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人魚歳時記 師走 前半(12月1日~15日)

1日
今日は山裾のとても古い神社のお祭り。
いつもは無人の神社。
「お札は祝詞が終わってから」と、隣町から来た老女の巫女さんが言うので、車内で待つ。

雲ひとつない真っ青な空にトンビが円を描き、ピューンと鳴きながら、紅葉の鮮やかな山肌の中に吸い込まれていった。

人里離れた山裾の古い神社。
神楽殿。これからお神楽が始まる――この一枚はコロナ騒動の前に撮影。

2日
空気が冷えると、遠くの音が妙に近づく。
掃除機かけて窓を開けたまま二階にいると、
電車や踏切の音、
グランドで子供たちが遊ぶ喧噪、
建物内に響くアナウンスの音声とかが田んぼしかないはずの方角から聞こえててきて、幻の集落へ自転車を走らせたくてソワソワする。


3日
本当に師走かと疑うほど暖かな午後。
人気のない駅。ホームに入ってきた下り列車。車輪の軋む音が息遣いのよう。
駅裏のお宅では、硝子屋が庭先に道具を並べて、割れた窓硝子を交換している。

見るもの全ての陰影が濃い、陽射しの強い冬の午後。

町の細部。


4日
バードバスを作ったのは初夏の頃。
使ってくれた気配は薄く、真夏は藻が湧いたりするので、気が向いた時に渋々と水を替え、落ち葉を取り除いたりしていた。
それが今朝、雀が気持ちよさそうに水しぶきをあげていたので、もういそいそしてしまった。


5日
時間に追い立てられる日は、とても窮屈だ。
ようやく犬を散歩に連れ出す。
収集車が立ち去ったゴミ捨て場の前に、熟す前の小さなイチジクが落ちていた。
「フンッ」と蹴ると、石みたいに影と一緒に転がっていく。それを目で追う間、少しだけ時間が広がった気がした。

枯れても美しい。
枯れて美しく。

6日
車検が近いので車を洗う。
古い車なのに、ワックスを拭きとれば、ピカピカして急に若返って見える。
車もどこか生き物めいている。馬を洗うのはこんな感じかもしれないと思ったりした。
陽を浴び、風がそよぐ中、愛車の周りだけ初夏のような雰囲気だった。


7日
犬の散歩中マナーポーチを落としたのに気付いて、慌てて道を引き返すと、道路脇の木の枝に誰かが引っかけてくれていた。
久しぶりにその道を通ると、木も何も無くなって更地になっていた。
家が建つのかパネルが並ぶのか、密かに名付けた親切の木が恋しい。


8日
夜遅く大根を煮る。柱時計の音だけの冷えた夜に、時おり隣の庭でゴンが鳴く。
ここに移った頃、よくそうして冬の夜を過ごした。土地の大根料理を覚えたからだが、本当は針の音も聞こえそうな田舎の冬を体感したかったのだと、久しぶりに大根を煮て気づく。
ゴンは今はいない。

時には母のない子のように。


9日
二階の窓辺に座り外を見る。
眩しい朝陽。鳩が飛んできて電線に止まった。肥っているので、ブランコみたいに揺れている。
愛猫が鳩に向かって窓越しに鳴く。
その猫の傍らで愛犬を撫でながら外を見て、愛車を取りに来る自動車屋はまだかなと道の向こうに目を凝らす車検の日。

10日
豚モモ薄切り肉から脂を切り取る。白いリボン状の脂身。犬も人も食べない部位。
シャラの木の、滑らかで美しい斑模様の幹に巻き付けてみた。
見つけられるかな?
陽も登り、明るくなって様子を見に行く。脂は綺麗に消えていた。
頭上で数羽の鵯が甲高く鳴き、飛び去った。


11日
夜中に目が覚め、トイレの帰り、窓を少し開いて外を覗く。
とっさに肩をすくめた。
暗く凍り付いた風景の中、ふいに救急車の音が近づき、遠ざかった。市内の総合病院の方へと小さくなるサイレンを聞きながら、見知らぬ病人の回復を祈る。
星が息するみたいに光っていた。

電線と電柱が好きです。月が綱渡りをしている。

12日
雑木林に挟まれた細い道を歩いていると、気配がする。小鳥の群れみたいに、いっぱいの枯葉が舞っていた。
今日は風が強い。
青空の下、後から後から、くるくる踊るように回転しながら枯葉が舞い落ちる。
見ていたら、その一枚一枚に目鼻があるかのように愛しくなってきた。


13日
いただいた白菜はこんもり膨らみ、淡い翡翠色の葉に小さな穴――二枚むしったところで青虫が丸くなっている。
ゴミ箱へ手が伸びた――が、違うな。
草の上に連れて行き、落ち葉を被せた。
夜半に霜が降りて死んでしまうかもしれないが、ゴミではないから捨てられない。困った。

ビビビッ!

14日
午後の遅い時刻、風の中で洗濯物を取り込む。陽が眩しい。冬鳥が盛んに鳴いている。

十代の頃、師走の夕暮れ時、数十年後の自分がどうなっているか猛烈に知りたいと思ったなんてことを、冷えた衣類をカゴに入れながら思い出した。
あの時も、確か風がゴォ―と鳴っていた。


15日
朝の空は鉛色だった。
洗濯をするし、布団も陽に当てたいのにと、歩きながら空を眺めていると、重たげな雲が動き、隙間から円錐形の黄金色した朝陽が差してきた。
陽に照らされる雑木林の向こう集落の中で、犬が吠えている。
そちらに向かって歩いた。

昼前から快晴だった。

今頃の空はとても強烈に感じる。
夕暮れには鯨が泳ぐ空。
もう師走ですね。

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