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[ためし読み]『国際日本研究への誘い 日本をたどりなおす29の方法』

「日本人の宗教観」「日本国憲法」「3.11後の暮らし」など、海外でも関心の高い主題を解説する本書は、『日本をたどりなおす29の方法――国際日本研究入門』の姉妹編です。

本書から3テーマの冒頭箇所を公開します。

  • 有澤知乃「カーティス・パターソン——筝曲家インタビュー」

  • 友常勉「日本社会と天皇」

  • 浅川雅己/友常勉「戦後日本の経済と経営」


カーティス・パターソン――箏曲家インタビュー

有澤知乃

 日本の伝統楽器というと、まず箏(こと)を挙げる人が多いのではないだろうか。正月になると、レストランやデパートで箏の音楽をよく耳にし、演奏者は着物姿で登場することが多いので、箏というと、昔のもの、伝統的なもの、というイメージが一般的に強いと思う。確かに、箏の歴史は長く、日本の伝統楽器の代表といえるが、その長い歴史の中で、箏の音楽は、どんどん変化して、常に新しい要素を取り込み進化し続けてきた。現在では、箏は海外でも演奏者が増えて、日本人以外の専門家も多くみられる。そのお一人が、アメリカ人のカーティス・パターソンさんだ。パターソンさんは、アメリカの大学で箏に出会い、来日して研鑽を積んだ後、現在ではプロの箏曲家として活躍されている。パターソンさんにとって、箏の魅力とはどのようなものなのか伺った。(…)(p.164)

「箏」についての註から
 現代の日本語では「琴」の漢字が用いられるのが一般的である。しかし、「琴」と「箏」は厳密には異なる楽器を表していた。「琴」は「柱(じ)」とよばれるブリッジがないもので、中国伝来の「七弦琴(しちげんきん)」などに用いられた。「箏」は柱を立てるもので、現在一般に普及している十三弦の箏は、本来はこの漢字を使用する。一方で、「和琴(わごん)」と呼ばれる日本古来の六弦の楽器は、柱を立てるが「琴」の字をあてている。また現在は、柱を立てる十三弦の「箏」を指す場合にも、「琴」を用いることが多くある。(p.164)
 


日本社会と天皇

友常勉

Ⅰ 「万世一系」と「男系男子相続」について

 日本社会と天皇というテーマにかかわって、まず「万世一系」性と「男系相続」について考えよう。いずれもそれを絶対視すれば虚構になる。「大日本帝国憲法(明治憲法)」の第一条は、近代において制定された天皇の法的な根拠である。ただし、そうした皇統の正統性とは、『古事記』『日本書紀』以来繰り返されてきた主張である。それは中国の「易姓革命」(天命を受けた天子に不徳があったとき、別の姓の者が新王朝を興すこと)に対して、日本の王朝が不易であり純正であること、それゆえ日本の王朝には他国にない正統性があることを示すために構築され制度化された。

 女系ではなく、男系男子による相続を絶対化する「男系相続」も同じように、皇統の正統性を補強するために繰り返されてきた主張であり、制度化された体制である。しかし、古代社会において、女性天皇は例外ではなかった。それは義江明子が以下のように述べているとおりである。(…)(pp.266-267)



戦後日本の経済と経営
  ——浅川雅己氏インタビュー

浅川雅己
インタビュアー:友常勉

――かつて戦後日本の経済は年功序列制や終身雇用制がその特徴とされてきました。このような「日本的経営」はどこから生まれたのでしょうか。また、今後も存在していくのでしょうか。

 年功序列制を維持できる条件が失われてきていることはまちがいないです。グローバル化が進む中で、外国資本の参入障壁となるような日本独自の慣行を維持できなくなってきていることもありますが、もう一つは少子化のような人口再生産のインパクトも大きいといえます。このことを説明しましょう。

 いわゆる「日本的経営」の起源ですが、それは基本的には、イエスタ・エスピン=アンデルセンがいうところの「保守主義レジーム」の一種としての日本経済の特性にもとづくものです。日本のような後発資本主義社会は、明治国家の近代化が「上から」すすめられたように、統制した産業政策をとります。そこには労働者の企業横断的、産業横断的移動を抑制するという傾向があります。そこで、労働市場の横方向の移動が抑制されていることに対応して、企業の側が、それぞれの企業ごとに、労働者の企業特殊的な技能を育成します。その結果、年功序列制や終身雇用制が形成されました。これがいわゆる「日本的経営」です。

 社会民主主義型レジームも、自由主義レジームも、基本的に企業・産業横断的な労働移動が優勢な労働市場に対応しています。日本のように労働市場の横断的移動が抑制される傾向があると、一律の普遍的な福祉制度はできにくい。そのかわり職能別の福祉制度になります。国民年金と厚生年金のようにです。そこで生まれる格差をどう補っていくかというと、家族の自己負担です。福祉サービスを自給自足で補うようにするわけです。それがワークライフバランスのゆがみを生んでいます。そうしたゆがみは、女性の過重負担や男性からの生活能力の剝奪につながり、そこから少子化や晩婚化といった人口再生産のトラブルが生じるわけです。その矛盾の積み重ねとグローバリゼーションのために、「日本的経営」を維持する条件は失われてきています。

 こうした事情は、ジェンダーの問題にもかかわっています。(…)(pp.371-372)


【目次】
はじめに


第1章 日本語ってどんな言葉?
あなたは日本語の文法を知っていますか・・・・・早津恵美子
日本語にはなぜ挨拶表現が多いのか・・・・・坂本惠
「すみません」の言外の意味・・・・・谷口龍子
依頼のEメール 谷口龍子(日本語)/高垣敏博(スペイン語)/成田節(ドイツ語)/ 三宅登之(中国語)/降幡正志(インドネシア語)/大谷直輝(英語)

第2章 人間と文学を語る
恋を歌う――古典和歌の豊かな森から・・・・・村尾誠一
俳句による日本語・日本文化教育の実践・・・・・菅長理恵
夏目漱石と近代日本・・・・・柴田勝二
村上春樹と東アジア・・・・・柴田勝二
日本文学とアジアの文学・・・・・川口健一

第3章 ニホンのブンカ系
カーティス・パターソン——箏曲家インタビュー・・・・・有澤知乃
「Jポップ」というポピュラー音楽——日本の「失われた(経済的)三〇年」の背景・・・・・水越真紀
清志郎、原発、お月さま・・・・・橋本雄一
〈アニメ映画〉に吹く風――宮崎駿の仕事・・・・・今村純子
翻訳文化と日本語・・・・・山口裕之

第4章 日本の中のいろいろなコトバ
国語と日本語・・・・・前田達朗
標準語と方言・・・・・前田達朗
障害者とリテラシー・・・・・ましこひでのり
二風谷におけるアイヌ語・アイヌ文化の継承・・・・・萱野志朗/友常勉
日本語学習者の多様化と日本語教育・・・・・小林幸江

第5章 戦後日本の枠組み――天皇・憲法・東アジア
日本社会と天皇・・・・・友常勉
日本の宗教と国家神道・・・・・島薗進/友常勉
幸徳秋水と現代世界――戦争、庶民、アジア・・・・・橋本雄一
日本国憲法第九条と戦後体制・・・・・石川晃司
戦後言説と冷戦責任・・・・・岩崎稔

第6章 現代日本の暮らしと文化
「教育の機会均等」とは何か・・・・・岡田昭人
米からコメへ――日本社会のなかの米・・・・・野本京子
東日本大震災後の集落の暮らし――丸森の町から・・・・・野本京子
高度経済成長とサラリーマン文化・・・・・山口裕之
戦後日本の経済と経営・・・・・浅川雅己/友常勉

おわりに

【書誌情報】
国際日本研究への誘い――日本をたどりなおす29の方法

[編]坂本惠・友常勉・東京外国語大学国際日本研究センター
[判・頁]A5判・並製・384頁
[本体]2400円+税
[ISBN]978-4-904575-98-7 C0081
[出版年月日]2022年4月1日発売
[出版社]東京外国語大学出版会

【編者紹介】
坂本惠
(さかもと・めぐみ)
東京外国語大学名誉教授、日本大学文理学部教授
専門:日本語学、日本語教育

友常勉(ともつね・つとむ)
東京外国語大学大学院国際日本学研究院教授
専門:日本思想史

東京外国語大学国際日本研究センター
東京外国語大学国際日本研究センターは2009年4月に設立され、日本語教育の方法や日本の文化・社会に関する研究分野にかかわるテーマについて調査研究し、その成果を教育面にも反映・還元していくことを目標としています。留学生日本語教育センター、そして学部・大学院で日本語を含む28専攻語・地域についての教育研究体制を擁する東京外国語大学での日本語・日本研究は、「日本」をベースとしつつ、世界の諸言語・諸地域との比較研究をつよく意識せざるを得ません。このような恵まれた環境を最大限に活かし、海外の研究者との情報ネットワークを構築し、国内外における日本語・日本教育研究機関と連携しつつ、多様化する日本語学習者に対応した教育研究を進め、その成果をひろく社会に還元してまいります。

※肩書・名称は本書の刊行当時のものです。

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