【物語】砂の上のマミー (#1金目の巨鳥)
夜のない邦
その邦の空には太陽が動かずにいて、常に世界を照らしていた。
だから、その邦に夜はなかった。
しかし暗がりの中でこそ種は芽吹き、果実は実を結び、雌牛は乳を貯め、雌鳥は暁のひとときに卵を産む。
女たちは化粧を落として夫に素顔を見せ、皆で年寄りの語る『我々の邦の物語』に耳を傾ける。
夜がなければ皆が困る。
だから、その邦には、夜を造る人々がいた。
鳥使い
鳥使いと呼ばれる彼らは、この国の治者と、その血族からなる集団だ。
彼らは毎日山に登っては、頂上で鳥笛を駆使して何百何千羽もの鳥たちを集め、太陽を覆い隠して夜を作った。
金目の巨鳥
ある日、巨大な鳥が飛んできて、邦の上から動かなくなってしまった。
その鳥は、一羽で天空の全てを被いつくした。あまりに巨大で、その全容を一度で見た者はいない。
巨鳥は、鳥使いがどれだけ鳥笛を吹こうとも微動だにしない。
そのため邦には夜がずっと続いた。
夫婦は互いに相手に倦み、雌牛の乳は張っていき、雌鶏は卵を産まず、結実した果実も熟れることなく朽ちた。
闇の中では働くことができず、人々は貯蔵していた食物を食べ、夜に飽きて酒を飲み、歌い、騒ぎ、争った。
誰も老人たちの語る邦の歴史に耳を傾けず、彼らは彼ら自身の物語を失っていく。
巨鳥はときどき瞼を開き、金色の目を覗かせる。人々はそれを『月』と呼びだした。
『月』の淡い光の中、邦は荒廃してゆく。
少女ふたり テゴナとコマロ
「このままでは、我々は滅んでしまう」
とうとう治者は、娘のヒサロを贄として差し出すことにした。
十八歳のサヒロは覚悟を決めるが、他の鳥使いたちは、しのびないと、皆反対した。
その昔、治者と共に、この邦を建てた長老が、おもむろに口を開く。
「金目が飛んできた方角へ使者を立て、知恵を集めてきてはどうかね」
その言葉に、治者もひとまず贄は取り止め、熟練した鳥使いの男を使者に選んだ。
そして手児名(テゴナ)と古麻呂(コマロ)という、まだ半人前の鳥使いの少女二人を供につかせた。
(つづく)