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[ためし読み]『香港残響 危機の時代のポピュラー文化』「はじめに」より

激動する香港、「転がる石」に何が起きたのか――。

誰かによって、声高に表明されることのない、
人々の日常に刻印された記憶

2019年以降の急激な政治変動の中で、偶然に、あるいは不可避的に生起し、人々の感情を強く喚起したさまざまなポピュラー文化。
その生成の背景を、内的な文脈に基づいて読み解くことで、危機の時代の香港社会が抱えていた課題、決して声高に語られることのない「空白部分」が鮮やかに浮かび上がる。

「はじめに」の冒頭を公開します。


はじめに――香港危機の残響

「香港は死んだ」――香港において国家安全維持法という法律が施行された直後の二〇二〇年七月一日、日本のある新聞が一面に掲載した言葉である。その言葉を目にしたとき、なんとも言えない気持ちになった。

 たしかに、と思うところがなかったわけではない。二〇一九年六月以降、香港は逃亡犯条例改正問題をめぐり、大きく揺れた。法律改正に対する抗議は、大規模な反政府運動へと発展した。反送中運動、流水革命、「黒暴」など、この運動は立場によりさまざまな名称で呼ばれるが、本書では以下、比較的中立的と思われる「反送中運動」の名称を用いよう。国家安全維持法、通称「国安法」は、この反送中運動を抑え込むために中国の中央政府が導入した法律であり、政権に反対する広範な言動を禁じている。

 この運動と国安法が、香港社会に大きな変化をもたらしたのは間違いない。反送中運動の本格化から国安法制定に至る期間、私は東京外国語大学の大学院に在籍し、香港の文化に関する研究を行っていた。観察し、記録しようとするそばから、目の前の社会の現実は大きく変わっていき、ある日書いた一文を、翌日には過去形に直さなければならないような日々が続いた。研究のための資料として依拠していたオンラインの記事は、メディアの運営停止に伴い、次々とリンク切れになっていった。

 国安法がもたらした変化により、かつてイギリスの統治下で発展し、一九九七年の中国への主権移譲(いわゆる「香港返還」)後も「一国二制度」という仕組みの下で保たれてきた、相対的な「自由」や「民主」のあり方は、すっかり変わってしまった。だから「香港は死んだ」という言葉は、市民を含め、香港を知る多くの人々の当時の感覚とも、そう離れてはいなかっただろうと思う。上述の新聞記事が香港でも一定の共感と賞賛を集めたことも知っている。

 しかし個人的には、政治危機後の香港の変化を「死」として語ってしまうことには、どこか違和感があった。単に一つの制度が死に、それが担保していた自由が死んだというのであれば、それはわかる。しかし、それでもこの街では、人々が生きて、暮らし続けているのである。

 だとすれば、私たちは、変化のあともなお生き続けているこの街と、どのように向き合っていくべきなのだろう。香港から、これまでのような形で、声が上げられることがもうないのだとすれば、どのような形で、どのような情報を通じて、この街の現状を理解していけばいいのだろう。それが一人の地域研究者の卵としてこの危機に直面して以来、私自身が自問自答し続けてきた課題であり、本書の根源的な問題設定である。

 集団的な暴力の行使が社会に及ぼす長期的な影響を「リヴァーバレーション(残響)」と呼んで考察した人類学の研究がある(註1)。残響とは元来、ある音――たとえば演奏によって楽器本体から発せられる音――が鳴り止んだあとに、その空間にしばらく残る反響音を指す。その研究によれば、暴力を伴う大きな政治変動は、それがまさに起こっている一時限りの現象ではなく、社会に残響のような痕跡を残し、末長く人々の意識に取りついていく、という。その意味では政治危機には、明確な「終わり」も、おそらく「死」もないのだ。

 二〇一九年の動乱と国安法導入後の急激な社会変革は、誰かによって声高に表明されることはなくとも、必ず社会になんらかの残響を残しているはずである。それに耳を傾けるために、政治活動家の言動や、政治制度の変遷とは異なる観点から(註2)、二〇一九年の反送中運動を経て国安法制定に至るまでの危機の時代の香港を取り上げていくこと、それが本書のねらいである。

 本書ではとりわけ「普及文化」との関わりから、香港の政治危機を捉え直していきたい。この語は、いわゆるポピュラー・カルチャーという英語を中国語/広東語(註3)に訳した学術用語である。日本語では、同じポピュラー・カルチャーに大衆文化やポピュラー文化という訳語が当てられることが多い。本書でも便宜上「ポピュラー文化」の語を用いよう。

 学術用語とはいえ、なにも難しく考える必要はない。この語が指しているのは、平たく言ってしまえば、人々のなにげない日常生活そのもののことだからだ。ポピュラー文化とは、古典音楽や古典絵画、古典文学など、一定の権威を認められ、教養の一部とされるような高尚な文化、つまりハイ・カルチャーではなく、ある地域において歴史的に長く引き継がれてきたと考えられている伝統文化との関わりも薄いが、多くの人々が日常の中で行っている大衆的な文化実践を指す(註4)。

 香港の学術界においては、この語は、一九世紀半ば以降、香港を統治してきた宗主国イギリスのハイ・カルチャーとも、中国ナショナリズムの文脈で公式に称揚される国民文化とも、あるいは元来今日の香港の領域が属してきた華南、広東地域の伝統文化とも異なる、香港社会において独自に発展した生活様式を指す言葉として用いられてきた。とりわけ、大衆的なコミュニケーション・ツール、つまりマスメディアなどを通じて流布し、多くの人々に楽しまれてきた音楽、ドラマ、映画などの娯楽作品や、日々の生活の中で大衆が日常的に売買し、消費する商品や飲食物に関して研究が蓄積されている(註5)。

 そんな一般大衆の日常生活としてのポピュラー文化に着目したいのは、政治危機が訪れ、去っていく前にも後にも人々の日常生活は続いているからであり、また実際に過去の香港のさまざまな政治変動の中で、娯楽や消費を含め、日常生活に関わる想像力が大きな役割を果たしてきたからである。私は、こうした文化こそが、これまでにも断続的な政治的変動を越えて、香港という街の歩みを後の世へと伝えてきた「残響」そのものである、と考えている。

註1 Navaro, Yael, Zerrin Özlem Biner, Alice von Bieberstein, and Seda Altuğ eds., Reverberations: Violence across Time and Space, Philadelphia: University of Pennsylvania Press, 2021.
註2 こうした観点から二〇一九年の反送中運動を整理した書籍は、日本においても数多く出版されている。たとえばジャーナリストによる取材録の類として小川善照『香港デモ戦記』集英社(二〇二〇年)、野嶋剛『香港とは何か』筑摩書房(二〇二〇年)、益満雄一郎『香港危機の七〇〇日 全記録』筑摩書房(二〇二一年)、藤本欣也『香港人は本当に敗れたのか』産経新聞出版(二〇二一年)、当時香港に在住していた日本人らの回顧録である石井大智編『「小さな主語」で語る香港デモ』現代人文社(二〇二〇年)、香港で出版されたエッセイ集の翻訳である日本語版「消えたレノンウォール」翻訳委員会『香港 絶望のパサージュから語りの回廊へ』集広舎(二〇二三年)、研究者、大学関係者を中心に編まれた論集である倉田徹・倉田明子編『香港危機の深層―「逃亡犯条例」改正問題と「一国二制度」のゆくえ』東京外国語大学出版会(二〇一九年)などがある。
註3 香港においては、日本で一般に「中国語」と呼ばれる標準的中国語(中国大陸においては普通話、台湾においては国語、華語などと呼ばれる)とは異なる口語である「広東語」が広く話されている。広東語は中国語の方言とされることもあるが、普通話/国語/華語との間の相互理解性は低い(つまり、互いの言語の知識を持たない話者同士が話し合ってもお互いにほとんど通じない)。ただし香港においても、学術論文を含む正式な書き言葉としては、語彙、文法双方の面で標準的な中国語文に近い言語が用いられる。この「普及文化」も文語、口語双方で用いられる言葉であるため、それが果たして中国語であるか、広東語であるかを厳密に区別することは本来あまり意味をなさない。本書では以降、香港の広東語話者が用いる言葉について、それが文語的であろうと口語的であろうと、便宜上「広東語」と通称する。なお広東語の発音を表記する必要がある際は、香港語言学学会の粤語拼音方案(通称「粤拼」)を用いる。
註4 こうした解釈は、おそらくポピュラー文化を論じる研究者の多くが合意するものだと思うが、筆者のポピュラー文化理解はとりわけ文化人類学的用法に強く影響を受けている(たとえばBecker, Heike, “Popular Culture, Anthropological Perspectives on,” The International Encyclopedia of Anthropology, ed. Hilary Callan, Hoboken: John Wiley and Sons, published
online at https://doi.org/10.1002/9781118924396.wbiea1691 最終閲覧日二〇二二年一〇月二四日)。
註5 ある香港文化研究の論集は、「普及文化」という言葉を、大衆的なメディア活動と消費活動の総称として定義している(吳俊雄・馬傑偉・呂大樂「港式文化研究」、吳俊雄・馬傑偉・呂大樂編『香港・文化・研究』香港大學出版社、二〇〇六年、九頁)。ポピュラー文化をめぐる細かな定義は地域や学問分野によっても異なるものと思われるが、こうした香港における伝統を踏襲した語として用いる。

香港イメージの変遷

(後略)


目次・書誌情報・著者紹介

【目次】
はじめに――香港危機の残響 ←公開
 香港イメージの変遷
 政治問題への関心の偏り
 「オタクたちのデモ」論の限界
 本書の構成
第1章 煽動する文字――言葉からみる香港危機
 煽動文字
 危機前夜の香港
 燃え広がる火種
 乗り越えられた分断
 内向きの宣伝
 ささやかな革命
 鍋底の約束
 無文字の標語
第2章 不協和音―ポピュラー音楽からみる香港危機 
 香港の歌手は奪えても
 反送中運動のソングブック
 香港における歌と政治
 社会派ソングの台頭
 ラブソングの死
 北進する歌手たち
 政治化時代のポピュラー文化
第3章 もう一つの前線――郊外からみる香港危機
 「まさか大埔が……」
 「新界」という場所
 沙田ニュータウンの見た夢
 新城市広場の変貌
 コミュニティ化する抗議運動
第4章 嵐の中のティーカップ――ミルクティーからみる香港危機
 危機と日常のあいだ
 平凡な暮らしの政治化
 新型コロナ禍とミルクティー同盟
 ミルクティー同盟とは何だったか
 象徴としてのミルクティー
第5章 乱流下の平安――娯楽復興からみる香港危機
 「死」と消失の一年
 文化という前線
 やわらかい抵抗
 また会う日まで
おわりに――香港に何が起きたのか
 転がる香港に生えた苔
 政治危機のあとに残るもの
 民主主義の退潮後の世界のために
あとがき

【書誌情報】
香港残響――危機の時代のポピュラー文化
[著]小栗宏太
[判・頁]四六判・並製・360頁
[本体]2900円+税
[ISBN]978-4-910635-12-5
[出版年月日]2024年8月31日発売
[出版社]東京外国語大学出版会

【著者紹介】
小栗宏太
(おぐり・こうた)
1991年生まれ。中部大学国際関係学部国際関係学科卒業。米オハイオ大学大学院政治学専攻修了(修士)。東京外国語大学で博士号取得(2023年)。現在東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所ジュニア・フェロー。共編著に『香港と「中国化」――受容・摩擦・抵抗の構造』(明石書店、2022年、倉田徹との共編)、共著に『香港危機の深層――「逃亡犯条例」改正問題と「一国二制度」のゆくえ』(東京外国語大学出版会、2019年)、『地球の音楽』(東京外国語大学出版会、2022年)など。香港ポピュラー文化研究のかたわら、映画『縁路はるばる』の字幕翻訳(2023年日本公開、山田愛玲との共訳)など、香港に関連した作品の翻訳や紹介も行っている。

※肩書・名称は本書刊行当時のものです。

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