[ためし読み]『ウクライナの装飾文様』「はじめに」
刺繍が物語る地域と歴史
帝国の画家が描きとめた故郷の花文様のアルバム
1902年にプラハで、のちにハルキウとサンクトペテルブルクで再刊された、古い刺繍の文様のスケッチ40点をまとめたアルバムです。
これを描いたミコラ・サモーキシュ(1860-1944)は、故郷・ウクライナの文様を写し取る一方、ロマノフ朝の御用画家でもありました。
サモーキシュの生涯を繙き、ナショナリズムが芽生えていった時代について考える解説を付けて、このアルバムを複製しました。
本書から「はじめに」と、原書の表紙、1点目の図版を公開します。
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はじめに
本書は、ウクライナ出身の画家ミコラ(ロシア語ではニコライ)・サモーキシュ(1860—1944)が、故郷で蒐集した古い刺繡の文様のスケッチ40 点をまとめたアルバムです。1902 年にプラハで出版され、のちにハルキウとサンクトペテルブルクで再刊されました。花と蔓をモチーフとしたそれぞれの絵はカードになっていて、一枚一枚を飾ることもできるように作られていました。本書では、陽射しを浴びているかのように明るく、のびのびとしたその色彩を、できる限り再現しています。
サモーキシュは、このアルバムに『ウクライナの装飾文様』と題名をつけました。彼が生きたのはウクライナにナショナリズムが育っていった時代であり、それへの共感を抱きつつ、故郷の民衆文化を描いたのでしょう。しかし同時に、サモーキシュはロシア帝国の中央でキャリアを歩んだ人物でもありました。皇帝の公式アルバムの挿画を担当し、ロマノフ朝の御用画家として、「ロシア様式」と名づけられた帝国の古い文様を描く名手でもあったのです。
19世紀後半から20世紀初頭は、諸民族のナショナリズムと帝国のイデオロギーがせめぎあった時代でした。現代と同じように鋭く対立したウクライナとロシアというふたつの軸は、サモーキシュの中にどのように共存していたのでしょうか。それとも、していなかったのか。そして、文様はどうやって国や民族ごとに区分するのでしょうか。本当に分けられるのだろうか――。
本書ではこうした問いを、彩り豊かなアルバムを眺めながら、文様の特徴やサモーキシュの生涯を繙くことで考えます。そうして、文様と画家がどのような歴史のうねりに巻き込まれたのかを捉えてみたいと思います。
巽 由樹子
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