【cinema】太陽のめざめ
9/16鑑賞。
とにかく主人公マロニー役のロッド・パラドの目つきが印象的で、この子はいい役者になれるだろうなぁと思いました。
育児放棄が疑われる母親(サラ・フォレスティエ)と一緒に裁判所に呼び出された16歳のマロニー(ロッド・パラド)は、判事フローランス(カトリーヌ・ドヌーヴ)の目の前で置き去りにされた過去を持つ。問題を起こしてばかりの彼は裁判所へと送られ、10年ぶりにフローランスと再会する。反省を促すも再び事件を起こしたマロニーに対し、彼女は矯正施設への送致を決める。教育係ヤン(ブノワ・マジメル)とフローランスの支え、指導員の娘テス(ディアーヌ・ルーセル)との恋を経て、更生への道を歩んでいくマロニーだったが……。(シネマトゥデイより転記)
原題:La Tete Haute (こうべを高く)
何かすごくいいタイトルだなぁと思いました。なかなか邦題にしてしまうと受け入れられない、というか少し不自然ではあるけれどもそれなら何で「太陽のめざめ」なんだろうとも思うし、映画を見終えて思ったのは、やっぱり原題がしっくりくるということです。
1人の少年の更生を描いた物語、と言ったらそれまでなのかもしれないけれど、親から諦められた子が社会システムによって救われていく様は、本当に本当に、よかったねぇと言いたくなってしまう。
全てに白黒で結果を求めて、決まりきったルールで抑えつけたり、がんじがらめにすることは容易い。私が持っていた世間一般の社会の仕組みってそんなイメージ。だから、フローランス判事をはじめ、教育係のヤンや矯正施設の先生の姿勢って、ちょっと甘いんじゃないの?とさえ思ってしまったけれど、相手は生身の人間。彼ら一人ひとりが「まっとうに」生きていくためには、それこそ愛情が第一で、何ものにも代え難いのだと、改めてこの作品をとおして、教えられました。
大人びて見えるマロニーは、とにかく愛されることを欲していた。どうやってそれを表していいのか、誰も教えてくれない。幾度となく「自分の行動に責任を持て」と言われ続けた彼は、「責任」というものが何なのか、ずっとわからずにいて、それを暴力や破壊行為で紛らそうとしていた。そんな彼が変わっていくのは、彼を愛そうとするテスという少女が現れてからです。愛されることってこういうことなんだと気づいた彼は、自らも愛すること、好きだという言葉を口にしながら、少しずつ変わっていくんです。あんなに刺々しかった彼の目つきは、大切なものを守ろうとする人の顔つきになっている。
あと、マロニーの母親はいわゆるダメダメママなんだけど、それでも芯の部分はブレていなくて、彼女なりに息子たちを愛していて、憎めない。これまでいろんな映画で、数々のダメダメ母を見てきたけれど、彼女はまだマシなのかなと。それがマロニーが常にギリギリのところで踏みとどまれる要因だったのかなとも思いました。
それにしてもヤン役のブノワ・マジメル、しばらく見ない間にいい具合に年を重ねたなぁ!若い頃は声がイヤだなとか、フランス版ショーン・ペンにしか見えんとかあまり好きになれなかったけど、この映画を見て、彼の良さを見直しました。
この映画はクサヴィエ・ドランの「Mommy」とよく対比されるらしいですが、私はストーリー自体は似ていなくてもダルデンヌ兄弟の「ある子供」を見たときと同じような感覚でした。いずれにしろ、どの作品も素晴らしいことには変わりありません。本当に見てよかったです。
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