ガンと偽薬

末期ガンで亡くなった祖父が最後に飲んでいた薬が偽薬だったと知ったのは小学生の時分でした。
祖父は私が生まれた年に亡くなったので写真でしか顔を知りません。けれど、祖母や両親、伯父伯母の話にちょこちょこ顔を出しました。
おにぎりが好きで最期の日も食べたこと。お風呂が好きで亡くなる日も入ったこと。おしゃれが好きで、お酒が好きで。酔っぱらうと伯父や父同様、説教をしたこと。威張りんぼで頑固者だけど憎めない人だったと大人たちは口を揃えました。

そんな祖父はガンに侵され、もう手の施しようがない、死を待つばかりだと言われたそうです。告知などしない時代のことですから祖父は知らないままでした。
薬は出せないと言われたそうですが、元看護師だった伯母が偽薬でいい。ただの粉でいいから出してくれと懇願したそうです。そうして出されたただの粉を薬だと偽って伯母は祖父に飲ませました。
祖父はみるみる回復し、お盆には大酒を飲んでどんちゃん騒ぎができました。そして八月の末、寝付くこともなくふっと息を引き取ったそうです。

ただの粉ですから薬の効果ではなく、プラシーボ効果だったのでしょう。
最後の空元気だったのだろうと伯父は言いました。
最後を楽しい思い出で飾れたのは祖父のQOLを大いに向上させたでしょうし、一人残された祖母の心の支えになったのだろうと思うのです。実際、祖父の闘病の話は苦しみよりも最後のどんちゃん騒ぎがメインでした。

辛いことも当然あったのでしょうけど、祖母からほとんど聞きませんでした。
祖父が私を抱っこできなかったこと、それだけは祖母が悔やんでいたことではあるのですが、大好きなお酒をかっくらってひっくり返って寝てという往時の元気な姿を祖母が記憶に留めたのは伯母による偽薬での時間稼ぎの効果に他ならないと思うのです。

生きている祖父を知らない私が話だけで推測しているせいもあるかもしれません。それでも最期までかくありたいと思える死に様だと私は思っています。

終末期医療のあり方が取り沙汰され、祖父の話が何度も思い起こされるこの頃です。

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