師のそれではなかろうか。変な物でも買わされたのかもしれない。しっかりしていると思っていた高齢者ほど被害に遭うというし。

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