ブルーハーツについて、覚えていること

記憶のみで書く。
エビデンスは無い。史実と違うかもしれないが別にそれでもよい。


母が俺に「それは見てはダメ!テレビを消しなさい!」と言ったことが1度だけある。

それがブルーハーツだった。

前に書いたが母も祖母も全く教育的ではない人だった。

祖母が「テレビを消せ!」と言ったやつが2つある。
1つは初代のアニメ「天才バカボン」。もう1つは松坂慶子がレオタード姿で「愛の水中花」を歌うやつ。
理由はよく分からない。

母は「〇〇を見てはいけない」という教育的配慮は一切なかった。

その母が「消しなさい!」と言ったのがブルーハーツだった。
後にも先にも他にそんなことは無かった。


ブルーハーツはいつデビューしたのか。ウィキペディアには1985年と書いてる。自主制作で「人にやさしく」をリリース、「リンダリンダリンダ」でメジャーデビュー。
と書いてあるが俺はそんなこと知らない。

ブルーハーツは3曲入りのビデオ「THE BLUE HEARTS」でデビューした。それが俺の知っているブルーハーツのデビュー。

当時、高校生だった俺は「ロッキンオン」を読んでいた。雑誌の内容はほぼ洋楽だったと思う。

そのロッキンオンの後ろの方の、記事ではなく広告のページに「スゴいバンドがデビューする」という内容の広告があった。文面は覚えていない。
それがブルーハーツだった。
日本のロックは追ってなかったが、その広告に目が止まった。
この、俺の記憶を証明するものは無いのだが
「ブルーハーツ  デビュービデオ発売  限定3000本」
と書いてあった。
3万本でも3千万本でもない。3000本と書いてあった。

この「限定3000本」はその後、ブルーハーツがテレビにも出てブレイクし、「限定」という文字そのものが消えた。なんか、うやむやになった。

特にブルーハーツの写真を見て何かを感じたとか、そういうのは全くなかった。
音も聴いたことない、名前もよく知らない。
ただ「限定3000本?全国で?無くなる!」と思ったのだ。

次の日、高校の帰りに福岡県直方市のレコード店「ぽぷら」にブルーハーツのビデオを予約しに行った。
全国で限定3000本だ。予約の段階で無くなってる可能性もある。

そのレコード店「ぽぷら」にはレコードを見に行ったりたまに買ったりで通っていたので店員のお兄さんと会話もよくしてた。

そのお兄さんに「ブルーハーツというバンドのビデオを予約したい」と告げると
お兄さんの顔色が変わった。
「君ブルーハーツ知ってるの?」
何故か早口で小声だった。
写真で見ただけなので知らない。知らないので「ロッキンオンで見たので…」と誤魔化した。なんとか予約に成功した。

クソ田舎町だったので「ブルーハーツってバンドがデビューするらしいね」みたいな会話もない。

ただ、そのレコード店のお兄さんの狼狽ぶりを見て「ブルーハーツってそんなスゴいのか?」と思い、かなり気になった。

ブルーハーツのビデオが発売された日にレコード店に行った。気になって仕方ない。ブルーハーツって何なんだ。

約3千円を払ってブルーハーツのビデオを手にした。

当時、洋楽も邦楽も「動いている、演奏しているミュージシャン」を見れることはレアだった。
MTVっぽいのが深夜にやってたが、アレはプロモーションビデオであって「演奏している姿」ではなかった。
1985年のある土曜日、半ドンの学校を終え、テレビを付けると知らない外国のオバチャンが聴いたことある曲を歌っている。聴いたことあるどころか何百回も聴いた曲だ。これはレッドツェッペリンの「天国への階段」だ。でもこの金髪のオバチャンは誰だ?
それがライブエイドだった。
そのオバチャンはロバートプラントだった。
学校では誰もそんな話はしてなかった。テレビ欄もチェックしてなかった。
そのライブエイドで初めて、ツェッペリンもクイーンも含め「洋楽の人たちが演奏している姿」を初めて見た。

そういう、「音から入って動いてるのを見れるのはレア」な時代に、ブルーハーツは「動く姿」から入った。
めっちゃレアな体験をした。

当時、ビデオデッキは高級品で、居間(リビング)の公共空間に置いてあった。
母もその部屋にいた。
本来は親と一緒に見るのは避けたい。ブルーハーツについて何も知らないのだから。何が映るのかも分からないし。
でも仕方ない。あのレコード店のお兄さんが顔色を変えたブルーハーツってどんなのだ?早く見たくてビデオを再生した。


あの、倉庫か何かでブルーハーツが演奏してる映像だ。
見たことない人の方が少ないと思う。

アレを予備知識ゼロで見た。
なんだこの人の飛び跳ね方は。なんだこの動きは。なぜ正面にいるのにカメラを見ないんだ。
俺は固まっていた。

母が「なんねこの人は!気違いやないね!見たらいかん!消し!消しなさい!」と叫んでいた。

その3曲入りビデオを何度も繰り返し見た。母は諦めたのか消せとは言わなくなった。

そのビデオに入っていた3曲について、前半2曲は何の曲だったか覚えてないが「リンダばっかり繰り返す曲」に驚いた。
今も語られる「ドブネズミみたいに 美しくなりたい」という歌詞に気づくのはレコードを買ってからで、ファーストインパクトは「こんな、リンダの繰り返しだけで曲を作るんだ…リンダしか言ってないじゃないか…」という驚きの方が強かった。そんなゴリ押しの曲を聴くのは初めてだったと思う。

そういう「体験」をした。

この体験をネットで話すとこう言う人が現れる。
「そんな甲本ヒロトの動き方なんて、ピストルズを知ってれば驚くことではない」
これ、ツイッターで実際に言われたんですよ。
いや、オマエは後づけの知識で言ってるだろ?80年代の洋楽アーティストを初めてライブエイドで見たのに、どうやって70年代に解散したバンド、セックスピストルズの動いてる様子を見れるんだ?
全く…ツイッターは…


ブルーハーツは田舎町にもすぐ広がった。
現在進行系で活動してる日本のロックバンドの話なんて高校でも初めてした。
あの、テレビが王様の時代、ロックの人はテレビに出てくれなかった時代、ブルーハーツはフツーにテレビに出てくれてた。

当時はイヤホンではなく、スピーカーで音楽を聴くのが主流だった。

友達が言っていた、ブルーハーツについての感想が忘れられない。

「なんか…聴くのが恥ずかしい…」

1988年までの日本の、特に歌謡曲の歌詞を見れば分かるが、誰も前向きなことは歌っていない。

そんな時代に「ガンバレーー!」とめっちゃデカい声で歌う、それも教育的ではない範囲から、汚い服を着た人たちが、斜に構えてそんなことを絶対に言いそうにない人たちが真正面から、デカい声で言ってくる。

めっちゃ戸惑った。
友達の「聴くのが恥ずかしい」はとても理解できた。
こんな前向きな曲を聴いてる姿を親に見られたら…
こんな前向きな曲で震えている俺を誰かに見られたら…
でも…聴くことを止められないのだ。めっちゃ恥ずかしい歌を、めっちゃカッコイイ曲に乗せて歌ってくれるこの人たちを、聴くことを止められないのだ。

それがブルーハーツについて覚えていることです。

(2855文字)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?