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語られてきた荒唐無稽な噂、再び…… 怪奇小説「ベッドの下の男」

『妖怪探偵屋 仏蘭剣十郎』
噂では妖怪を退治する、仏蘭剣十郎。
怪奇な事象に巻き込まれた人々は噂を頼りに探偵まがいの彼にすがる。
好青年の姿とは裏腹に狂気を宿す力の正体とは?

――― 一話完結で語られる、怪異を巡る事件と依頼者の物語。

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 零

 ベットの下に男がいたら、どうなるだろうか。
 確かにそんな噂もあった。それは単なる強盗じみた話でしかないと誰もが鼻で笑いながらも、何処かでは信じていた。
 それは犯罪としてだろうか、怪談話としてだろうか、それとも何か別のモノ。
 どちらにしても、自分も先ほどまではたわいもない話として思っていた。
 ほんの数分前までは、家に帰るまでは。
 帰るといつも通りの光景、いつも通りの日常があった。ただ、一人暮らしでもあるのに奇妙な視線を除けば。
 不気味に思い、視線の主を隈無く部屋中を調べた。そして、ベットの下を見ると男がいた。
 目があった。そして、凶器が目に入った。
 それから家から出たというのに未だに後ろから追ってくる。飽くまで気配でだが。しかし、後ろを見て、確かめる気はない。
 その瞬間に追いつかれる気がするからだ。
 だから、必死に走り続けた。
 すべてが仮定、断定は一つもない。それでも死の恐怖から逃げる。
 必死に走り続けて、気がついた時には何処とも知らない余所の庭に迷い込んでいた。住居不法侵入で逮捕されても構わない。ただ、後ろの存在から逃げられるのなら。
 しかし、庭は広かった。明かりが零れる洋館がそこに建っているというのに、なかなかたどり着かない。
 それでも何とか、玄関に着くと家主に確認を取ることなく、扉を開け、館の中へ入り込んだ。
 ようやく扉を背にして、息を整えることができた。そして、色々な疲労から床に座り込んだ。
 ここまで走ってきたが何処を通ったか記憶がない。ここが誰の家かも分からない。
 館の中を見渡すと西洋様式で統一されており、日本的なモノは何一つ見あたらなかった。まるで別世界に迷い込んだようである。
 冷静になり始めた頭で思ったのは本当に住居不法侵入で逮捕されるかもだった。
 確かにこれほどの館を持つ人間は成金や頭の堅い人間をイメージしてしまう。
「こんな時間にお客様とは珍しいですね」
 声をかけてきたのはメイドだった。まるで西洋人形のような顔立ちをさせたメイドがそこにいた。
「申し遅れました、私はこの館で働かせてもらっている静と申します。ただいま、この館の主を呼んで参りますのでお待ち下さい」
 すんなりと住居侵入を認められた。
 どちらにしても、助かった。取りあえず、変質者にでも追われていたと言えば説明は付くだろう。全くの嘘でもないし。
 だが、忘れていた。自分はまだ、追われていることに。
 扉は今にも壊れそうなほどに叩き付けられている。あれは、ここまで追ってきたのだろうか。
 こちらは冷静になって、住居不法侵入を恐れているのに、相手は殺人罪すら恐れていないのだろうか。
 激しく叩き突かれる扉からは隙間が漏れ始めていた。斧である。斧の刃は扉を打ち破ろうとして、館へと到達していた。
 取りあえず、逃げるしかない。そう思い、後ろを振り向いて走り出そうとした。
 だが、立ち塞がるように、そこには男が立っていた。若さが残る顔立ち、見上げるほどの長身、色は白く、線の細い。見た感じはいささか頼りなさそうである。
 しかし、見た目だけでは怪物ではなかった。
「こんな夜分にお客とは珍しい。それもお二人もですか」
 男は壊れそうな扉を前にして、困っていた。
「困りますね。せめて、ノックでよろしいのに」
 そういって、男の方から扉を開けた。だが、開けると同時に斧は男の胸元を貫いていた。豪快に血は引き上がる。
 斧を持った男は力を込めて、とどめを刺そうとしている。だが、死人当然の男はそんな気にすることはなかった。
「少々乱暴が過ぎる。退室を願いたい」
 男は斧男の首を掴むと、そのまま扉の外へ投げつけた。そして、胸元に残った斧を投げつけて、相手に返した。
 血は吹き出すことはやめたが、未だ傷口からは血が流れている。それでも、男は顔を青くするだけで歩いている。そして、話しかけてきた。
「私は仏蘭剣十郎と申します。道楽ながら探偵まがいを趣味としてます。いささか、荒事に対しても慣れておりますので」
 そんなことは理由になるとは思えない。そうなれば、ヤクザやマフィアはみんな不死身なのか。そもそも、先ほどの斧男にしてもその類なのか。
 大体、この明らかな偽名と思える仏蘭剣十郎は本当に人間なのだろうか。
「それでご用は何でしょうか」
 そう、剣十郎は話しかけるが、用件は既に済んでいた。
 その後しばらくして、こんな噂が流行り始めた。『隣町の外れにある、洋館には妖怪を退治するモノが住んでいる』と。
 それを聞いて、誰もが信じられないと思う噂ではあったが、この噂を頼りにしなければいけない人々は、この場所のはっきりしない隣町を探していた。

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ツカモト シュン
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