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キリがなく続く呪いの話…… 怪奇小説「呪術遊び」

『妖怪探偵屋 仏蘭剣十郎』
噂では妖怪を退治する、仏蘭剣十郎。
怪奇な事象に巻き込まれた人々は噂を頼りに探偵まがいの彼にすがる。
好青年の姿とは裏腹に狂気を宿す力の正体とは?

――― 一話完結で語られる、怪異を巡る事件と依頼者の物語。

――――――――――――――――――――――――

 零

 人、呪えば穴二つ。いや、三つ。いやいや、四つ、五つ、六つ、七つ……
 そう、キリがないのさ。

 第二話 呪術遊び

 一

 学校帰りだろうか、五人の少女達が歩いていた。
 ただ、不思議なのは五人もいるのに誰も喋ろうとはしなかった事だ。ただ、多少怯えながら、目的地を目指していた。
「ここが、その噂の場所ね」
 彼女達は街の外れにある西洋風の館の前へと着いた。しっかりとした西洋の造りで、誰もが憧れそうな家である。だが、周りの住宅に比べて明らかに浮いた場所でもあった。
 そのためか、不気味さすら覚える。その不気味さもあって、彼女達を余計に怯えさせていた。ただ、一人を除いて。
「ええ、ポストには『Furan』と書いてますし」
「で、どうするの」
 彼女達の中のリーダー格、むしろ支配者である佐伯かずえは仲間に尋ねた。彼女だけはこの不気味な館を前にしても怯えてはいなかった。
 元々の性格が勝ち気で負けず嫌い、それでいて優越感の固まり。それ故、一言で言えば、ひねくれた性格である。
 だから、人前では怯えることはない。
「噂では用がある者は館に招かれると、聞いたわ」
 佐伯の友人、兼部下である、深沢は自身が聞いた噂の一部を佐伯に説明した。
「なら、行きましょうか」
 佐伯は門をくぐろうとするが、他の者は怖いせいか進もうとしない。
「何、私だけに行かせる気」
 他の者は多少なりとも都市伝説まがいの噂に怖がっていた。
 確かに噂では『隣町の外れにある西洋の館には妖怪を退治するモノが住んでいる』と、ある。
 だが、この噂の後には『用のない者が入ると、二度と帰れない』、『妖怪は退治するが、その報酬は依頼者の命』、『悪意を持つ者は逆に退治される』とかの戒め的な部分もあった。
 だから、他の者はそれらを怖がっていた。特にリーダー格である佐伯がそれが当てはまるからだ。
 もっとも、『用のない者にはたどり着けない』との噂もある。
「さっさと付いて来なさい」
 佐伯はそう一喝する。他の者達はそれに付いていくしかない。いくら正体の分からない噂が怖くても、その場にいる佐伯の方が絶対的に怖いからだ。
 彼女達は門を通り、庭を通っていく。そこは不気味な噂にしては明るく、鮮やかな庭であった。西洋の庭園として入場料を取られても文句のない美しさであった。
 さらに奥には大きな車庫があり、そこには名車や外車などが綺麗にワックスがかけられて置かれていた。
まさに真の贅沢を絵にしたような口径である。
 しかし、佐伯を除けばそう思っているモノはいなかった。目の前の現実よりも、噂の方を信頼しているからだ。
 玄関の前まで着くと呼び鈴がないことに気づく。それと同時に玄関の横に張り紙をしているのに気づく。
 佐伯はその張り紙を読んだ。
「『ご用の方は中にお入り下さい』、か。さて、入るわよ」
 佐伯はそう判断すると、瞬時にドアを開けていた。他の者は彼女のこの判断には感心させられるが、この判断が毎回彼女達を悩ませていたのだ。
 それが、今回このような噂に頼る結果にもなっていた。
 館の中へと入ると佐伯はさらに感激をしていた。
 佐伯は裕福な家庭である。それも極端ともいえるほどの。そのため、家は広く、豪華な作りであるが、この館のように洗練はされていない。むしろ、成金趣味が出過ぎた趣味の悪い家であった。
 この館の洗練された西洋の造りには佐伯の心を踊らせていた。悪趣味な自分の家に比べれば、天国と地獄ぐらいの差があると思うぐらいに。
 その一方で、他の者は静かにジャンケンをしていた。そして、負けた者は酷く落胆しながら感激している佐伯に声をかけた。
「あのー」
 怒られ役の代表として選ばれた、倉元はオドオドしながら佐伯の反応を待った。
「なによ」
 佐伯は威圧的な声で応じた。倉元は案の定、怒られた。
「いえ、さっきから呼びかけても誰も来ないのですが」
「それで」
 倉元はここまではっきりした応対に答えに困った。さらに倉元はオドオドする。それを見かねて、仲間の一人である、三村は倉元の代わりに続きを話す。
「佐伯さん、これを」
 三村が指を差しているのは、レストランなどにあるメニューが置かれた台、メニュースタンドであった。
 そこには紙が置かれており、『声をかけても返事のない場合は館の中庭を目指してお進み下さい』と書かれていた。
 佐伯はそれを読むと、「なら、呼んできなさい」と、即答であった。
 深沢、倉元、三村、志村は誰が行く話し合った。結局、最後に決めた方法はジャンケンだった。
 ジャンケンに負けた志村が仕方がなく、館の中を歩き始めた。
 その間、佐伯は玄関の周りを楽しそうに眺めていた。しかし、他の者にとってはあまり居心地の良いものではなかった。
「パパ、ラセト、トト、タダダダダァァーーー! ミミ、セダド、クク、アタ、タタタダダダダァァーーー! 『ギャァーーー』ドバダァァァァ――」
 いきなり、狂った様に奇妙な言葉が館中に響いた。
 それは獣の遠吠えのよう音だが、呪文の様に言葉としてはっきりと聞き取ることが出来た。
 それとは別の声で途中に悲鳴のようなモノが聞こえたかの様にも思えたが、音は瞬時に消え、その一瞬が嘘のように館の中は静寂に包まれた。
 彼女達はそれにあっけが取られて何もいえなかった。それまで威風堂々としていた佐伯でさえ、その声には驚いた。
「一体、何なのこの声は」
 佐伯は仲間に尋ねるが、当然分かるはずがない。その後も本当に何事もなかったかのように館内部から物音一つすることはなかった。
 そして、静寂をようやく破るかのように、玄関が開かれた。
 静寂からの音に一同は玄関から出てきた者が怪物だと思った。そして、ゆっくりと玄関の方へと顔を向けた。
「どうしました」
 玄関から入ってきたのは男性であった。男は歳は二十代といったところで、なかなかな美形でかなりの長身である。
 ただ、色は白く、ひ弱な印象を受ける。
 しかし間違っても、外見からは怪物ではなかった。
「脅かさないでよ」
 佐伯は気丈な態度で男に文句を言った。内心は驚いていたが、それを隠す為の行動でもあった。
「すいません。脅かすつもりは一つも無かったのですが。それで何のご用ですか」
 一同は黙っている。
 いきなり出てきたのが、普通の人間だけに如何に対処して良いか分からないかったからだ。いきなり、「妖怪退治をお願いしたいのですが」と恥ずかしいことは聞けない。
 もし、間違っていれば恥をかくだけである。
「あ、私はこの館に住む、仏蘭剣十郎と申します」
「フランケン、十郎……」
 皆がそう呟いていた。
「ええ、変わった名前ですがね。ああ、仏蘭では呼びにくいでしょうから、剣十郎とお呼びになって結構です」
 明らかに故意の名であると、佐伯は思った。いや、ここにいる全員が思った。フランケンと明らかに読める名前に。
 確かに継ぎ接ぎのモンスターであるフランケンシュタインの怪物とは剣十郎はまったく別物ではある。
 だが、そんな名前であるからこそ『隣町の外れにある西洋の館には妖怪を退治するモノが住んでいる』に対する噂の信憑性を高くする。
「それで貴方が妖怪退治をしてくれるの」
 佐伯はためらいもなく言った。
「ええ。私はその助手ですが、多少の相手なら対処できます」
「なら、頼みがあるの」
 剣十郎は含みのある笑みで答えた。
「なるほど、仕事の依頼ですか。私てっきり噂を聞いて、肝試しに来たのかと思いましたよ。それなら、奥へどうぞ」
 剣十郎の後について奥へと付いていく。しかし、廊下はなぜか長く、十分ぐらい歩いている感じなのに一向に直線は続いていた。
「なんか長くない」
 一人がつぶやいた。
「それより、志村は」
「聞いてみなさいよ」
 佐伯の命令もあって、倉元は尋ねることにした。
「……所でさっき一人、入っていったままなんだけど」
「さあ、知りませんね。私もさっきこの家に戻ってきたところですし」
 剣十郎は彼女達を背にして、ひたすら歩いていた。
「……おそらく、二度と帰って来れないかも知れませんが」
 剣十郎は彼女達には聞こえない声で呟いた。その剣十郎のつぶやき通り、夜になっても先に館の奥へと入っていった志村は二度と帰ってくることはなかった。
 そして、これが佐伯の不幸の始まりであり、終わりでもあった。

 二

 あれから三十分ぐらい立って、部屋に案内された。
 実際の所は佐伯は部屋に入って携帯の時計を見たが、家に入ってからの奇妙な出来事を含めて、十分ぐらいしか経っていなかった。
「所で内容の方は」
 まるで人形の様に綺麗なメイドが客人に紅茶を置いていった。
「ありがとうございます、静さん」
 静はまるで人形のように何の反応も示すことなく、紅茶を出し終えると部屋から出ていってしまった。
 佐伯は何のためらいもなく本題に入った。
「私達、悪魔に狙われているです」
 剣十郎は少し笑っていた。
「あ、失礼。確かに年に何人かはそういった用件で来ますが、大抵は勘違いであることが多い」
剣十郎の笑いは続いている。
「しかし、あなたは違いますね。本物ですね。その体に染みついた魔力というか、妖気が何よりの証拠」
 笑うことをやめた剣十郎は真剣な顔つきで、佐伯の体を上から下まで眺めている。別に佐伯をイヤらしく見ているわけではない。掴めない妖気を探っているのである。
 他の彼女達は佐伯に比べると薄い。だが、それでも狙われている事実は間違っていないようだ。
「その体に染みついた妖気ですが、異様に強いですね。本来、取り憑かれても、こう強く感じることもないですが、……おかしいですね。それに妖気というよりは……」
 剣十郎は首を傾げた。自身で話を進めて、考えるだけで、佐伯には何も尋ねなかった。
 佐伯にはその理由は知っていた。しかし、不利な事だけに言わなかった。
 そして、煮え切らない様子の剣十郎に言った。
「そんなことよりも、引き受けてもらえますか」
 剣十郎は少しだけ間を置いて、答えた。
「まあ、いいでしょう。それより、悪魔に狙われている理由があるはずだ。それを聞かせてもらいたい。何の理由無しに悪魔が狙うといった事は無い」
 佐伯は黙った。そして、仲間達が小声で相談をしているのを見て、しゃべり出した。
「まずは私の家に来てもらいましょうか。そうすれば、出てくることでしょうし」
 佐伯は仲間達に睨みを利かせていた。何か隠しているのは明らかである。
「それもそうですね。実際に見た方が早いですね」
 本来なら、剣十郎はこのようなケースは引き受けない。ただ、この依頼の裏が気になったから引き受けた。
 実際、体に染みついた気配は悪魔というよりは怨念の類いだろう。それを考えるとおそらく、呪いに近いものだと推測した。
 そうなれば、おおよそ佐伯に対しての恨み辛みが原因、それは因果である本人もまた大なり小なり知る所だ。
 この年でそこまでの恨み事を買える彼女に、剣十郎は興味本位で引き受けたのでしかない。
「所で、貴方はお金はお持ちでしょうか」
「依頼料かしら」
 まだ学生ぐらいの年頃だというのに、お金の話になっても堂々とした態度である。
「まあ、そんな所で」
「そこに三十万入っているわ」
 佐伯は無造作に封筒を差し出した。三十万も入っているだけに厚みがある。
「これは大金を。とりあえず、前金と言うことでいただきましょう。必要費用等などもありますが、依頼が終わりましたら、計百万、つまり残り七十万ぐらい払って頂きたいのですが」
「いいわよ」
 佐伯は即答する。
「お金には困らない様で」
 佐伯の家は綺麗事な商売で裕福になったわけではない。その事は本人も知っている。
 それ以前に今払った三十万も佐伯にとって、はした金で自前であった。そして、百万ぐらいなら自分の預金を少し下ろせば払える金額でもあった。
「まあ、ここで値切られるかと思っていましたが、安心しました」
「生活には苦労している感じはないけど」
 剣十郎はこの仕事では金を取らない事が多い。だが、それは本当に助けが必要になった者だけで、目の前にいる人間の様に何か裏がある者には金も取れば、命も取る。
 それを判断する基準は経験だ。
 そういった人間に何度か会っていれば、すぐ判断できる様になる。
「まあ、色々と苦労はしてますけど」
ただ、悪魔や妖怪などを相手するよりも苦労する相手ではあるが。
「それでは家の方を見せてもらいましょうか」
「それで、ここまで歩いてきたのだけど、車はあるかしら。送ってくれるかしら」
 佐伯が館に入ってきた時に、車庫にある車の数々を眺めて知っていた。

 剣十郎は車庫から現行モデルのビートルを走らせて、門で待っていた佐伯達の前で止まった。
「あいにく、これじゃ全員は乗れない様で」
「そうね。まあ、貴方達は先に帰っていなさい」
 仲間達は佐伯に命令されるままであった。
「所で志村はどうします」
「気にしなくていいわよ。怖くなって逃げたのよ」
 彼女達は佐伯の現実感のある言葉にいささか安心を覚えていた。
 実際、彼女達は佐伯は好きになれないタイプではあるが、引かれるタイプではあった。
 それだけ、カリスマがあるということだろう。佐伯も態度で示すように、堂々と車に乗り込んだ。
「それで場所は」
「佐伯という名前で場所は分かっているモノだと思っていたわ」
「意外にそういったことには疎くて」
「いいわ、走りながら教えるわ」
 剣十郎はとりあえず隣町まで車を走らせ、後は佐伯の指示で車を走らせていった。
 そして、着いた場所は大きな豪邸であった。
「これは随分と大きな家で」
 佐伯はあきれていた。
「知らなかった。私が佐伯虎吉の娘だって」
「どなたですか」
 佐伯虎吉、この市内にすむ者であれば知らない者はいない。祖父の代から続く建設会社の三代目である。そのやり方は一族譲りで、手広くかつ、ぎりぎり合法ではあるが、かなり汚いやり方であった。
 そのため、一部の市会議員などは彼の言いなりである者も少なくはなかった。
 当然、佐伯かずえの性格もこの血筋にある。
「まあ、いいわ。とりあえず、社長の娘という訳よ、私は」
「なるほど」
 剣十郎はビートルを庭に置き、館へと向かっていく。庭だけでも相当広く、佐伯家の力がどれほどであるか一目で分かる。
 しかし、剣十郎にはそんなことは興味が無く、家に漂う気の方が問題であった。
「随分とその虎吉さんは恨まれる仕事をなさっている様で。多くの人達を泣かしてきただけでは足りないようで……」
「さっき、父を知らないと言ったのでは」
 佐伯は驚いた。基本的に表では綺麗な会社を装っているが、裏では殺しも辞さないほどに暴力団などをバックにモノを言わせてきた側面も持っていた。虎吉にしてもそういった場面を多く経験している。
 しかし、それを噂してもそれを知っている者はわずかの人間だけである。
「ええ、そうですが」
 剣十郎は佐伯虎吉という男など知らない。しかし、この家に漂うモノ、怨念、恨み辛みを見ればどのようなことをしているかは一目で分かる。
「祟られているのですよ。私の様な同業者に何度と見てもらってますね。まあ、貴方が言う悪魔とは違いますが」
「さすがね」
「これが商売ですから」
 さらに家に向かっていく行くと気が強くなった。今度は怨念とは違い妖気が混ざっていた。どうやら、この妖気が佐伯の言う悪魔によるモノらしい。
 この家に漂う怨念は人を殺すだけの力はない。せいぜい、運気を乱し、健康を害する程度。
 だが、妖気の方は明確な殺意が秘められている。
 佐伯は何も感じていないらしく堂々と家に入っていく。
 家に入るとさらにそれらの気配が強くなる。そして、その中心がこちらに寄ってきた。
「貴方が佐伯虎吉さんですか」
 随分と悪趣味な服を着た小太り気味な中年だった。 だが、家の怨念が彼を中心に漂っている。
 剣十郎は彼が佐伯虎吉と理解した。この子にしてこの親有り。この怨念を前にしても、気がついていないのか、威勢を示すかのような貫禄、もしくは、鈍感さ故だろうか。
「なんだ、貴様は」
 虎吉は自身よりもかなりの長身である剣十郎に対して威圧している。しかし、剣十郎は威圧をよそに虎吉を観察していた。そして、ありのままを伝えた。
「随分とまあ、憑かれていますね」
先ほどのまで、威勢は消え去り虎吉は顔が青ざめていった。
やはり、その事に気にしているのだろう。何度となく祓ってはいるが、次から次へと新しい恨み辛みを買っていく以上、ある意味無意味であるが。
 威勢で誤魔化しているとはいえ、さすがにこれだけの気配の中では過敏になっているだろう。
「かずえ、この方は誰だ」
 瞬時に貴様呼ばわりから、この方へとランクアップしていた。
「私が雇った用心棒といった所かしら」
「そうか」
 虎吉には先ほどまでの威圧感はなくなっていた。
「あんたは祓えるのか」
「ええ、多少なら」
 虎吉は完全に剣十郎にすがっていた。佐伯虎吉という男は周りからは権力にモノを言わせた怖い男と見られがちであるが、実際は小心者であった。
 とはいえ、手を汚すことには気にしてはいない。
 その点、娘のかずえは逆である。完全に何事にも強気である。
「祓ってくれ。頼むから」
「ならば、祓っておきましょう」
 剣十郎は虎吉の肩の上を手で掴んだ。
 何もない所だが、剣十郎にはそこにいたモノが見えていた。そして、剣十郎はそれを掴んでいた。そのまま、それを遠くへ放り投げた。
 それだけで虎吉の肩は軽くなった様な感じがしていた。まるで肩こりが治った感触だが、虎吉にとって何度か体験した事であった。
「おお、ありがとう」
 しかし、剣十郎が祓ったのは一つだけに過ぎなかった。まだ虎吉の肩の上にも何人もの霊が取り憑いていた。
 剣十郎はその中にいる大きな一つだけを祓っていただけに過ぎなかった。
 それでも虎吉は気が楽になっていた。小心者だけに暗示だけでも、気が楽になったと言った事だろう。
 そして、軽い足取りで自分の部屋へと戻っていった。
「さて、本題の部屋を見せてもらいましょうか」
「ええ」
 剣十郎は佐伯かずえの部屋の入り口たどり着いて、驚いた。
「これはひどい」
 部屋の入り口は引っかかれた爪痕で壁や扉が傷ついていた。当然、熊を家の中で飼っている訳ではない。それに熊の爪痕にしては傷が大きい。
「中は無事よ」
 佐伯は部屋を開けて見せた。確かに中は無事であった。
「何か、結界か何かを」
「ええ、父があの類にはうるさいだけにそういった事にも、不自由しなくて」
 剣十郎にも中から何かを感じていた。それは佐伯が言う様に結界が張ってあった。そして、わずかであるが何かも感じた。
 結界のために部屋の中までは悪魔が進入できず、その腹いせに扉に爪痕を残していったのだろうか。
「これは相当質の悪い悪魔に狙われてますね。とはいえ、先ほどの虎吉さんとは性質が違う」
 剣十郎は仕事から悪魔とも何度か対峙したことがあった。
 ただ、その悪魔にしても、いたずらから事故に起こし、最悪、死を招く程度のかわいいモノだが。
 このような、猛獣のような爪を持つモノなど、剣十郎は未だ経験したことのない存在であった。
「少し中を見てもよろしいかな」
 佐伯は一応女の子というのもあるらしく、部屋には入れたくなかったが、入れないわけにも行かない。
「ええ、いいわ」
 部屋の中には普通の女の子の部屋としてはさっぱりしすぎている。アイドルなどのポスターが貼られることもなく、マンガや雑誌も散乱もない。
 本棚に入っているのもなにやら難しそうな哲学書や参考書で本当に読まれたのか怪しいどころがある。
 ただ、本の中にはいくつかオカルトに関する書があった。
 怪談話、恐怖話が書かれた本ではなく、大きな書店でも売っていないような値段の高い本ばかりである。ちなみに一冊取り出してみると、分厚く、装丁もしっかりとしている。
 内容も専門的でオカルトというよりは学術的であった。
 しかも、本にはしっかりと読み込まれた後があった。随分と熱心に読んだのだろうか。
「オカルトに興味が」
 剣十郎は尋ねてみた。
「まあ、父がアレだからね。多少は興味を持つのが普通かしら」
「そうですか」
「それが何か」
「いえ。蔵書が良くて感心しただけですよ」
 本音であった。佐伯も少しばかりうれしい顔をしていた。
 剣十郎は本を戻して、もう一冊手にとってぱらぱらとめくっていた。内容は黒魔術について書かれた洋書の翻訳であった。
 その本の中に紙が挟まっていた事に気がついた。
 佐伯はよそを向いていて、剣十郎の方は見ていなかった。こっそりと本に挟まれていた紙を自分のポケットにしまい込んだ。
「所で悪魔とはどんな姿をしているのですか。聞くのを忘れていましたが」
「そのまんまよ」
「そのまんまというと」
「そう、ね……」
 佐伯はそれ以上は黙ってしまった。
「どうしました」
 剣十郎は佐伯の顔を見た。出会ってわずかでしかないが、それまでに見たことのない顔をしていた。先ほどの父親のように恐怖に驚いた顔であった。
「出ましたか」
 剣十郎は佐伯の向いている方へと向かっていく。廊下から悪魔は歩いていた。
 目の前にはまぎれもなく悪魔の形容詞が似合う化け物がいた。
「これが悪魔ですか」
 頭には山羊の様で角が生えており。上半身は女性の体というよりも、膨らんだ二つの乳房を持ち、下半身は動物のように毛深く獣のような足をしていた。そして、背中から翼が生えており、蝙蝠のように黒かった。
 まさにこれを悪魔と呼ばず、何と言うか、その姿は悪魔そのものであった。
 ただ、その色は赤色でも黒でもなく、灰色でもない。ただ、薄い。色という以前にその存在自体が薄い。
「姿は悪魔の形容なのに、実体ははっきりとしてませんね。これはまさに『絵に描いた餅』か」
 剣十郎の経験で出会った悪魔は、人間のように各部に個人差があった。
 角にしてもあるモノと無いモノ。あっても山羊の角であったり、牛の角、はたまた鬼の角のようであったりとする。
 しかし、目の前にいるのは悪魔の挿絵としてよく描かれているバフォメットの姿その物であった。むしろ、その挿絵そのものといっていい。
 おそらく、剣十郎は目の前の悪魔を絵のイメージから具現化した存在と直感した。
「さて、双方の話し合いの場を持てば、解決するとは思うのですがね」
 剣十郎は悪魔に話しかけてみた。当然、悪魔は反応はない。
 悪魔は知能を持っている。大抵、日本語も英語も通じるモノである。しかし、この悪魔は反応がない。感心がない以前に無反応である。
「そうですが。話し合いでは解決できないと。いや、聞く耳など始めからないからか」
 悪魔は襲いかかってきた。狙っているのは剣十郎ではなく佐伯である。
 剣十郎は恐怖で動けない佐伯を無理矢理部屋の中へと押しやると部屋のドアを閉めた。悪魔は結界の中に入った佐伯には手が出せず、壁を爪で削っていた。
「さて、悪魔さん。君の目的は完全に佐伯かずえの命にあるようだ。父親とは関係がない、かずえ本人に完全に恨みを持っているようだな。良かったら、そのわけを聞かせてはくれないかね」
 その問いかけに悪魔は反応はなかった。ただ、剣十郎に敵意を持った。
「味方にはなれるつもりです」
 しかし、悪魔は佐伯を閉じこめた腹いせに剣十郎に襲いかかってきた。
「やはり無駄ですか」
 剣十郎は悪魔のわざと受けてみた。それも相手を判断する材料であるからだ。
 悪魔は剣十郎を押し倒し、馬乗りになって、爪でひっかいていた。その威力は壁を引き裂くほどあるだけあって強力である。
「なるほど。だいたい、分かってきました」
 剣十郎は反撃とばかりに悪魔の腕に噛みついた。
 悪魔の顔に反応はない。痛みがないからの反応ではなさそうだ。攻撃をやめて、剣十郎の噛みつきを引き離そうとする。
 だが、剣十郎も噛みついたまま、悪魔から離れようとはしなかった。
 悪魔は馬乗りをやめて離れようとするが、剣十郎は腕を放そうとしなかった。
 馬乗りという、優位性を取っている悪魔であるが、今は逆に馬乗りされている剣十郎が噛みつきによって、その体勢を維持している。
 反応のない悪魔の顔で分からないが、凄まじい力で噛みついている。まさに剣十郎は腕を喰いちぎらんとしている。
 そして、悪魔の腕を噛み切れた。
 悪魔は腕を失ったことで、ようやく痛みある態度を示す。そして、剣十郎からの拘束がなくなり、馬乗りからようやく開放された。
 剣十郎も悪魔から離れて、一度間合いを取る。だが、噛み切った腕は大事そうに口にくわえている。
 そして、太さがあるというのに、スメルのようにかじり続けて胃袋の中へ納めていった。
「まあまあの味ですね。さすがに実体が薄いだけに薄味ですが。しょう油を付けて、いえ、甘辛く煮付けてイカの駄菓子のようにしたら、それなりにおいしくなりましょうか」
 味の感想を述べてから、剣十郎は悪魔の方を向いた。
「それと同時に貴方が何者かも分かりましたし、ね」
 剣十郎は不気味に笑う。それまでの好青年のイメージはなかった。
「さて、おおよそ読めてきましたよ、この騒動の裏が。貴方もこれ以上、留まるというのならそのすべてを食べ切らしてらいましょうか」
 腕を無くした悪魔には勝機は無いことは剣十郎には分かっていた。
 悪魔は薄い実体をさらに薄くしていた。そして、その場から消えていった。
「消えましたか。さすがに戦うのは得意にはなれませんね」
 剣十郎はため息をついた。そして、悪魔によって引っかかれた部分を確認した。服はいくらか破れているが、体の方は大丈夫であった。
 確かに服には乾ききっていない血の跡が残っているが、体には切り傷は全くなかった。
「もう、いいですよ」
 静寂か戻ったことで、佐伯も安心して部屋の中から出てきた。
「派手に痛めたので今日はもう、出てこないでしょう。まあ、あれはあなたが死ぬまでやっては来ますが」
「だから、あなたがいるのではないの」
 悪魔がいなくなって、佐伯はいつもの状態に戻っていた。
「それは確かに。しかし、隠し事はあまり身の為になりませんよ。特に悪魔との秘め事は。それに人間でも多くの秘め事を抱えた人間とは良い関係にはなれませんが」
「そんなの無いわよ」
 佐伯は大声で否定する。それは剣十郎も分かっていた反応だ。
「そうですか。まあ、いいですが。それより、服をくれますか」
 佐伯は剣十郎の体を見て驚いた。切りきられた服と乾ききっていない血と切り傷のない体に。
 おかしな話である。これは幻覚なのかと疑うが、疑うとしたらどこから疑っていいのか佐伯には分からなかった。
 ひとまず、佐伯は剣十郎の問いに答えることで我に返ることにした。
「……父のでよければ」
「普通のワイシャツでいいですよ」
 佐伯は服を取りに廊下を走っていった。
「しかし、助かりましたね。もう少し破れれば、あれが見られてしまいましたね」
 あれとは剣十郎にとって見せたくない場所であった。それは縦横無尽に付けられた大きな手術跡であった。
 そうしていると佐伯がワイシャツを持って戻ってきた。
「少し小さいかも知れないけど」
 佐伯からワイシャツを受け取るとその場で着替えた。ただ、佐伯とは正面を向かずに着替えていた。裸を見せたくないからだ。裸では手術跡が見えてしまうからだ。
 だが、長身の剣十郎ではホタンを閉めることは容易であったが、袖に関しては丈が足りなかった。
 そして、着替え終わると佐伯に話しかけた。
「では、少し寄る所がありますので。これで」
「また、出てきたらどうするのよ」
「かなり、痛めつけましたので、今日の所はまず出てきませんよ」
「それでも出たら」
「諦めれば」
 剣十郎はまるで凍えるような声で呟いた。つぶやき声にもかかわらず、佐伯の耳にははっきりと聞こえた。
 凍えるような寒さが佐伯の中を駆けめぐっていった。
「自分の胸に手を当てながら、ね」
 剣十郎はそう言い残し、その場を去っていった。
「何よ、あいつ……」
 佐伯は剣十郎が去った後、突如として体が震えだした。あまりの震えで立っていられなくなり、その場に座り込んだ。
「私は何もしてないわよ。そうよ、私は何も……」
 そう叫んで、佐伯は自分を奮い立たせようとした。

          三

 剣十郎は駅前へとやって来ていた。
 駅前には会社員や若者達が絶えず行き来し合っているのに、一歩奥へ入るとそんな様子もがらりと変わる。
 商店もやっているのかも分からない食堂、狭い骨董屋、その他どんな店かも分からない店ばかりが軒を重ねている。
 ここは昔ながらの風情を残し、悪くいえば街の開発から遅れた場所である。
 そんな中に剣十郎の目的の場所があった。古書店、『霜山堂』。
 本当の意味での古本、希少本を売り買いできる今となって、昔からも数少ない場所である。
「ごめんください」
 剣十郎は霜山堂の中へと入っていく。店の中は大半が本で支配させていた。本棚からはみ出た本によって壁を作り、人一人が通るスペースしかない。
 そして、古本独特の臭いが店の中に充満していた。
 奥で本を読んでいる店主が入ってきた剣十郎に気がついた。
「これは剣十郎さん。お久しぶりですね」
 霜山堂の店主、霜山次朗。長く続く、霜山堂の六代目の店主である。
「何か、お目当ての本でもお探しですか」
「まあ、ね」
 剣十郎は周りに埋め尽くされた本を見回す。そこには昭和初期を始め、大正明治の本がそれほど整理されず置かれていた。
 それ以降の本となると一応奥の方で管理されているが、状態はこことそれほど変わってはいない。
「所で最近、ここで本を買っていった人はいませんか」
「ここは古本屋ですよ。本が売れなかったら、商売にならないよ」
 ここはコレクターや文学者にとっても、品揃えがよく、また買うだけでなく、売る方、買い付けも評価の高かった。
 伊達に六代も続くほどに、古書店としての独自のネットワークがあった。
 それだけ、この古書店の価値は非常に高い。効率こそいいわけではないが、暮らすだけの生活費には難しくなかった。
「その副業の方ではなく、本業の方での本ですよ」
 霜山は不機嫌そうに顔をしかめる。この店の暗部に触れたからだ。
 この店の暗部であり本業は、魔を秘めた本、魔術書の販売、買い取りである。
 剣十郎が住んでいる館の主人もここで何冊か、魔術書を購入している。その場にも付き合ったこともあるが、剣十郎自身は魔術書には触れたことはない。
 大抵、古い魔術書には魔力、いや意思に近いモノが備わっているからだ。
 モノには長く愛用することで意思が宿るとされる。しかし、魔術書は少し違う。悪魔との契約、魔力を直接込めたりして、本自体に魔力を込められている。
 それがさらに年月を経ることで魔力は本に意思を生む。
 むしろ、それは一つの生命が宿ったと考えるべきである。
 そんな魔術書を扱うには魔法の知識、魔に対する耐性、魔術書に宿るモノ以上の魔力が必要とされる。剣十郎にはそれだけの力はない。
 そんな者が魔術書に触れたら、その魔力に引き込まれて、最悪は本の中に取り込まれてしまう。魔術書の魔に触れて発狂で済めば、まだましである方である。
「まあ、ちょくちょく売れてはいるよ」
 霜山堂の店主は店主であると同時に多少なりとも素質のある魔術師でもある。だからこそ、魔術書を取り扱う事ができる。
 実際、魔術師といっても魔法や錬金術に長けているわけではない。それは図書館の司書も同じだ。本を扱うからといって、必ずしも文才が高いわけではないように、ただ、魔術書を扱うことができるぐらいである。
「まだ、魔術師というのはいるのですか。それもこの国に」
 剣十郎は感心する。空を見上げれば、ほうきに乗った人間が見られるかも知れないと思ったからだ。
「何を感心しているか知らないが。大抵は根暗なオカルト団体や狂信的なマニアがたまに本の魔力に引かれて買いに来る程度。そういった奴は大抵は本に負けてしまうがな」
 意志を持った本だけにここでの魔術書は霜山堂から出て、自由を得ようと思っているモノもある。魔術書には使って欲しいというモノ、破壊衝動を発散させたいモノ、いろいろな魔に対しての欲求がある。読まれない本に意味が無いように。
 本はその欲求を満たせる、自分に合った者を誘おうとする。まるで悪魔の囁きのように。
「それでは後始末が大変では」
「後の始末はしない主義でね。するにしても本の回収だけだ」
 霜山は本に目をやる。霜山には本達がざわめいているのが見えていた。
 出たいというモノがざわめいているのだ。
「それで、最近変わった人が買いに来ませんでしたか」
 店主はその言葉にすぐに思いだしたようだった
「そういえば、若い女の子が買っていったな。普通の子だと思ったんで、売らないつもりだったが……すでに、どちらも取り込んでいた感じだった」
「どういう事ですか」
「契約したというわけではないが、どちらもお互いの魔を共有していたのさ。その本を見せてもいないのにね」
「つまり、買う前から本と買い手のお互いの願望が一致したと」
「そういうことだ」
 本来、この手の本の使用法はいくつか存在する。
 当然、普通の本としても使うことが出来る。その他、本に宿る魔力も一つの魔法の手段にしたり、知識媒体としたりする事が出来る。
 意思が存在するのでそのほかでも使い道は色々とある。
 そして、今回のケースの場合はお互いが共存した関係になったらしい。そうすることで本は捕らわれの身を開放され、自身の力を使ってくれる主人を得る。持ち主にはその知識を自身の目的の為に、使用が出来る。
「それはちなみにどんな魔力が」
「タイトルは『呪学による不安定と不立』。呪術関係の本でまあ、古今東西の呪術が書かれた書だ。最近作られた本だな。まだ在庫はあったと思うが、読むかね」
「いや、やめておきます。本に拒まれそうだからね」
 剣十郎の場合はこの中にいて、本に嫌われていた。剣十郎の魔を食べる癖が受け入れられないのだ。
「所で、本は何処にあるか分かりますか」
「それは魔術師の端くれ、分からないこともない。それに自分で売ったモノだ。場所を探すのは難しいことではない」
「探してくれますか」
「何か、事件にも巻き込まれたか」
「一応、依頼です。お金は払います」
「金はいいさ。それよりもどういったその依頼は内容なんだ」
 霜山は興味を持って聞いてくるが、剣十郎もそれを調べているだけに答えることは何もなかった。
「さあ、なにやら裏がある様でそれを調べている所です」
 霜山は地図を取り出した。この市内の地図であった。霜山は不思議な振り子を持って、地図の上を調べ始めた。ダウジングである。
 そして、ある所で振り子は大きく振れた。
「病院だね」
「ここから近いですね」
 剣十郎は病院の場所を確認した。
「それとこれに見覚えは」
 剣十郎はポケットから紙を取り出した。佐伯の部屋の本に挟まっていたモノを取りだした物であった。
「うーん、随分と安易な呪術だな。この程度の知識はちょっとした本を読んでいれば分かるモノだね。内容は相手を呪うモノ。効果はわら人形程度だね」
「やはりそうでしたか」
「それが犯人のモノなのか」
「いえ、依頼主の方です」
「随分と裏がありそうだね。終わったら、内容を話してくれ」
「ええ、面白い話なら」
「ああ、楽しみにしているよ」
 霜山は笑っていた。店をあまり開けることが出来ないだけに彼には人からの面白い話を聞くのは楽しみの一つであった。
「なら、邪魔したね」
「ああ、誠四郎にいいモノが入ったら連絡するから、て言っておいてよ」
 誠四郎とは剣十郎の住む館の主人の名前である。
「そう、伝えておきます」
 剣十郎は霜山堂を後にして、先ほど振り子が示した病院へと歩き始めた。

 剣十郎が病院に着くと本の場所はおのずと分かった。
 魔力が発せられているからだ。
 そして、その場所に向かって歩いていった。着いた場所は病室であった。剣十郎は病室に入っていく。
 病室は個室で、一人の少女がベットで眠っていた。あまり安らかな寝顔ではない。
「彼女ですか」
 彼女の横には『呪学による不安定と不立』が置かれている。実に丁寧に装丁された本であると同時に魔力が込められていた。魔力の量からして、入門的な魔術書であろうか。
 そもそも、在庫があるほどのワンオーダーでも無いようだし。
「間違いない様ですが、これは生きているのかどうかは怪しいですね。まあ、病院というのは死人には用がない所ですからこれは生きているのでしょうが」
 確かに彼女の顔色は悪く、点滴をなされていた。意識が無いらしく、横には色々と装置が付けられている。
 そして、ベットには患者の名前が書いてあった。
 篠山宏子。
「貴方は……」
 そこにいたのは随分とやつれた中年の女性であった。どことなく、篠山宏子に似ていることから母親だろう。しかし、なぜか剣十郎に対して怯えていた。
「いえ、病室を間違いまして」
「そうですか」
 女性は安堵の息を漏らす。
「てっきり、私は……」
 女性は途中までしゃべろうとして口をつぐんだ。何か、言いにくいことだろうか。
「いえ、何でもありません」
「では、失礼しました」
「あ、あ……」
 女性は出ていこうとする剣十郎を呼び止めた。
「いえ、すいません。娘の看病ばかりで、最近は人と話すこともなく、誰かに話を聞いてもらいたくて。よろしければ、話を聞いてくれますか」
「ええ、私でよろしければ」
 剣十郎は優しく微笑んだ。その美形である剣十郎が微笑むと、それだけで剣十郎のすべてを信用してしまいたくなる。それはある意味、魔性の美ともいえた。
「弱っていく娘を見ていると不思議なモノですね。明日死ぬかも知れないというのに不思議にそんな気がしないのですよ。なぜでしょうか」
 それは母親はやつれた顔が物語っていた。
「私は篠山佳枝子と申します。この子の母です」
「そうですか。所で、重い病気ですか」
「いえ、ただの事故ですよ」
 剣十郎には原因が何かは分からなかったが、そのきっかけは知っていた。本か佐伯のどちらかだと。
「それより、私を見て怯えていたようですが」
「いえ、つまらない話です。娘はいじめというか、佐伯の娘に反抗してまして」
 剣十郎はやはりと思った。
「なにせ、娘は正義感が強い子でして、佐伯さんとは仲が悪かったようで。それが普通の相手なら私もそれほど問題とすべきではなかったのですが」
「相手が悪すぎますからね」
「ええ。それで、この子が事故にあったのももしかしたらと思いまして。何せ、相手は佐伯ですから。裏では人殺しさえもすると言われている相手ですから」
「それで私を見て怯えたのですか」
 篠山の母は小さく頷いた。おそらく、篠山宏子が事故にあったのは佐伯によるモノではないかと思っていた。
 ただ、剣十郎は今は自身のポケットに入っているのが原因だとは思っていた。
 ただ、分からないのは本を求めた目的である。
 佐伯を殺すほど恨むほどの事があったのかは分からない。おそらく、事故にあった前に本と出会っているはずだ。
「所で、その本は」
 剣十郎は本が何で分かっているが、篠山の母に尋ねてみた。
「ええ、今は意識がありませんが。入院した頃はまだ意識もありまして、その時に持ってきて欲しいと言われて持ってきたのですが、何か気味の悪い本で」
 篠山の母の言うことはもっともである。
「ただ、愛犬も死んで、間もないというのに。不幸とは続け様に起こるモノですね。随分と娘は悲しんでいたのですが」
「愛犬……」
「ええ、まだ二才になったばかりなのですが、突然死にまして」
 剣十郎は直感が働いた。篠山の母が言うには娘、篠山宏子が正義感の強い子であるとすれば、呪術は利きにくいはずである。
 呪術とはその名の通り相手を呪う事。そのため、呪いに対して強い抵抗を持つ者であれば呪術は通用しにくい。特に何の知識もなく、力もない人間の呪術など効き目など対したことはない。
 しかし、呪っただけのエネルギーはどこかに行くのは間違いがない。
 本来なら呪術は恨まれた相手が呪術を跳ね返した場合、恨んだ相手にその呪術の効果が現れる。これが『人を呪わば穴二つ』の由来である。
 しかし、佐伯家には他のざまざまな呪いから家を守るためにいくつかに結界がしてあった。そのため、宏子から跳ね返った呪術はさらに跳ね返って、それが身近な存在である愛犬が死んだ原因ではないかと剣十郎は推測した。
「そうですか」
「でも、生きて欲しい。そう願うのが親ですかね」
「大丈夫ですよ。誰も死んだとは言ってないのですから」
「しかし……」
「ふっ、大丈夫ですよ」
 剣十郎は薄笑いを浮かべていた。なぜ、篠山の母はその顔に一瞬恐怖をした。
 しかし、その薄笑いは一瞬の事で、次には優しい好青年の顔になっていた。
「では、失礼させてもらいます」
 病室から剣十郎がいなくなると篠山の母はそれまでの苦労が少し軽くなった気がした。

 その深夜、病院の前に佐伯は仲間達を呼びだしていた。
「何を今更、弱気になっているの」
「でも、あの悪魔は」
 仲間達は弱気であった。
「いままではあの悪魔に怯えていたけど、今日はあの男が撃退して今日は出てこないと言ったわ。大丈夫よ」
「しかし……」
 他の者にとって、佐伯の自信がうらやましいほどに今の状況に恐怖していた。
 佐伯は元から知っていた。この発端が篠山宏子によるモノだと。ただ、その原因が自分にあるとは思っていなかったが。
 しかし、相手が自分よりも優れた魔法で悪魔を呼ぶとは思っても見なかったが。
「だから、行くのではないの。私達の今後の為よ」
 仲間達にも悪魔はその姿を現れていた。だが、それは警告に近いモノであった。それでも彼女達には十分に恐怖を与えていた。
「私にとって屈辱は死よりも重いのよ。特にあいつのあの時の顔なんて」
 篠山の愛犬が死んだ時、自分の呪術の効果に喜んでいた。しかし、篠山はその事を恨んでいた。
 佐伯のオカルト好きは学校でも知られていた。佐伯が利くとも知れない呪術を使うことは誰でも知っていた。
 だから、突然の愛犬の死に篠山は恨んだ。その時の篠山宏子の顔は悪鬼にも優るモノだった。
「とりあえず、この毒を点滴に入れれば、すぐにでも死ぬわ。それを別に気にすることはない、父が何とかしてくれる。それに明日知れぬ命の人間が死んでも、誰もおかしいと思う人もいないでしょうし」
 一同は無言になる。罪悪感よりも自分自身の命の保身の方が上であった。
「さあ、行くわよ」
 その一言には一同は黙って付いていくしかなかった。
 しかし、この時、志村がいない事に気がついていたが、誰もその事には触れなかった。ただ、この時は逃げたなと思っただけで。
 そして、一同は病室の前へと着いた。
 入り口からも素人でも分かるぐらいに、本から発せられる魔力は病室を不気味に包んでいた。
 佐伯以外の者は前へ行くな、と頭の中で警告をだしていた。
 しかし、佐伯はドアノブに手をかけた。もはや、誰もが逃げられない。
「開けるわよ」
 その言葉の前に佐伯はドアをすでに開いていた。
「やはり、ここに来ましたか」
 その声は病室から聞こえてきた。それも男性の声。
 佐伯は闇に包まれた病室の電気のスイッチを入れた。
「貴方は」
 光に照らされた病室にいたのは剣十郎の姿があった。佐伯はここに剣十郎がいる事に驚いた。
「君達は始めから知っていたのだね。すべては彼女が元凶だと。だから、私を利用した。まあ、私も貴方達と会った時から薄々感じていましたよ、何かを隠していると」
「やはり、気づいていたのね」
「気づいていただけで全容は分かりません。しかし、調べさせてもらいました。完全とは言いませんが、大体は分かりました」
「説明はいるかしら」
「いえ、説明はされなくて結構です。つまらない話には違いないでしょうから」
「そうね。ただ、これだけは言って置くわ。私にとって、彼女は負け犬であったと」
「その負け犬相手に用心棒を雇われたのですか」
 剣十郎は微かに笑った。佐伯は腹を立てるが、怒鳴りつけて、誰かが来てはいけないとこの場は我慢をした。
「それで私をどうする気なの。警察にでも突き付けるのかしら」
 佐伯の方から威圧的に尋ねてきた。
「私は人殺しには興味がない。それ以前に冷やかし、いたずら、契約違反の方にはきついお仕置きをさせてもらうのですが、今回は何もしない。私はこれ以上、この件には手を出さない」
 剣十郎の顔は少しばかり怒っていた。
「だから、目の前で彼女が殺されようと助けもしない。君達を止めることもしない。だから、後は君達で何とかしなさい」
「そうさせてもらうわ」
 剣十郎は黙って、佐伯を見ていた。佐伯は見つめている剣十郎をよそ目に、深沢に篠山の点滴に毒を入れようとした。
 深沢は目撃者がいるのに、そして罪悪感を抱きながらも、文字通り、身の安全の為に実行した。
 しかし、篠山がそれを許しても、本自体はそれを許すことはなかった。
「……ああ、当然君達が殺されるのを目の辺りにしても助けないがね」
 そう、剣十郎は小声で呟いていた。誰にも聞こえないように。
 突然、病室の電気は切れた。
「……くっ」
 毒を入れようとしていた深沢の右手首が無くなっていた。無くなった先からは大量に血が流れていた。
 それ同時に本からは例の悪魔が姿を現し始めた。
「さっさと殺しなさい」
 佐伯は仲間に向かって命令するが、誰も動かなかった。佐伯は舌打ちをする。
 悪魔は完全に本の中から出てきていた。あの文字通り悪魔のイメージの姿に仲間達は怯えていた。
「まったく」
 佐伯は逃げようとドアのノブに手をかけた。しかし、簡単に開くはずのドアはまったく開こうとはしなかった。
「何で開かないのよ」
 ドアを激しく叩いて見るが、変化はない。それにドアの向こうには人の気配すらしない。
「私は何もしてないよ」
 剣十郎は佐伯に何か言われる前に、自分から否定した。
「なら、なぜ開かないのよ」
 佐伯は剣十郎に尋ねる。それと同時に手首を失った深沢は悪魔に体ごとすべてを食べられていた。
「手出しはしないと言ったはずだ。口出しもする気もない」
 そして、悪魔は次の獲物に手を出そうとしていた。
 佐伯は仲間達を身代わりにしてでも、自分だけ助かりたかった。当然、彼女達すべてがそう思っていた。
「でも、少しぐらいなら言っても、問題はないかな」
 剣十郎はもったいぶっていた。そして、微妙に考え込んでいた。まるで芝居がかった動作に佐伯は恐怖も忘れて怒鳴りつけた。
「何なのよ、さっさと言いなさいよ」
「そうか、なら答えよう。これは一種の結界さ。解き方は自分で考えるといい。その程度知識はあるのだろうから」
 そういって、剣十郎がポケットから取り出したのはあの紙であった。
「くっ」
 悪魔に狙われた彼女達は必死に抵抗をするが、無駄であった。
 そして、また一人喰われた。
「なぜ、悪魔が現れるの。現れないと言ったはずでは」
「彼女と悪魔は一心同体だ。命の危機になって、たとえ満身創痍でも現れないはずがないだろう。少しは自分で考えたまえ」
「頼むから、助けてよ」
「駄目だ」
 剣十郎はたった一言で断った。
 そして、佐伯を残して、仲間の最後の一人が喰われた。
「貴方も食べられるのよ。何とかしなさいよ」
「心配はご無用。話はすでに付いている。私は食べない、と」
 佐伯は泣きそうな顔になりながら、悲鳴に近い声を上げながらも、気丈さ威厳は声の中には失っていなかった。
「なぜよ、なぜそんなことができるの」
「君よりは知識があるからだ。魔に対する知識がね」
「何でもするから、助けなさい」
 佐伯は恐怖しながらも、いつもながらの気丈な態度で剣十郎を命令する。
「なら、そいつに喰われろ。それから助けてやる」
 剣十郎の顔は変わっていた。いつもの好青年のイメージはなく、まるで鬼のような顔であった。
「それじゃ、死ねと言っていているのと変わらないじゃない」
「そんなことよりも何かしたらどうだ。まだ助かるのではないか」
 剣十郎は冷たく言い放つ。そして、黙ってその様子を眺めている。いささか、その光景に楽しんでいるようでもあった。
 佐伯に出来ることは逃げること。しかし、閉じこめられた世界では無理である。
 そして、悪魔は佐伯にゆっくりと近づいてきた。悪魔の手はゆっくりと佐伯を逃がさない様に掴もうとしていた。
 佐伯は逃げようとしたが、恐怖で動けなかった。そして、悪魔は佐伯を捕まえた。
「助けなさいよ」
 佐伯は体の半分を喰われて、泣きながらに剣十郎に助けを求めた。
「何とか言いなさいよ」
 剣十郎は黙って見ているだけだ。悪魔は佐伯を食べるのを待っていた。剣十郎に対して警戒していたからだ。その間、佐伯には恐怖でしかなかった。
 しばらくして、剣十郎は口を開いた。
「何か言わないと駄目かね」
 穏やかな口調であるが、発せられた声はまるで氷の様に冷たい。
「ならば、一つだけ。君は命の大事さを自分の死を持って知った方がいいね。そうすれば、君はいい子になれる」
 しばらく、佐伯はその言葉の意味を考えた。だが、その答えは『自分の死』という部分で理解する。
「その前に死んでいるわよ」
 佐伯は叫んだ。
「そうだね」
 剣十郎は微笑んでいた。その顔はまったく悪意は無い、純粋無垢な笑顔であった。しかし、佐伯にとってはその笑顔は悪魔に笑われたような感覚であった。
「なら、死ぬといい」
苦痛よりも剣十郎の笑顔が心に冷たく突き刺さっていた。そして、次の瞬間には佐伯の目には暗闇しか映らなかった。
「来世に今回の教訓を生かせればいいが、いや、その前に地獄行きだったか」
 剣十郎は静かに呟いた。
 悪魔も黙って、咀嚼を続けていた。
「……それで、終わったか」
 それまで動かなかった剣十郎がようやく立ち上がった。それ同時に悪魔も消えた。
 悪魔はその力を使い切ってしまったようだ。
「彼女達に関して手を出さなくても、私としてはこの本に関して手を出さなくてはいけない。悪いけど貰うよ、この本を」
 それは彼女の死を意味していた。そして、本にもそれがいえたが、佐伯達に対して力を使い切ったせいで本に反撃するだけの力は残っていなかった。
「分かっているとは思うけど、いまの君はこの本で支えられている。それを取れば、当然君は死ぬ」
 篠山には覚悟ができていた。
「悪く思わないでください」
 剣十郎は本に触れた。しかし、剣十郎は本の中の違和感に気がついた。
 それはゴミみたいなモノであった。
「しかし、この魂は邪魔ですね。これはあなたで処分して置いてください」
 剣十郎は本の中にある四つの魂を取り出した。それを一つの玉にすると篠山の胸へと置いた。
「どちらにしろ長生きできなかった魂ですが、四人分ありますから人並みの寿命はあるでしょうから、その処分はあなたに任せますよ」
 それはあの悪魔に食われた佐伯達の魂であった。
「ああ、それと。こういった本には事には関わらない方がいいですね。関わると無条件で地獄行きですから。まあ、風前の灯火の貴方にはそれを挽回出来るチャンスはもう無いのですがね。ただ、もし、この死の淵から生まれ変わる事が出来れば、これからの人生で天国か地獄の行き先を決めるのは貴方自身です」
 剣十郎は本をカバンの中に入れた。そして、病室を見回して何か不都合な物が落ちていないか調べ始めた。佐伯達がここに来たことを示す物である。しかし、そんな物はなかった。すべて本が食べていた様だった。
 ただ、魂は剣十郎が本に消化される前に取り出しが。
 剣十郎は安心をして、病室を出ようとした。その前に篠山に声をかける。
「では、良き夜を」
 病室には篠山だけが残った。
 そして、本が無くなった今、彼女の命はわずかなものであった。
 篠山は少しの考えの後、魂を受け取った。
 確かに罪悪感はあるが、生きたかった。
 死んでしまえば罪など償えない。生きているのだから償える。だから、生きたかった。何より、側にいた母の為にも。

 四

 館内で剣十郎は熱心に本を読んでいた。
「剣十郎様、何を読んでいるのでしょうか」
 あまりに熱中して読んでいるものだから、気になったのか静は聞いてきた。そして、剣十郎の前に紅茶を置いた。
「正しい人との付き合いについての本だよ」
 あれ以来、剣十郎は人の付き合い方の本を読んでいた。
「役に立ちますか」
「立てば、こんな本は昔に一冊だけで書いて後は作る必要がないですよ」
「それも、そうですね」
 静は少しだけ笑みをこぼして、自分の仕事へと戻っていった。
 剣十郎も紅茶に口を付けて、読書を続けた。そうしていると静は慌てて戻ってきた。
「ご主人様の書斎に死体が……」
 剣十郎はそれを聞いて笑い出した。
「はは、手入れをしていなかったからな。静さん、僕が始末するよ」
 剣十郎は主人の書斎へと向かっていく。静もその後を付いてくる。
 あの後、篠山の持っていた本を何の処理もなく、主人の書斎の本棚に置いたままであった。おそらく、その本が何らか力で死体に出てしまったのだろうと、剣十郎は判断した。
 しかし、書斎に入ると死体はなかった。
「……確かにあったのですが」
 静は慌てているが、剣十郎は静の言っている事が間違いないと分かった。そして、その証拠もここに残っていた。
「いや、間違いなくあった」
 剣十郎は絨毯にできたわずかなシミを見つけていた。それは血によるシミだろう。しかし、そのシミも一瞬の内に消えていった。
「染みついた血すらも欲しがっているのか、ここの本達は」
 ここにある本達は魔術書を始めとした禁書など、世には出回れない本達である。志村もここに迷い込んだ所を剣十郎が助けたが、助けた時には本の魔力で精神をやられていた。
 そうなっては剣十郎も助けようがない。
 だから、佐伯達には黙っていた。どちらにしろ、彼女達の運命は死で終えていた。
「まあ、興味半分で呪術に手を出してはいけません」
 剣十郎は佐伯の部屋で盗んだ紙にライターで火を付け、燃やした。その灰になった紙すらこの部屋では養分となってしまった。

 五

 さて、その後の話だ。
この物語を篠山の美談で終えさせるためには、あの結末だけでもいくつか問題があった。
 そう、佐伯家だ。
佐伯虎吉は娘がいなくなったら、真っ先に篠山を疑い、何かしたのではないかと調べるだろう。特に祟られているだけにこの事件の背景である呪術の存在など容易に信じるだろうから。
そうならない様に剣十郎は佐伯かずえがごく普通の因果によって死んだ様に見せる必要があった。それが篠山にとっての美談でかつ、この後の人生のためのプロセスであった。
 とりあえず、剣十郎は前に館に入ってきた佐伯の仲間の志村を佐伯家のかずえの部屋に置いて放火をした。
 それも生半可に消されないように、足が着かないように、また周りから因果応報と思えるぐらいに不可思議に、少し魔法に近い細工をして。
 そのため、身代わりとなった志村は完全燃焼で燃えて、佐伯かずえとも誰とも分からなくなったが、状況的には誰もが佐伯かずえと認識した。
 そして、この不可解な事件は叩けば何でも出てくる佐伯家にとっての悪夢、いや、それまでの因果応報の始まりでしかなかった。
 意外に剣十郎にはそういった現実的な事は重要であった。
 これでも結構、正義の味方のつもりなのだから。


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ツカモト シュン
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