Jamie Isaac / (04:30) Idler

本作は高らかに告げる。ジェイミー・アイザックが現代コールド・ソウルの最高峰であることを。

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2018年上半期の現在、サウス・ロンドンの音楽シーンが隆盛を誇っている。久々にイギリスのロック・バンドが作り出したムーヴメントということもあり、日英のメディアがそれを騒ぎ立てている。『ウィンドミル』というパブや、『ソー・ヤング』というメディアがファット・ホワイト・ファミリーやシェイム、ゴート・ガールといったバンドたちと共に、このシーンを盛り立てているといったことが、英メディアから伝わってくる。日本では、そういったムーヴメントと共にトム・ミッシュをはじめとしたUKジャズ~ソウル界隈の音楽家も紹介されている。

本稿の主人公であるジェイミー・アイザックは、そこに巻き込まれることを避けるように(もちろんそんなことはないだろうが)、雨が降り注ぐサウス・ロンドンから、太陽がさんさんと照るカリフォルニアに移住し、2ndアルバム『(04:30) IDLER』を作り上げた。だから、ジェイミー・アイザックがかつてそこにいたからと言って、本作を必要以上に南ロンドンと繋げながら語るようなことはしてはならない。とはいえ、彼のデビュー作『Couch Baby』(2016)やそこにいくつかの楽曲を付け加えた『Couch Baby (Revisited)』(2017)、またそれらに先立ってリリースされた『I Will Be Cold Soon』(2013)、『Blue Break』(2014)といった2枚のEPやミックステープ『Loose Grip』は、彼が南ロンドンで制作したものであることも事実だ。だから今から彼のキャリアを振り返るときに、ぼくたちは必然的にサウス・ロンドンについても触れることになる。

南ロンドンはクロイドンで生まれ育った彼は、クラシック音楽をたしなみながら、1950年代後半〜60年代前半のウエスト・コースト・ジャズやチャット・ベイカー、デイヴ・ブルーベック、ビル・エヴァンスといったオールドスクールなジャズを愛した。また、幼少の頃よりタクシー運転手の父からたくさんのファンク、ソウル、レア・グルーヴ音源を浴びるように聴かされ、その影響でマーヴィン・ゲイの信奉者になったようだ。他にもジェイ・ディラやアッシャーをフェイバリットに挙げ、『Couch Baby (Revisited)』にアリシア・キーズ「Un-thinkable」のカヴァーを収録するなどヒップホップ~R&Bの影響もあり、ポスト・ダブステップ以降の感性と技術で今挙げたジャンルをミックスしたのが彼の音楽であると、ひとまずは言える。

彼はアデルやエイミー・ワインハウスも在籍していたBRITスクールに進学したのだが、そこでキング・クルールことアーチ―・マーシャルと出会った。これは彼のキャリア初期にとって決定的な出来事だった。ジェイミー・アイザックはアーチ―・マーシャルのセカンド・アルバム『A New Place 2 Drown』に唯一の参加アーティストとしてクレジットされているし、アーチ―・マーシャルは「エドガー・ザ・ビートメイカー」名義でミックステープ『Loose Grip』に三曲のリミックスを提供している。また、「キング・クルール&ジェイミー・アイザック」という連名でリミックスを手掛けたこともある。これほど盟友らしい盟友はないのではないかというくらいの仲だ。アーチー・マーシャルの他にも、新作『Dear. Annie』をリリースしたばかりのレイジー・スノウをはじめ、『Loose Grip』に参加している面々はジェイミー・アイザックがロンドンで出会った仲間たちであり、これらのことから彼は南ロンドンで、クリエイティヴなコミュニティを形成していたことが伺える。

『I Will Be Cold Soon』、『Blue Break』といった初期の2枚で、彼は自身の音楽的スタイルの核をある程度確立していたといえるだろう。深く沈む込むようなアンビエントを背景にパーソナルなピアノの旋律を忍ばせながら、慎ましやかなヴォーカルを展開し、それらをポスト・ダブステップ以降の音響感覚でデザインしたサウンドは、ポスト・クラシカル~ポスト・チルウェイヴとも共振するようなもので、彼は瞬く間に脚光を浴びることになる。この2枚ですでに指摘できるのは、音響的細部へのフェティシズムが散見される点だ。点描的な電子音だけでなく、ハンド・クラップやフィンガー・スナップ、ビートの鳴りや定位などへのこだわりは彼の同世代の音楽家たちの中でも抜きんでている。これは『Couch Baby』や『(04:30) IDLER』に引き継がれ、そのフェティシズムはより先鋭化していく。

『Couch Baby』収録曲のリミックスが詰め込まれたミックステープ『Loose Grip』については前述したので割愛し、デビュー作『Couch Baby』について言及する。本作が2作のEPと決定的に違ってくるのは、ベースとドラムの音色が頻繁に使用されるようになった点だろう。EPにおける音色の主役は電子音やピアノだったためエレクトロニカ~アンビエントなムードが強かったが、『Couch Baby』ではリズムが明確に存在するようになった。だからここではフェティッシュの対象はキックやハイハット、ベースの鳴りに必然的に移行してくる。ベッドルーム・ミュージック的なフィーリングは残しながら、そこに肉体性を付与することに成功している。この華麗なシフト・チェンジからも彼の音楽家としての才覚が伺える。

ここまできて、ぼくたちはようやく新作『(04:30) IDLER』と向き合うことができる。前述したように本作の作曲はカリフォルニアで行われたそうだ。その影響かは定かではないが、本作はサックス奏者スタン・ゲッツと、ブラジルのボサノヴァ歌手ジョアン・ジルベルトが録音した、ジャズとボサノヴァが手を取り合った名盤『ゲッツ/ジルベルト』からふんだんに刺激を受けているようだ。そのせいか本作に漂うのはこれまでよりもどこか洒脱で、風通しの良い作品に仕上がっている。

『Couch Baby』と『(04:30) IDLER』が決定的に違うのは、前者がセルフ・プロデュース作品であることに対して、後者では何人ものプロデューサーを招いている点だ。ジェイミー・アイザックは本作における多くの楽曲を、『Couch Baby』のミキシング・エンジニアであり、リズム楽器やシンセなども担当していたトム・カーミシェルと共にプロデュースしている。トムはジェイミー・アイザックが所属しているレーベル、マラソン・レコーズ(コートニー・バーネット、ジャグワー・マー等が在籍)のハウス・プロデューサーであり、ジェームズ・ブレイク、ラット・ボーイ、コートニー・バーネットの作品のエンジニアリングを手掛けてきた、今注目を浴びている若き敏腕技術者だ。他にもグレイズ(デュア・リパ、ネイオ)、J.Lbs(ケンドリック・ラマ―、スクールボーイQ)、ライアン・ヘムワース(ティナーシェ)、ロイス・ウッド・ジュニア(ソーン、サブモーション・オーケストラ)といった錚々たる面々と共同プロデュースをし、さらにミキシングはクリス・ターブロン(ケレラ、ビヨンセ、エリカ・バドゥ)が担当しているから驚きだ。ジェイミー・アイザックの魅力はそのままに、多様なプロダクションが彼のサウンドをビルド・アップさせているのが『(04:30) IDLER』とひとまずいえる。

そのことは「Wings」における流麗なピアノ・フレーズと切れ味鋭いドラムスを聴けばすぐにわかる。トム・カーミシェルが手掛けたプログラミングが絶妙なアンビエンスを形作りながら、ジェイミー・アイザックのヴォーカル・メロディを演出してゆく後半の展開は二人の見事なコラボレーションがあってのものだろう。続く「Doing Better」はグレイズのプロデュースだけあって、ネイオ『For All We Know』でも聴けた、特徴的なシンセのレイヤーが存在し、それがJディラ譲りのビートと絡みあい迫力満点のサウンドになっている。J.LBSと制作した「Maybe」はセクシーなコーラスをタイトに炸裂するドラムスが支えており、これほどまでのダイナミズムをジェイミー・アイザックが獲得していることは素晴らしい成果だ。ロイス・ウッド・ジュニアとの共同プロデュースである「Eyes Closed」の左右を自在に行き交うトラップ的なハイハットは、ジェイミー・アイザックの音楽における空間の使い方に幅を持たせることに成功しているし、「Delight」は脈動するようなシンセベースと金属的なエフェクト、脈打つようなシンセの相乗効果が静かな迫力を産み出している。ライアン・ヘムワースと手掛けた「Melt」はジェイミー・アイザックのシルキーなファルセット・ヴォーカルを存分に堪能でき、足音のフィールド・レコーディングから始まる「Drifted _ Rope」は様々な変調を施したヴォイス/ヴォーカルの使い方が特徴で、本作で最も音響的にユニークな楽曲といっても過言ではない。

前半でも述べたように、ジェイミー・アイザックはサウス・ロンドンのシーンから出現した音楽家であり、インタビューを読んでも、自身の音楽性を高めてゆく際にサウス・ロンドンというエリアから影響を受けているとのことだ。ただ、やはり彼の音楽を聴いていると、どこか地域性のようなものから切れた部分があるような感じがしてならない。実際、本作はカリフォルニアで作られた部分も大きいし、参加しているプロデューサーたちも国籍に縛られてはいない。だからとりあえず、ぼくはこのひんやりとしたソウル・ミュージック=コールド・ソウルをサウス・ロンドンの喧騒と共に聴くことはせず、ただそこで鳴っている音に耳を澄ませていたい。シーンとの連関については、それからでも遅くはないだろう。

八木皓平(音楽批評家)

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